第1章 12 ―― 戦いを拒む ――
第十四話目。
話を聞きたい。
12
「生きがい?」
と鬼は不思議がりながら、そばにあった錆びた剣を不意に抜き、クルクルと回して遊びだす。
「なんでそんなことを聞くのかしら?」
「どんな鬼がいるのか知りたかったんだ」
振り回していた剣先をこちらに向け、眉をひそめる鬼。
「鬼は戦いを好むんじゃないのか?」
「そうね。基本的にはそうなるかしら。闘争本能ってところね。でも、私は違うかしら」
「違う? 何が?」
「鬼はある目的があって戦っているわ」
「目的?」
意味ありげに話す鬼に眉をひそめると、すっと剣を横に振り抜き、唇に左手の人差し指を立てておどけてみせた。
黙って、と言いたげに。
おどけてはいるけれど、目の奥の光は輝いており、逆らうことを許さなれず、恫喝に似た鋭い痛さがあった。
まあいいか、とここは従って頷いておいた。
「じゃあ、今度は私の番ね。私も1つ聞いておきたいわ」
柔らかに問う鬼だけれど、剣を肩に抱え、見つめる目の恐喝さは消えておらず、逆らう隙もなさそうだ。
ただ、不測の事態を恐れてか、自然と足には力が入っていた。
「もし、私が本当は戦いを好んで今すぐ町を襲う、と言えばどうするかしら?」
と、不意に剣をあらぬ方向に剣先を向けた。その先はフォルテを指している。
こちらの不安を察したのか、鬼は憎らしめに口角を上げて挑発してくる。釣られて森の奥にあるフォルテを眺めた。
ややあって風が吹き、木の葉が揺れると、ふと鼻頭が痒くなり擦ってしまう。
「別に興味はない」
「あら、そうなの?」
素っ気なく答えると、予想外の反応だったのか、鬼は目を丸くして剣先を下げた。
「意外と薄情なのね。私、見損なったわよ」
またしてもおどける鬼。ころころと反応をかえられると、こっちが疲れそうだ。
どう接するべきか悩み、頭を掻いてしまう。
「それに、町の長は僕にお前を倒すのを嫌がっている様子だったからな」
今考えると、そんな気概が会話にあった気がする。
まあ、あの坊主頭の男の子には悪いけれど。
「それは私の美貌が罪ってことかしらね」
……なんなんだ、この鬼は。
どうも、鬼の真意が掴めず混乱してしまう。
「じゃあ、あなたが私に会いに来たのは、生きがいを聞くために? それなら、本当に希有な子ね。ちょっと、気になっちゃうわね」
鬼の飄々とした態度を気にしつつ、
「僕は鬼と話がしたかったんだ」
「話ねえ」
「ああ。お前は、〝ラピス〟という鬼を知っているか?」
あの牢屋の奥で佇んでいたラピスの姿が霞み、胸が痛んだ。
「ラピス? さあ? そんな名前の鬼は知らないわ。それに、元々鬼は群れることを嫌うからね。その鬼がどうかしたのかしら?」
頬に手を当て、少し思案したあと、鬼は首を振る。
「そのラピスって奴は鬼なんだけど、戦いを拒む鬼だった。言い方は変だけど、人間味のある奴だった」
「戦いを拒むねえ…… ねえ、その鬼に何か特徴はなかったの?」
特徴? 鬼の指摘に、ラピスの優しげな顔が浮かぶ。確かに美人ではあったけれど、目立った特徴はない。
かぶりを振ると、鬼は「――そ」と素っ気なく頷き、左の頬を擦った。
「僕も信じられなかった。でも実際にそんな鬼と会って、話をしたから。それでほかにも戦いを拒む鬼がいるかを知りたくて、それで旅をしていた」
「戦いを拒む、ね…… でも、それは絶望的なんじゃない。ま、私は別として」
無謀なのかもしれず、鬼はバカバカしいと呆れる。
「そうかもしれない。でも、それでもいいんだ」
「――そ。でも、私にはラピスって鬼に固執しているみたいに見えるんだけど?」
何気ない鬼の指摘にハッとしてしまう。
「そうかもしれない……」
「あら、やっぱり何かあるのね」
鬼は茶化しているのだろうけれど、その一言一言が僕には鋭く切りかかってくる。
「僕はラピスと約束したから」
絶望的って……。




