第二部 第二章 9 ―― 一番の犠牲 ――
第百十九話目。
ラピスの話。
9
ラピスに鬼としての恐怖は不思議となかった。
タリムと2人で鬼であることを隠し通せ、と念を押したうえ、レガートに連れて行くこととなった。
ケガをした際に用意していた包帯で、念のためにラピスの手を隠しておいた。
ラピス本人も人に危害を加えないと約束してくれたので信用しておいた。
それから、幸い目立った問題もなく、静かな時間が流れていた。
しかし。
2人が安心して暮らしていることを、信じていたときである。
タリムから手紙が届いたのは。
元々、タリムとは近況報告のような形で続けていたので、その類であろうと考えた。
だが、手紙を読んで愕然とした。
―― すまなかった。
謝罪から始まっていた内容には、ラピスがレガートを出て行った、と書かれていた。
レガートでラピスの正体がバレたわけではなく、自らが娘をタリムに託して出て行ったのだと書かれていた。
手紙にはラピスを止められなかった自身を責めているのは、文面からも伝わってきた。
タリムの悔しさ、辛さはワシにとっても同じだった。あのとき、ラピスと出会いながらも、自分は何もできなかったのだから。
また、いつ自分の爪が住民に見られ、鬼であることが知られてしまうことも危惧していた、と。
自分が鬼だと知られ、軽蔑の目が向けられるのは構わないけれど、その憎しみが娘に向けられるのだけは、本当に辛くて悔しいと。
だからラピスは自ら町を離れたのだと。
「……ラピスが安心して暮らせる町であったのなら、こんな苦しみは誰もしなかったのに、と後悔は絶えることはなかったな」
あれから何年が経っているのか。
どれだけ年が流れても、あのときの記憶だけは薄れてはくれない。
これだけは、きっとワシに対する罰なのだろう。
「……聞いた通りだ」
じっと話を聞いていたユラが思い詰めるように呟き、顔を伏せる。
「……聞いていたのか、ラピスに」
「はい。それほど詳しくはないですけど。大筋のことは。自分が娘のそばに居続け、自分が鬼だとわかれば、娘に危害が及ぶ可能性があるから、去ったって」
「手紙に書かれていた通りだな。ったく、バカ者が。なぜ自分を犠牲にするのか。離れることが一番の犠牲だろうに。まったく」
ラピスの境遇を聞き、改めて悔しさが増し、頭を抱えた。
「それで、その後のラピスは?」
率直な疑問なのだろう。銀髪のヒスイとやらが聞いてくる。
「……ラピスが去って、数か月が経った頃か。レガートの付近で狩りをしていたときだ。ラピスの存在が呼んだのか、森のなかで別の鬼と出会ったんだ」
「別の鬼?」
「ああ。ラピスの影響で、鬼に警戒心が薄れていた。だから油断して、殺されそうになったんだ」
「殺されそうに? 穏やかじゃないわね」
「うむ。だが、死を覚悟したとき、その鬼は倒れたんだ」
「――倒れた?」
「そう。そして、倒れた鬼の先に1人の女が立っていた。右手の爪を伸ばしていたことから鬼だった。夕陽に照らされ、影に覆われ見えたのはラピスだった」
「レガートの近くにいたんだ」
ラピスからそこは聞いていなかったのか、ユラは目を丸くしていた。
「彼女を守れなかったことを責められる、と覚悟をしていたが、そのときもあいつは屈託なく笑っていた。その優しさがワシにはどうも辛かったけどな」
ワシを罵倒してくれればよかった。
叱責してくれればよかった。
何もできなかったワシを殺してくれても文句は言えない。
それなのに、寂しげに目を細めたラピスをどうしても忘れられなかった。
「それからは?」
「それが最後だった。それ以降、会うことはできなかった。ワシにとってはそれが後悔でしかないがな」
ずっと溜め込んでいた不安。若い連中ではあるけれど、長年胸に押し込んでいたことを吐露でき、胸が少し軽くなってくれた。
あれからずっと……。




