表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
縁鬼乱舞  作者: ひろゆき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/150

 第二部  第四章  7  ――  籠った声  ――

 第百四十五話目。

 あり得ない。

                    

            7



 何が起きたのか、まったく理解できない。


 ユラが立っている。


 あり得ない。

 オヤジ様が温情で気を抜くなんてことはない。娘である私にも手を抜かない。人間であるユラにだって、全力で攻めていたはずだ。

 だったら、悔しいけれど、生きているはずがない。

 完全に私はユラが生きていることを諦めていた。自分でも信じられないほど、ユラが生きていることが嬉しいはずなのに。


 何かが違う。


 オヤジ様は大槍を回して刃をユラに向ける。敵意を発して。

 それはオヤジ様なりの敬意。

 だけど、本当に立っていられるの? あれだけの傷――。

 オヤジ様の手違いということじゃない。ユラの体は血で染まっている。それで立っていることが信じられない。


「ふんっ。面白い」


 オヤジ様の口調が鋭くなる。忘れかけていた警戒心が体を縛り、動けない。

 けれど、オヤジ様の気迫とは違う。地を這い、身を削られそうな仰々しさが漂っている。この冷たさは……。

 恐る恐るユラを眺めた。


「……やっぱり」


 ユラの姿を捉えたとき、驚愕や恐れよりも、先に襲うものがあった。


 納得してしまう。


 ユラの足元から、体を黒い靄が発生しており、静かに体を纏おうとしていた。

 瞬きを忘れている間に、靄がより濃くなる。

 なぜだろう。黒い靄がどこか、ユラの後ろで佇んでいるように見えてしまう。

 黒い靄が修羅の姿になって、重なっているみたいで。


「ほお。これが噂の黒い靄か。さて、どんなものか」


 と、オヤジ様は大槍を横に振り、身を屈める。

 先ほどまでとは違う、本気の構えに映った。


「ダメッ。油断しないで、オヤジ様っ」


 オヤジ様が力で劣っているなんて思っていない。それでも制止せずにはいられない。

 私の体が訴えているんだ。今のユラは危険だと。


「人間の分際で、贋鬼のつもりか」


 嘲笑したとき、ユラの靄が深まり、地面を蹴った。

 ユラから仕掛けた。

 口角を上げるオヤジ様。怯むことなく地面を蹴る。

 互いの刃が甲高い音を鳴らして交わる。すぐさま刃が弾かれると、休む間もなく次の一撃に移る。

 刃がぶつかるたびに、突風が起きたみたいに私に襲い、辺りの草木を激しく揺らした。

 オヤジ様は手を抜いてなんていない。あの大槍の一撃を受けていて、剣の刃が負けていないなんて。

 あのランスって坊やの剣、それほどの名刀ってこと。

 一歩も引くことのないユラを見ていて、息を呑んだ。

 違う。

 すべてを全身で受け止めてなんかない。足元を見てもそう。オヤジ様の力を受けていれば、地面がめり込んだりして、力に負けて膝を曲げていてもいいはず。

 それがなく、軽々と動いている。

 目を凝らしていると、その違和感に気づいた。

 ユラは大槍を受けているのではなく、流していた。刃を受ける間際、刃を流して力を流して分散させていた。

 黒い靄の影響。と唇を噛んでいると、ユラは大槍を足で蹴って弾く。

 瞬間、初めてオヤジ様がよろめき、後ろに下がる。オヤジ様と距離が開くと、ユラの靄が全身を覆った。


 ……まただ。


 息を呑むと、影の輪郭が変わる。

 あのとき、ネグロの贋鬼と戦って時と一緒。


「やってくれるな、人間」


 オヤジ様は一度銀髪を掻き上げ、嬉しそうに口角を上げる。

 瞬きをした瞬間、オヤジ様は距離を詰め、大槍をユラに向けて振り切った。

 これまでにない勢いと力。大抵の者は逃れるはずがない。

 またしてもユラの血が…… 飛ばない。

 大槍が地面にめり込んでいる。

 ユラはっ。


「――っ」


 大槍がより地面にめり込む。大槍の柄にトンッと足が乗る。

 地面にめり込んだ大槍の上にユラが立ち、身を屈めつつ右手で剣を構える。

 でも、どこかがおかしい。

 ユラを纏っていた靄が深くなり、影の輪郭が変わっていた。どこか小柄な女の子の姿みたいに。

 前にもこんな感じがあった気が。


「ダメッ。そのままではっ」


 数時間前、私が似た体勢で攻めたけれど、腕を掴まれたそのときと一緒。

 不安が押し潰すなか、オヤジ様が左手を伸ばす。

 だが、オヤジ様の左手は宙を掴む。

 ユラはっ。

 ユラは大槍の柄を蹴り、後ろに跳ぶ。

 オヤジ様の腕を回避した瞬間、剣を逆手に握り直すと、オヤジ様に投げつけた。

 投げつけ?

 剣士が剣を投げたことに唖然としていると、金属音が鳴り響く。

 一度体を回転させて着地するユラ。投げつけた剣は宙で回転している。

 オヤジ様が弾き飛ばした?

 オヤジ様は左腕を横に振り切っていた。指の爪を伸ばしている。

 嘘でしょ。爪を伸ばすなんて。それだけの実力なの?

 ややあって、オヤジ様は爪を戻すと、顔の前で握ったり開いたりを繰り返す。

 最後にギュッと握ると、禍々しい目でユラを睨む。

 赤い眼光をより光らせて。

 ユラはオヤジ様の気迫を無視し、回転して落ちる剣を掴むと、剣先を向ける。


「なかなかやるわね、オーデル」


 黒い影から籠った声が響いた。



 ……声?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ