第1章 13 ―― 興味ない ――
第十五話目。
それは懐かしい話。
13
木柵越しに手渡されたのは、麻でできた小袋。手の平に乗るほどの大きさの。
感触からして固く小さな物がいくつか入っているようだ。
戸惑っていると、木柵越しにラピスが寂しそうに笑った。
「ねえ、ユラ。1つ頼んでもいい?」
「――頼み?」
「そう。それを娘に渡してほしいの」
ラピスの昔を懐かしむ笑みが辛く、唇を噛んだ。
「勝手なことを言っているのはわかってるわ。でも、私の頼み、叶えてくれそうなのはあなたしかいないみたいだし」
まっすぐな眼差しに濁りはなく、心に深く入り込んでくる。
「その娘って、どこにいるんだ?」
小袋をギュッと握り、聞いてみた。ラピスの頼みを聞き入れることにまったく抵抗はなかった。
「……レガート。そこにいるはず」
「……レガートか」
小袋を眺めていると、ラピスの強い声に頷いた。
「ごめんなさい。これは人間を裏切ることになるかもしれないから」
「裏切る?」
「ええ。鬼の言うことを聞くなんて、裏切り行為でしかないでしょ」
申しわけなく話すラピスにかぶりを振る。
「大丈夫。僕のことは気にしないでくれ。約束する。これを絶対に届ける」
ラピスとの約束は、どこか使命として受け入れてしまっていた。だからこそ、全うするつもりでいる。
だけど。
だけど、その前に確かめてみたいこともあった。
ラピスと同様に、戦いを拒む鬼が存在しているのかを。
だから、眼前にいる銀髪の鬼が現れたことに、多少の安堵もあったのかもしれない。
「僕には約束があるんだ。今はその途中だよ。そのなかでラピスのように戦いを好まない鬼がいないか探していた。そしているなら、どうして戦わないのか、話がしたかったんだ」
「そこで、私に会ったと」
偶然を楽しむ鬼に頷くと、握っていた剣をその場に刺した。
「まあ、そういうことだよ。でもよかった。お前みたいな鬼に会って、こんなこともあるんだって、知れてよかったから」
こちらの態度が物足りないのか、暇そうに毛先を弄ぶ鬼。完全に殺気がなくなったのが伝わると、僕は背を向けた。
「あら、帰っちゃうの?」
一歩踏み出そうとしたとき、鬼の残念がる声が背中に当たる。
「お前は人を殺すことに興味がないんだろう。だったら、倒す必要もないんじゃないのか?」
少し後ろを眺めて言った。
町は鬼を恐れているが、目撃された様子はなかった。こいつが町に踏み込むことはないだろう、多分。
「でも、町の男どもはまた私を犯しに来て、殺されるかもよ」
また挑発か。無視するか。
「興味ない。僕は町を守るためじゃないって言ったろ」
やはり無視はできず、振り返ってしまう。すると、両手の爪を見せて嘲笑う鬼。完全にこちらを挑発している。
「信じていいんだろ?」
問うと、拗ねたのか首を竦め、唇を尖らせた。
「ふ~ん。信じてくれるんだ。ま、いいけど」
信じて、いいんだよな。
鬼は受け入れてくれたのか、パンッと手を叩き、間を止める。
そのまま合掌した格好で、鼻に手を当て、こちらを見据えてくる。
「ねえ、最後に聞いてもいい?」
また忘れかけていた殺気が一瞬沸いた気がした。
「町の連中はどんな雰囲気なの?」
「町のって…… 当然鬼に恐れているさ。憎んでいそうな子もいた」
「心外ね。私は町を襲っていないのに」
「――ただ」
そこで気にかかることがあり、顎に手を当てた。
「ただ、長なんかはお前がいることを望んでいるみたいに感じた。お前を倒そうとしないのも、それが関係あるかも」
鬼はしばらく手を当てたまま、じっと目蓋を閉じた。
「……面白くないわね」
ややあって、目を瞑ったまま独り言を呟く。
フウッと息を吐き、ようやく目蓋を開く鬼。
「ねえ、その長って奴に伝えてくれる」
セピア……。




