第二部 第2章 13 ―― ここまで ――
第百二十三話目。
バカな奴ら。
13
「お前たち、修羅に会おうとしているのか?」
呆気に取られ、声を漏らすクバンに静かに頷いた。
「本当にバカな奴だ、お前たちは。命知らずもいいところだ」
「わかっています。無茶だってことは。でもやらないといけないから」
これだけは譲れない。じっとクバンを見据えていると、クバンは頭を抱えてしまう。
「それは、イリィに会うためでもあるってことだよな」
「まあね」
「そうか。ありがとう」
クバンが自然に発した感謝の言葉に耳を疑ってしまい、アカネらと目を合わせてしまう。
アカネも唖然としてしまっている。
やはり聞き間違いじゃなかったらしく、つい笑ってしまった。
「でも、さすがに私もこのルートを行くのはちょっと考えものだと思うけど」
自然と僕らの進むべきルートが定まろうとしていると、ヒスイが水を差すように呟いた。
「きっと、これまでの戦いとは比べものにならないほどの戦いになるわよ。それこそ、死を覚悟するほどね。情報を得るだけなら、安全な道を進むのが無難ね」
ヒスイの忠告は、思いのほか鋭く胸に刺さる。それはヒスイがこれほどまでになく真剣な口調であり、冗談ではないことがより伝わり、胸を締めつける。
ヒスイが警戒するほどの鬼が存在し、危険視しているのだ、と。
確かにヒスイの言いう分もわかる。けれど……。
「でも、鬼の情報を得るには、コスモスに接触するのが一番だからな。警戒しながらも、進むしかないってことか」
「そうなるのかしらね、やっぱり」
腕を組んで逡巡するけれど、それしかない。
「セーニョにはアカネの知り合いもいるんでしょ。だったら、やっぱり向かうべきなんだろうね」
修羅に匹敵する鬼が存在している。
噂であったとしても、言葉として理解してしまうと、どうしても緊張から体が固まった。
でも、決断しないとな。
それでも僕は行く、と決意を込めた眼差しをアカネに向けると、アカネも同じく強い意志を込めた淀みのない目をしていた。
ヒスイは茨の道になるであろう旅路を、楽しむように笑顔を献上してくれる。
「いいんだよね」
念を押してみた。気持ちは揺らがないと決めていたけれど、声は震えそうになっていた。
アカネとヒスイから変わらず笑顔を献上してもらい、ようやく僕にも笑みがこぼれた。
「なら、俺はここまでだな」
高まっていく気持ちを急激に冷ましたのは、ランスの一言。
胡坐を組みながら、ランスは鋭く僕らを見据えていた。
そうか、そうだった。
ややあって、ランスの真意に気づいた。
ランスが旅に同行するとは言っていない。ここに来たのは、偶然レガートで煙を見たから。
しばらく一緒にいたからか、勘違いをしてしまった。
ランスとはレガートで別れる予定だったんだ。それが少しだけ遅れただけだ。
「そっか。お前は帰るって言ってたよな」
本音としては、このまま同行してほしいけれど、無理強いをするわけにはいかない。
「……俺は…… ここに残る」
「――?」
「あら? この数時間で愛着でも湧いたかしら?」
突拍子のない決意に耳を疑っていると、ヒスイが調子を戻したのか茶化した。けれど、ランスには通用せず、フンッと鼻を鳴らした。
僕らの話を聞くことはせず、部屋を見渡した。
「なあ爺さん、あんた、ここの生活って十分にできてるのか?」
「ん? ワシか。どういう意味だ?」
「年寄りじゃ、何気ない生活も一苦労じゃないかって聞いてんだよ」
「ったく。どいつもこいつも人を年寄り扱いするなっ。別に苦労はしておらん。ただ町の連中が勝手に身の回りのことをやっているだけだ」
そういえば、さっきの女の人もクバンさんの体を気にかけて野菜を持って来たのかも。それに、薪のことを気にかけていたし。
そうか。確かにクバンさん1人じゃ辛いこともあるよな。ここだと。
「だから、俺はここに残ってやるよ。あんたの生活を助ける」
「ランス、あなたっ」
予想外の反応だったのか、アカネは声を上擦らせて驚く。
ランスは照れくさそうに顔を背けてしまう。
「いらん。どいつもこいつも、年寄り扱いしよって。ワシは1人でも大丈夫だ」
「いいじゃん、爺ちゃん。若い者の厚意は素直に受け入れるべきよ。でなくても、こいつは根が腐ったひねくれ者だからね」
「どいつもこいつもワシをバカにするなっ」
またクバンの怒鳴り声が響いた。
ここで別れる、か。




