第二部 第四章 5 ―― 愚の骨頂 ――
第百四十三話目。
血が止まらない……。
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脇腹に手を当てても血が止まらない。とめどなく溢れる血。体を伝って地面に流れ、汚していく。
冷や汗も止まってくれない。
頭が重くなり、意識が飛びそうに薄れていく。
懸命に意識を留めようと、奥歯を噛みしめていると、新たな衝撃が激痛とともに襲う。
体が飛ばされた。
目まぐるしく辺りの光景がグルグルと回り、草むらに転げた。
痛みに耐え切れず、体が丸まってしまう。
立てない。
立とうとしても、体が言うことを聞いてくれない。
でも立てっ。
懸命に立ち上がるが、もう足まで意識を運ばせるのが難しい。足元が震えてしまっている。
本当に、立つだけでも限界。
剣を持つ力すら失ったみたいで、持つことができない。
地面に落としたままで、右脇腹を押さえるのが精一杯。
手が熱い。血の熱が手に伝わり、辛うじて立っていられた。
「感謝するんだな。槍を大振りしていれば、体を切断していたものだ。そして、その剣も折れていたな」
息もできない。息をしようとすれば、余計に脇が痛くなる。でも動かなければ殺される。
大槍を振り回し、ドンッと柄を地面に叩きつける。
戦うことを止めた? いやでも、さっきみたいに。
「ふんっ。武器を捨てるか。所詮はそれだけの者か」
オーデルは髭を擦り鼻で笑う。
まったく、敵意を発しない姿は憎らしいけれど、反抗できる気力がない。
「ワシは混血など信じられない。もし、お前に鬼の血が流れているというなら、足掻いてみせろ」
「別に鬼にこだわりなんて……」
懸命に声を絞り出して否定した。まだ僕だって混血のことは否定したい。
「なら、人間として足掻いてみせろ」
嘲笑しつつ大槍を掴み直すと、頭上で大振りさせる。
「オヤジ様っ、もう止めてっ。そいつに鬼を滅ぼそうとか、軽蔑するような奴じゃない」
危険を察したヒスイが慌てて静止する。しかし、もうオーデルは大槍を脇に抱え、地面を蹴っていた。
まったく迷いなく、無駄のないオーデル。
体に似合わない俊敏な動きに瞬きを忘れていると、オーデルが眼前に現れ、大槍を振り上げた。
「――ユラッ」
ヒスイの悲鳴に似た声が響くと、鮮血が飛び散った。
「人が鬼に情報を求めるのは、愚の骨頂。無謀さに悔いろ」
立っているのがやっと。




