第1章 10 ―― 襲う ――
第十二話目。
鬼、なのか?
10
見た目としては、僕より少し年上に見えるけれど、若い。白く細い腕も、筋肉はなさそうで、人を殺めるようには見えない、普通の女に見えてしまう。
でもきっと鬼。
ただならぬ雰囲気はあり、勢いよく一度息を吐き捨てると、身を屈めて腰に下げていた剣に手をやり、柄を握りしめた。
「へえ。鬼を前にして、怯えることのない。それなりの実力者ってことね」
と、鬼は感心すると足を組み直した。
「どうなの、怖くないの?」
鬼の問いかけにかぶりを振る。構えを崩して背を伸ばした。警戒を解くと、鬼はまた感心して腕を組む。
「怖くないわけじゃない。ちょっと拍子抜けしただけだ」
強がってみせた。ここで認めてしまえば、呑み込まれてしまいそうだ。だからこそ、余裕を見せるために体勢を直しただけ。
「そ。どうやら鬼と初めて会うってわけじゃないってことかしら?」
「まあ、そうなるかな」
と答えつつ、辺りを見渡し、無数の剣を眺めたあと、鬼を見上げた。
「お前、この辺りを縄張りにしているのか?」
「あれ、何? やけに口調が強くなったけれど。私を甘く見てる? まあ、そうね。しばらくこの辺りでお世話になっているかしら」
「だったら、この剣はなんだ? もしかして……」
「お察しの通りよ」
声を詰まらせる僕を嘲笑うように、鬼は楽しそうに言い、両手を左右に広げた。
「みんな殺したのか?」
それまで避けていた警戒を抱き、再び剣に手をやる。
「じゃあ、これだけの人がお前を倒しに来て、殺したってことか……」
「ええ。すべてフォルテの男たちでしょうね。若い男や屈強な男。いろいろいたけれど、すべてお帰りしていただいたわ。だって、みんな弱いんだもの」
とおどける姿に、鞘に触れる手に力が入る。
一瞬、町であった坊主頭の男の子の姿がよぎる。きっと、彼の父親も……。
「弱いって、そんな――」
「だって仕方がないでしょう。みんな、私を襲おうとするのだから」
「襲うって、そんな言葉でごまかすな。それはお前が町を壊させ――」
急に込み上げる怒りを爆発させると、鬼は僕の声を掻き消す勢いで高笑いすると、手を叩いた。
「言葉とは面白いものね。自分の都合のいいように表現できるのだから」
と笑いを止めると、急に神妙な口調になり、眉間にシワを寄せる鬼。
「なら、お前もその自慢の力で私を抑え込んで、強姦でもするつもり?」
「……強姦?」
冷ややかに言う鬼に、沸き上がっていた気持ちはゆっくり下がっていく。
「そう。ここに来た男どもはすべて、私を力で屈服させ、我がものにしようとしていた。私の体が目的でね。時には数人で襲うこともあったわ。本当、女の子を弄ぼうとするなんて、男って恐ろしいわね」
と、右の指を胸に当てると、横にスッと動かす。どこか艶めかしげに。
「嘘をつくなっ。そんなはず――」
「本当よ。フォルテの男としてはみな、私を退治ではなく、犯すことが目的だったのよ。罪よね、美しさってのは」
と、冗談めいて胸を撫でる鬼が信じられず、かぶりを振ってしまう。
「まあ、信じなくてもいいけどね。別に同情してほしいわけじゃないしね」
人が逆に鬼を襲う? そんなこと…… いや、でも……。
頭が混乱していくなか、ふと町の様子が頭をよぎる。
確かに町を歩く男はほとんどが年老いた者か子供が多かった。だけど、それはこの鬼を倒すのに犠牲になっただけじゃ……。
ウリュウの護衛も若くなかったけど、あれは年功序列なだけで…… でも、護衛は若い方が力だって……。
「……そういえば」
あの長、まるで鬼を倒すことを拒んでいたような。それって。
首筋を擦り、留まらない疑念が潰れそうになりながらも、鬼を見上げた。
「本当、なのか?」
信じたくないのだけれど、真意を求めてしまうと、鬼は小さく頷いた。
「だったら、この剣はなんだ? 弔いの墓標とでも言いたいのか?」
「まさか。それは警告よ。襲うなら、私も容赦しない。私だって黙っているわけにはいかないからね。身を守らせてもらうわよ」
と、鬼は屋根の上でスッと立ち上がる。
何か起こす、と身構えると、鬼は跳ね、クルリと回転して空を舞い、綺麗に地面へと着地する。
一瞬の舞いに魅入ってしまう。
すっと立つと、悠然と銀髪を靡かせ、自信高々に腰に左手を当てた。そして右手を差し出し、
「どうする? 私を相手にするってなら、容赦はしないけれど」
と挑発してくる。
静かでいて、細い体の奥から放たれる威圧に臆されながらも、手を下げ、鬼と正面で向き合った。
嬉しそうに首を傾げた鬼であったけれど、こちらの反応が拍子抜けだったのか、呆然と瞬きをしていた。
「僕にそのつもりはないよ」
「あら? 私が目的じゃないのかしら?」
まだ鬼を信じているわけじゃない。だけど、本当に僕は鬼を倒しに来たわけじゃない。
「そうじゃない」
人が鬼を襲う?




