第二部 第三章 3 ―― 森での出会い ――
第百二十六話目。
この感覚……。
3
地面に鬼は倒れ、動こうとしない。息絶えたか。
刃には血がついたまま振り払うことはできず、頭を抱えてしまう。
……面白くない?
なんで、あんなことを考えてしまったんだ? そんなことを今まで考えたことはなかったのに。
「――ユラッ」
疑念で視野が塞がり、倒れそうになっていると、聞こえてきたアカネの声。そこで我に返った。
ようやく剣を振って鞘に戻すと、アカネが駆け寄ってきた。
「ごめん。また私、動けなくて……」
アカネを置いて飛び出した僕も悪かった。けれど、やはり恐怖が邪魔したか、アカネの足を遅らせたらしい。
出遅れてしまったことに、責任を感じているのか、気まずそうに顔を伏せる。
肘を抱きしめて震えを堪えていた。
「アカネ? お前、アカネか?」
非を感じて顔を伏せるアカネに、明るい声が森に広がる。聞き覚えのない声に辺りを見渡し、最終的にそばにしゃがんでいた男に視線が止まる。
「あんた、ブルート? なんで?」
それまで震えていたアカネが戸惑いに面喰う。
「それは俺のセリフだ。なんでお前がここに。確か、ボルガと一緒にいたんじゃ」
「まあね。ちょっと理由があって。もう別れたのよ」
と呆れながらしゃがみ込む男に手を差し伸べ、男を立たせた。
「久しぶりね。ブルート」
男は立ち上がり、体についたホコリを払うと、己の姿に嘲笑する。
ブルートと呼ばれた男は、僕と大して年は変わらなさそうだ。
ボサボサの黒髪をした背の低い、小柄な容姿。丸みのある顔や、明るい声のせいか、どこか幼く見えた。
「いやあ、君強いね。あの鬼を一撃で倒しちゃうんだから。あ、僕はブルート。君は?」
ブルートという男は揚々と喋り、無理矢理僕の腕を掴むと、乱暴にブンブンと振ってみせた。
「あ、ユラです」
どこか圧倒されている横で、アカネが頭を抱えていた。
「で、あんたはどうしてここにいるのよ」
「いやあ、さっきの鬼に見つかってさ。それでこの森を逃げ回っていたんだけどさ、ほら、この有様じゃん。草に躓いたんだよ。そしたら追い詰められちゃって」
ブルートはケラケラと笑って、身振り手振りで大袈裟に説明する。
「逃げるって」
「ほら、僕って昔から逃げ足だけは自信があったからさ」
とブルートは右手の親指を立てて、満面の笑みを献上された。
「自慢できることじゃないでしょうに」
呆れて皮肉るアカネに、ブルートは答えず笑う。
「あ、村に案内するよ。ここじゃなんだしね」
「――えっ? 村? この先にそんな――」
「はいはい、それじゃ行こうっ」
捲し立てるように話を進めるブルート。戸惑っている僕らをよそに、すでに先に進もうとし、僕らを手招きする。
さらには、ブルートが進もうとしているのは、山道からそれ、荒れ果てた獣道を進もうとしていた。
「ほらほら、どうしたの? 早く早く」
無防備とも見える姿に、陽気な口調。疑う余地はないのだけれど、どうしても足は竦んでしまう。
すると、アカネがそばに寄り、髪を靡かせ、
「気をつけて。あいつもコスモスよ」
髪を撫でる手を止め、ブルートに隠れながら小声で呟く。
……コスモスッ。
揚々とした姿が一気に訝しげに映ってしまう。
コスモス……。




