第1章 17 ――
第十九話目。
戦闘?
17
まったく、なんでこうなったんだっ。
疑念、いや文句をこぼす隙すらも生まれないほど、剣を機敏に動かすしかない。
さらには足腰に意識を注がないと、勢いで倒れてしまいそうだ。
「へえ。意外とあなたやるのね」
正面に余裕を見せる鬼の笑みが現れ、心臓が引き締まる。
気づいたとき、女の鬼と戦闘になっていた。
気を一瞬でも緩めれば、こいつの爪にやられる。
鬼は両手の爪をすべて伸ばし、それを刃として襲ってくる。計10本の刃が隙間なく襲う。こちらは剣で受け流すのがやっとだ。
爪を弾く甲高い音が何度も響き、そのたびに火花に似た光が散乱する。
思っていた通り、こいつは瞬発力がある。気を抜けば、切り裂かれそうだ。こいつはあの男の鬼より数倍強い。
女としての柔軟さ、そこに鬼としての剛腕。まさに蜂が像のような力を持っている。クソッ。なんだよ、ズルいな。
「どうしたの? 防戦一方じゃ、私に一撃も与えられないわよ」
「簡単に言うな、バカッ」
光みたいな斬撃を受け、強がるのが精一杯。目も体も休まらない。
こいつはスピードタイプ。こちらが一撃与えようと踏み込めば、必ずそこを突いてくる。だからって、わざと隙を与えても、この力量。誘いに乗らないだろう。
だったら、奇襲しかない。けれど、僕にそんなことはできるか?
「どうしたの? 隙があるわよ」
鬼の左手を剣でいなしたとき、右の一撃が首筋を狙う。
ああっ、クソッ。
反射的に屈んで逃げる。次は?
咄嗟に左手を地面に着き、足を払った。
力がなかったとしても、体重は普通の女と同じはず。倒せる。
「――あら?」
鬼の間の抜けた声が上がり、鬼は体勢を崩すと、地面に仰向けに倒れた。
今だっ。
鬼の左手を払い、起き上がると同時に首筋を狙った。刃が首を刎ねる寸前で刃が止まる。
「戦いはおあいこ。ってことでどうかしら?」
息を呑んだ。
刃が鬼の首を捉えたとき、鬼の右手の爪が心臓を狙った胸の寸前で止まっている。
何がおあいこだ。余裕で笑ってるくせに。
憎らしい笑顔に怒鳴りたいけれど、完全にこちらが後手。これ以上動けないでいると、鬼はおどけて舌を出した。
ふざけた反応に気が抜けると、瞬時に鬼の姿が消えた。
「楽しかったわ。私を犯すことを目的にしない、純粋な戦い。なんか忘れていたものを思い出したみたいでね」
瞬きをしている間に声は移動すると、距離を開けた向かいに鬼は立っていた。
鬼は体についたホコリを払うため、スカートの裾を払っている。
もう爪は伸びていない。戦いは終わりと考えていいんだよな。
一気に力が抜けてしまい、疲労が襲ってくる。
なんで、こうなったんだ?
フォルテには本当に興味はなかった。
ウリュウの傲慢な態度にイラついてはいたけれど、鬼が嘘をついている気配もなかったので、そのまま背中を向けて町を後にした。
しばらくウリュウは罵声を飛ばしていたけれど、知ったことではなく、無視をした。
きっと、ウリュウの威厳は失墜しただろうと、森を歩いていたときである。
行く手にあの鬼の女が唐突に現れたのは。
相変わらず自信満々に胸を張り、銀髪を靡かせる。
本当にこいつは鬼なのか、と疑いたくなるほどに華奢な体をしている。綺麗な服を見る限り、ウリュウは殺してなさそうだ。
「安心して。あの男は殺していないわ」
「じゃあ、なんでここに?」
「そうね。頑なに戦いを拒むあなたと一戦交えたくなったから、かしら」
そこからだった。急に爪を伸ばすと、鬼が襲ってきたのは。
鬼との一戦を終え、ようやく一息吐けた。
「なんなんだよ、お前は。遊びやがって」
手を抜いていたのは明らか。憎らしさから声が乱暴になってしまう。
「いいじゃない。あなたもあの男にイラついていたでしょ。ストレス発散になったんじゃない?」
ったく。おちょくるなって。
「――と、冗談はここまでにして。一度戦いたかったのは本当よ。でも一言、言いたくなったのも本当よ」
相変わらずおどけ、顔の前で右手の人差し指を立てた。
「あんた、ラピスって奴との約束を守るつもりなのよね」
「何か知っているのか?」
鬼の言葉に期待をしてしまい、声が上擦ってしまう。だが、すぐに鬼はかぶりを振る。
「そうじゃなくて、レガートにすぐに行かずに、同じような鬼を捜してるって言ったわよね。それで少し思っちゃったんだよね」
期待が崩れ、下唇を噛んでいると、それまでふざけていた鬼が急に神妙な口調になり、腕を組んだ。
「それって、そのラピスを信じていないんじゃないかなって」
「なんだよ、それ……」
「本当に信じていたのなら、そんな回り道なんかしないで行くんじゃないかなって、思うんだけど」
反論がまったくできなかった。もしかすれば、胸の奥底にくすんでいた思いを指摘されたみたいで苦しい。
反論できずに、モヤモヤとしていると、鬼の高笑いが広がる。
「やっぱり面白いわね、あなた」
「それを責めたくて追って来たのか?」
心を見透かされたみたいで、つい責めてしまう。
「いえ。ただそれを言いたかっただけよ。それに戦いたかったから。あとは好きにすればいいんじゃない?」
「なんだよ、それ」
「じゃ、私はこれで失礼するわ」
本当にこいつは自分の言いたいことだけを言うと、嬉しそうに手を振る一方的な言動に呆れ、うなだれた瞬間、忽然と姿を消した。
計り知れない苛立ちを残した鬼にうなだれるしかなかった。
「なんなんだよ、あいつ」
信じていない。




