第1章 16 ―― 失墜 ――
第十八話目。
鬼、出現。
16
険しい形相で睨むウリュウに、鬼は呆れていた。
それにしても、坊やって僕のことか。
鬼の飄々とした態度に顔を紅潮させていくウリュウ。見るからに激高しているのは明らか。
「何をしているっ。その鬼をさっさと殺せっ」
騒然とするなか、杖を突き出し、先端で鬼を指し、住民らに号令する。
しかし、住民らは女や子供ばかり。男がいても戦いに適していない年老いた男ばかり。ましてや鬼の前。みんな怯えて足を竦ませている。
「あら、私を犯せ。じゃないのかしら?」
またか。鬼は鋭い爪を胸のラインに沿わせ、挑発する。その姿には呆れてしまう。
「何をしているっ。早くしろっ」
刹那、小さなつむじ風が舞い、瞬きをしてしまう。
再び目蓋を開いたとき、そばにいたはずの鬼の姿が忽然と消えていた。
さらに瞬きをすると、唐突にウリュウの苦しむ唸り声に目を見開いた。
瞬きをする間に鬼はウリュウのそばに駆け寄り、胸元を締め上げていた。見た目は若く見えても、鬼なんだと痛感させられる力があった。
杖を落とすウリュウは、胸元を掴み上げられ、宙に浮いていた。
苦しみに必死に耐えながら鬼の腕を掴み、拘束から逃れようともがいている。
そんな姿を楽しむ鬼だけど、そうした動きを左手一本で簡単に成し遂げ、異質な力を発揮していた。
「な、何をしている…… 早く、助け……」
冷や汗をかき、懸命に支持するウリュウ。しかし誰もが体を強張らせ、動いてくれない。
「――で、お願いがあるんだけど?」
と鬼は楽しみ、首を傾げる。
「私はここを放れるけれど、下手に追手とか止めてほしいんだよね。殺しながら動くのって面倒だから」
「何…… を……」
「これは命令なんだけどなあ」
右手の人差し指の爪を伸ばし、ウリュウの喉の辺りを何度も突いている。逆らえば、すぐにでも突き刺せると言いたげに。
「残念ね。この町であんたの命令なんて聞く人間はもういないんじゃない? あんたの威厳はもうすでに失墜してると思うわよ」
鬼の挑発は冗談ではなかった。住民らはいつしか冷ややかな視線をウリュウに向け、蔑んでいる。
「どうする? あんたは威厳を持ったまま殺されるか、生き残ってみんなから蔑まれて生き恥を晒すか。どう? 死ん方がマシかもだけど」
「おいっ、さっさとやれっ。自分の命を捨てても、ワシを守れっ。それが――」
ウリュウの怒号が虚しく響き、鬼がさらに首を傾げる。すると、ウリュウは血走った目をこちらに向けた。
「おいっ小僧っ。ワシを早く助けろっ。命をかけて鬼を倒すのがお前の役目だろうが。お前みたいな安い命、さっさと捨ててワシを助けろっ」
最低だな、こいつ。
「最低ね。やっぱり」
と、僕と同じ感情をこぼした鬼は、伸びた爪を首に強く押し当てる。
「おいっ、早――」
「あんたはそいつを殺されると困るんだろ」
込み上げるのは怒りしかなかった。それでも怒りを押し殺し、皮肉を吐き捨てた。
「ふざ…… 貴様、何を……」
「言ったろ。僕は別に鬼を倒すのが目的じゃないって」
「なんだ…… と」
面倒。