第二部 第二章 6 ―― 均衡 ――
第百十六話目。
なんか、気が重い。
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クバンに連れられたのは、奥にある広間。部屋の奥には暖炉が設置されている。中央には毛皮の絨毯が敷かれていた。どこか質素な部屋になっていた。
自由に座れ、と促され、各々が座ったけれど、みなが改めて怒鳴られるのかと警戒を拭えずにいた。
ランスはより警戒し、壁に凭れて座っている。
「あれ? クバンさん、お客さん? 珍しいわね。ちゃんとお茶出してあげたの?」
緊張するなかでも背筋を伸ばしていると、緊張した空間に似合わない、柔らかな女の声が聞こえた。
声に導かれて振り返ると、入り口付近で、1人の若い女がザルに山盛りの野菜を抱えて立っていた。
「なんだ、こんな朝から」
屈託なく笑う女を邪険に扱い、怒鳴るクバン。女は「ハイハイ」と呆れながら手で制していた。
「畑で野菜が採れてね。それのお裾分け」
笑いながら手にしていたザルを見せると、手慣れた様子で台所に向かった。
「何やってるんだっ。お前には子供がいるだろ。そいつらにもっと食べさせろっ」
「ハイハイ。大丈夫。十分にあるからお裾分けなのよ。安心して、クバンさん」
「まったくっ」
ぞんざいにぼやくクバンを軽くあしらい、こちらに戻ってくる女。
「ごめんね。クバンさん、気がつかなくて」
と、僕らにお茶を出してくれた。
なんだろ。娘か誰かだろうか。やけに家に慣れている。
「じゃ、私はこれでね。クバンさん、無理はしないでよ。あ、うちの人に言って、薪を切るように言っておくわ。じゃあね」
と、僕らにお茶が行き渡ったのを見届けると、部屋を後にした。
「自分の家のことを第一にせんかっ。バカもんがっ」
背中を向ける女に、容赦なく罵声を浴びせるが、女は気にせず最後に「じゃあね」と家を後にした。
「今の人、娘さんか何か?」
女が出たのを見届けてから聞くが、クバンはぞんざいにかぶりを振る。
「近所の奴だ。ただのお節介なな。小さい子がいるんだから、そいつらを気にかければいいものを。まったく」
憤慨するクバン。本気で怒る様は、先ほど僕らに見せた雰囲気と同じであった。
クバンの話からすると、今日が初めてじゃなさそうだな。
僕らの前に座り、用意されたお茶を飲むクバン。乱暴に飲む姿に、ふと昨日の医師のことを思い出した。
あの人も、クバンのことを話しているとき、嫌な顔をしていなかったな。
――悪い人じゃないよ。
口が悪くても、気のいい人なんだな。人情味があるからこそ、みんなから愛されているんだろう。
この人は信じられる。
不思議とそんな確信を持てた。
「――で、お前らは鬼となぜ関りを持とうとする」
気が緩んでいたとき、胡坐を組んだクバンに問われる。
これまでになく鋭い口調で。
また背筋が自然と延びてしまう。
「鬼と関わるってことは、退治でもするつもりか? そんな無駄なことを」
「無駄って、そんな」
「お前ら、旅人らしいな。もしかしてコスモスの連中の仲間なのか?」
そこでより目尻を吊り上げ、険しきさせる。
「コスモス? そんな奴らと僕らは関係ない」
疑いがまったく晴れてくれないので、これだけはきっぱりと断言しておいた。
「やけにその〝コスモス〟ってのを毛嫌いしているようだけど、何か関係しているの?」
クバンの反応が気がかりなのか、問い直すヒスイ。クバンは静かに頷くと、
「直接はない。ただ、連中の行動には危惧している。奴らは人と鬼との関係を壊す危険があるからな」
「人と鬼との関係?」
訳がわからず、首を傾げてしまう。
「均衡が崩れる、とでもいうかな」
「なんだよ、それ」
「ワシは無暗に鬼を殺す必要はない、と思っているだけだ」
「あら、やけに鬼に対して寛容なのね」
茶化すようにヒスイが笑うと、クバンは睨みつける。気迫に委縮しまったのか、ヒスイは肩を竦める。
「寛容なものか。ただ、ワシは人にも鬼にも役割があると思っている。不必要な存在ではないから、共存するものだとな。だから、コスモスの連中には危惧している」
「そのコスモスって連中の目的ってなんなんだよ?」
じっと話を聞いていたランスは、疑念をぶつける。
「鬼の殲滅、とワシは感じたな」
「殲滅?」
「奴らは何度か、この町にも来ていた。「町を守るため」なぞと高説を唱えてはいたが、結局のところ、そう感じたな。聞こえはよくても」
どうも、いかがわしくなってしまうけれど、そんな話を以前して、口論になった気がした。
ややあって、ハッとしてアカネに振り向いてしまう。
そうだ、アカネと初めて会ったとき、そんな話をして、ボルガとそんなことを話して…… て、あれ?
ふと疑念に包まれると、アカネは追い詰められたみたいに、顔を伏せた。
「やっぱ、そうよね……」
と小さく呟くアカネ。
「そういえばお前、奴らを知っているみたいだったな」
そこで何かを思いついたみたいに、ランスがアカネを睨む。
「うん。まあ、私も一応、コスモスだから」
悪い人じゃないみたいだけど……。




