第1章 11 ―― 希有 ――
第十三話目。
戦うべき?
11
鬼は意味がわからない、と手を顎に当て、唖然としている。
「別に僕はお前を倒しに来たわけじゃないから」
「町の男どもに唆されたんじゃないのかしら。私を屈服させ、楽しんでくればって」
とまたしても誘うように胸に手を当てるけれど、僕は毅然と鬼を見据えた。
すると面白くない、と呆れ、手の平を空に向けてお手上げ、と首を竦めていた。
「僕はお前に聞きたいことがあったんだ」
「――聞きたいこと?」
「お前はどうして、町を襲わないんだ?」
これまで町の男がこいつを襲ったのだとしても、その報復で町を襲うこともあり得るはず。それなのに、そうした話はなかった。
だからこそ、最初に浮かんだ疑念をぶつけてみた。すると鬼は一息ついて腕を組む。
「そんなものは簡単よ。ただ興味がないだけ」
抑揚を抑えた声だが、しっかりとした口調で断言する鬼。まっすぐにこちらを見る姿に揺らぎはなかった。
なぜだろうか。これまで挑発し、わざと艶めかしい動きをしたときよりも、今の方がよほど気持ちも入ってしまい、釘づけになってしまう。
引き込まれない、と瞬きをして鬼の顔を正面から見ると、その特徴に初めて気づいた。
鬼の左頬、目の下辺りに、縦に小さな痣があった。それはどこか、涙の形をしているように。
けれど、それよりも。
「興味がない? けど、この森で男の鬼に会ったぞ。そいつは闘争心を剥き出しにしていたけれど?」
「ああ、あのモブね」
「知っているのか?」
「いいえ。気配は感じていただけ。どうも、私に怯えているのかわざと避けているようだったから、無視してただけよ。何? やっぱり戦う?」
と、鬼は顔の前で手を開き、鋭い爪を強調させた。
無数の剣が阻んでいるけれど、殺気は足元にまでまとまりついてくる。
「奴が本来の鬼の姿、だよな。だったらお前は希有な存在ってことか?」
僕の問いにまたしても拍子抜け、と首を傾げる。
「あなたも変わった子ね。私を犯すわけでもなく、町を守るために戦うでもない。あなたの目的は?」
鬼は残念がりながら口を尖らせると、僕も強がって腰に手を当てた。
「別に僕はお前を倒すためにここに来たわけでもない」
「あら、冷たいのね。それだったら、フォルテの住民を見殺しにするってことかしら?」
茶化すように銀髪を撫でる鬼。挑発のつもりとしても、乗る気はない。
「でも、あのモブは倒したでしょ?」
「奴は話をする前に襲ってきたから。僕としては仕方がなかったと思ってる」
「あら優しいこと。だったら、私も襲わないのかしら?」
「お前が戦わず、話をしてくれるっていうのなら」
「話? 鬼に対して話とは、あなたも希有な人間ってことかしら。で、話っていうのは?」
「お前は何を生きがいにしているんだ?」
ただ、話したいだけ。