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縁鬼乱舞  作者: ひろゆき


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 第二部  第三章  11  ――  聞きたいこと  ――

 第百三十四話目。

 嫌味を言うのがやっと。

                    

            11



 私の嫌味に、口角を上げて嘲笑うオヤジ様。また酒を一杯飲むと、猪口を床に置いた。

 

「なんだ、ワシをたきつけるつもりか。それとも、ワシに敵を取ってほしいのか?」


 さすがオヤジ様。嫌味を嫌味で返されたみたいで、胸が締めつけられる。


「まさか。讃えているだけですよ。もしそうなら、私を殺していたでしょ。オヤジ様は」


 これも嫌味。茶化すように口角を上げるけれど、オヤジ様は腕を組み、「当然」と胸を張ってみせた。

 

「でも、もし可愛い娘が泣いて縋れば、叶えてくれるのかしら」

「ふんっ。笑わせるな。ワシはあんな小娘なんぞ、最初から興味ないわ」

「小娘って…… ってか、オヤジ様はあの修羅と戦ったわけではないのですか?」


 言ってくれるわ。私はその子娘に負けたのよ。


「父上は、先代の修羅と戦われていたのです」


 後ろでナイルが補足すると、ふと顎に手を当てた。


「先代…… じゃあ、私が戦った修羅は先代に勝って修羅になったってことなんだ」

「あの子娘。何をしたのか、いつの間にか頂の座を奪いやがった。あんな歴の浅い奴にワシは興味ない」


 珍しく眉をひそめ、怪訝に感情をこぼすオヤジ様。滅多に見せない揺らぎを感じてしまう。


「奴、先代との戦いは楽しかった。それができなくなったから、興味がなくなったんだろうな。これでは修羅に挑まぬ鬼のことを偉そうには言えんがな」

「父上は高みを望み過ぎているのです。すべてが父上と対等な者はおりませんよ」


 自嘲するオヤジ様をナイルは讃える。ほんと、こいつはオヤジ様を心酔しきっているのね。


「オヤジ様も丸くなったわね」


 ほんの少しの間ではあるけれど、オヤジ様の禍々しさが薄くなっている気がするので、素直に言ってしまう。


「でも聞いたわ。ナイルが山のふもとの人に牽制していると。それを許しているオヤジ様は、私にとっては随分驚いたわよ」

「ふん。余計なことを」


 やはりナイルの行為をオヤジ様も把握していたらしく、鼻で笑うと、ナイルは頭を下げる。


「――で、お前はそんな世間話をしに、わざわざここまで来たのか?」


 何気ない話だったけれど、一瞬にしてオヤジ様に禍々しい雰囲気が戻る。自然と背筋を伸ばしてしまう。

 ちゃんと座り直すと、


「いくつかオヤジ様に聞きたいことがあったのよ」

「聞きたいこと。ふん。たまに帰ってきたと思えば、そんなことか」


 と顎髭を擦る。思案する姿に唇を噛んでしまう。


「いいだろ。今日は気分がいい。多少なら聞いてやろう」


 少しだけ肩の荷が下りた。さて、どこから話しますか。


「ねえ、オヤジ様は〝ラピス〟という鬼を知っているかしら?」

「――ラピス?」

「そう。そいつの娘を捜している奴がいてね。私もちょっと気になっちゃってね」


 期待をしているわけではない。けれども、胸は騒いでしまう。


「そいつは兵たる鬼なのか?」

「さあ? 私も知らない鬼だから」

「そうか。なら、知らんな。普通の鬼にワシは興味ない」


 と顎髭を触り、上の空で大あくびをしていた。


「ナイル、あなたは?」


 と後ろのナイルに聞くと、口元に拳を当てて察したあと、


「私もそのような者の名は」


 申しわけなさげに答える。当然の返事と理解していても、どこかで残念がる自分がいた。

 一度かぶりを振り、気持ちを鎮めると、髪を掻き上げた。


「じゃあ、修羅は? 修羅の居場所を知っているのなら、教えてもらえればって思ったの。オヤジ様なら何か知っていると思って」


 何気なく聞くと、顎髭を弄んでいたオヤジ様の手が止まる。顎を触りながら、私を睨んでくる。

 赤い眼光が忘れていた恐怖を呼び返した。


「なぜ、そんなことを聞く? 再び一戦交えるための情報でも、ほしくなったのか?」


 力なくかぶりを振る。体を縛ろうとする恐怖を払い退けようと。


「それはないわ。変な話だけど、修羅に負けたあと、もう戦うことに興味がなくなったみたいなの」


 と、お手上げと両手を上げて肩を竦めた。


「それほどまでに、小娘との力に打ちひしがれたか?」


 痛いところを突かれ、つい刺々しく反抗してしまう。恐れたナイルの表情を捉えてしまう。

 彼の方が驚いている。


「ならなぜ、修羅に興味を抱く?」

 

 それは……。

 そうだ、私はなんでそんなことを気にしているんだっけ……。

 ふと、頭が真っ白になった。

 ややあって、脳裏にユラの間の抜けた顔がよぎった。

 緊張しているはずなのに、笑ってしまう。


「ちょっとね。修羅の意識に体を乗っ取られた感触があるって人間がいてね。気になったのよ」

「どういうことだ?」


 あまり話すべきではないが、ユラの存在を伝えた。彼が黒い靄に呑まれ、奇妙な感覚に陥っていたことも。

 顎に触れていた手が止まり、私を睨みつける。頬が引き攣り、目つきが変わる。


「人間と一緒にいるのか?」


 ……やってしまったかしら……。

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