第二部 第三章 8 ―― 銀髪がなびく ――
第百三十一話目。
怯えている?
8
さてと、そろそろかしらね。
極山。
まさかそんな名前をつけられていたなんて、変な感じよね。
ユラとアカネと別れて30分ほどが経っていた。
きっとこの山に人が入ることは、滅多になかったでのしょう。
人が通れる整理された道はなく、獣道が頂へと続いていた。
坊やたちと別れたのは正解だったわね。
山を登っていると、この山に竦む鬼の気配が山肌にずっしりとへばりついている。
足の裏からしっかりと伝わる棘みたく鋭い冷たさが全身に巡っていく。
胸の奥底に重いものを積み込んでいく恐怖は、人間ならかなり厳しいものがあっただろうから。
ふと足を止め、胸に手を当ててしまう。
ダメね。私もだらけていたせいかしら。
ずっと鼓動が激しく脈打っている。完全に動揺、いえ、恐れているのかしら。ここの鬼に。
ポンポンッと何度か胸を軽く叩いて気持ちを鎮めた。
動揺を押し殺し、再び足を踏み出した。
しばらく歩き続け、鼓動がようやく慣れてきたとき、木々の葉を揺らす風が通りすぎる。
髪を流す風に誘われて耳に手を当てると、溜め息をこぼしてしまう。
葉が風にこすれる微音に紛れ、地面の砂を擦れる音が鼓膜に届く。
ピキッと小枝が割れた音に顔を向けたとき、思わず頬が緩んだ。
捉えたのは1人の男。
太陽の明かりが男の顔を照らしていく。
きらりと輝いた銀髪が眩しく風になびいた。
全身をゆったりとした服装で、腕の袖口には青い装飾が施された独特な服。袖から覗く腕には、青い刺青が彫られていた。
そして、キツネみたく細く鋭い目の辺りに、縦に2本の切り傷が特に目立っている。視線を逸らさずに睨む眼光には、狡猾さが滲んでいる。
腰には剣を携えているが、全身から放たれる雰囲気から、その狡猾さが隠しきれない。
鬼である、と。
―― いい。あんたはすぐに人をおちょくったりするんだから、気をつけなさいよ。
―― 無茶だけはするなよ。
ユラとアカネとの別れ際、2人から念を押され、アカネに指差されて念を押されていたことが脳裏を巡った。
さて、どうかしらね。
すぐにあの2人のことを考えちゃうなんてね。私も変わったのかしら。
「さて、この場に何か用でしょうか?」
静かでありながら、刺々しい声が体を貫いていく。丁寧でありながらも容赦なく。
ここで逆らうわけにもいかないわね。
「そうね。里帰りのつもりなんだけど」
腰に手を当て、堂々と答えると、鬼は下唇を噛む。
「お久しぶりです。姉上」
「久しぶりね、ナイル」
里帰り、と。




