第二部 第三章 9 ―― 邪魔をされたくない ――
第百三十二話目。
久しぶりってことかしら。
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対峙した鬼に、多少の驚きが隠せず、頬が引き攣りそうになる。
最後に会ったときよりも体格はよくなっており、記憶にある人物との変化にどこか感慨深くなってしまう。
「何? 私と遊びたい?」
「ご冗談を。私にそのような気はありませんよ」
「また謙遜を。その奥深しい性格、直した方がいいわよ」
見た目は成長していても、内面的なところは変わっておらず、安心した。
突如現れた弟の鬼、ナイルに。
「ここの山に踏み込んだときに感じたわよ。地を這う殺気みたいなものを。あれは縄張りに入ってきた鬼を威嚇してのことなんじゃないの?」
「私がですか? そのようなことは。姉上もわかっていられるでしょう。私の力のことを」
ナイルは私の嫌味を平然と受け流してしまい、つい唇を尖らせてしまう。
まったく。本当に堅物なのも変わってないわね。
しばらくナイルに連れられ、獣道を進んでいたときである。
「――で、珍しく訪れたのには、何かご事情でも?」
「――そうねえ」
そこで頬が自然と引き攣ってしまう。
「オヤジ様に会おうと思ってね」
「なるほど。では、父上も姉上にお会いできることを楽しみにされるでしょう」
「そうかしら」
ナイルに促され、山の奥に進みながらも、嫌味がこぼれてしまう。
「でもさすがね。この気迫。いえ、殺気とでもいうかしら。これだけ地を這っていれば、モブの鬼は寄りつくこともないでしょう」
「そうですね。大概の鬼は近づいてきませんね」
「そういえば、ふもとで人を見かけたけれど、オヤジ様も人を殺すようなことをしているの?」
ナイルの背中を眺めて聞くと、歩は進めながらも、一瞬肩が動いた。
「それはないですね。父上は兵たる鬼の1人。もう人を殺める必要もない強靭な者ですので」
兵か。
話を聞きながら、木々の奥を眺めてしまう。
「ですが父上も鬼。歯向かう者あらば、容赦なく殺すことでしょう」
「あら、厳しいのね」
「ええ。ですから、私が時折ふもとに降り、わざと姿を示すことで、ここに足を踏み込ませないようにしています。牽制ですね」
意外なことに呆気になってしまう。殺されないために人前になんて。
「私も変わってるみたいだけど、あなたも相当ね。殺させないために姿を見せるなんて、優しいのね」
「いいえ、そんなことは。私はただ、父上の邪魔をされたくないだけですよ」
温厚な言葉であっても、口調には棘があり、人に対して慈悲のなさは漂わせている。
柔らかな姿の裏に、隠した狡猾さをどこか感じてしまう。
あくまで温厚である姿に、頬がほころびそうになると、突風が吹きつけたみたいに、全身の熱が奪われた。
途方に暮れていると、視界が捉えたものに息が詰まる。
木々が開けたときに、寂れた小屋があった。
以前に人が何かを祀るために建てられたのうな建物。何かの本堂に見えた。元々は立派な建物であっただろうけれど、かなりの年季のせいか、所々、気が朽ちている部分もあった。
人の気配はない。
しかし、禍々しい影が本堂から放たれているみたいに。
つい足が竦んでしまい、嘲笑してしまった。
「相変わらずの凄さね、オヤジ様は」
「姉上もかなりのものですよ」
嫌味を言ったつもりなんだけれど、ナイルには通用せず、整然とした表情で流されてしまう。
前を歩いていたナイルは、ふと道を譲ると、右手を伸ばして本堂へと促した。
正直、面倒ね。
つい頭を掻いて、髪を乱してしまう。
久しぶりね、この気迫。完全に私、怯えている。足が重いわ。
鉛がつけられたような足を懸命に動かし、本堂に足を踏み入れた。
刹那、顔を後ろに反らすのと同時に、風が裂け、風を追って視線を横に移した。
思わず嘲笑してしまう。
本堂の入口付近にナイフが突き刺さっていた。今の風はこのナイフが通り抜けた風であった。
驚愕を通り抜け、冷や汗が頬を伝った。反応を奪われて固まってしまう。
「なんの用だ。バカ娘」
考える間もなく、鼓膜に響く狡猾な声。空気すらも刃物にしそうな声が体を硬直させる。
恐る恐る声の主に顔を向けた。
本堂の中心付近に、1人の男が胡坐を組んで座っており、こちらを睨んできた。
「……オヤジ様」
嫌になるわね、まったく。




