第二部 第二章 4 ―― 騒ぎ ――
第百十四話目。
なんか、怪我ばっかりだな……。
4
入って来た若い男は、体を起こして座っている僕に目を細め、何度か頷いた。
メガネを掛けた細身の男。どこか気の弱そうな男だけど、優しそうな人物。この病院の医師。
フードの奴と戦った後、傷を診てもらっていた。
「おかげさまで、かなり体調は戻ってきました」
よく考えれば、まだ傷も完治していなかったけれど、不思議と痛みはさほど残っていない。
「助かりました。ありがとうございます」
あのまま町を彷徨うことにならず、改めて頭を下げると、釣られてアカネも頭を下げてくれた。
すると、医師は照れくさそうに苦笑し、手で制した。
「いや、礼を言わなければいけないのは僕の方だよ。君が鬼を追い返してくれたんだって? 本当に感謝してるよ」
まあ、ギリギリではあるけれどね。
「ねえ、この町はやっぱり鬼によく襲われるのかしら?」
感謝された余韻に浸っていると、ヒスイが険しい表情で聞いた。
「いや。これまでそんなことはなかったと思うよ。だからみんな、驚いて何もできなかったんだよ」
ヒスイの問いに、予想外の答えに唖然となった。
「じゃあ、今日が初めてだったの? 襲われたのって」
「まあ、初めてってわけじゃないけれど、滅多になかったなあ。今日は放火も重なって。それで動揺していたんだよ」
疲れた様子で首筋を掻く医師。困惑を隠せずにいる。
「じゃあ、あのコスモスって連中はどうなんですか?」
「――コスモス? ああ、あの黒い服を着ていた人らね。知り合い?」
疑問をこぼすアカネは逆に問われ、焦って否定する。
「そういえば、最近はちょくちょく見るね。僕も何度か聞かれたことがあったな。鬼について知らないかって」
「鬼について?」
鬼について……。
医師は記憶を探るように天井を眺め、これまでのことを話してくれた。でも、何かを掴める情報はなさそうだ。
「何か気になることがあるなら、そいつらの町に行ってみればいいじゃんか。どうせ、どこかに拠点となる町はあるだろ」
困惑から顔を伏せていると、唐突にランスが提案する。
咄嗟的に顔を上げるけれど、ふとした瞬間、また項垂れそうになる。
ヒスイの顔を見て。
僕が顔を伺っているのに気づくと、含み笑いを献上された。
連中が鬼を捜しているのならば、ヒスイと同行いていることは、危険を晒していることになる。
ランスの提案は危ないかもしれない。
僕の顔色を察したのか、ランスは小さく頷き、身を引かせた。
気のせいか、アカネもこの話に乗りたくない、と難しい表情を崩さなかった。
「君らはあいつらを捜しているのかい?」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
僕らが悩んでいると、察してくれたのか、医師はしてくれたけれど、すぐに否定してしまう。
「町でもなかには不快感を持つ人も少なくないけれどね」
コスモスに対して多少の警戒心を抱いていると、医師も同調するように頷いた。
「そういえば、さっきの火事、その連中の仕業だって騒いでるお爺ちゃんがいたけれど、結局、放火の犯人は捕まったの?」
「いや。はっきりとした目撃者もなくてね。難しいんじゃないかな」
そこで何かを思い出したのかヒスイが聞くけれど、医師は表情を曇らせ、かぶりを振る。
「ってか、そんな騒ぎがあったの?」
アカネが不思議そうに聞くと、ヒスイは面倒そうに唇を尖らす。
「そうなのよ。酒場の前で騒いでいてね。「放火の犯人を見た」って。あまりにもうるさいから、お仕置きしてあげようと思ったら、その子に無理矢理引っ張られたのよ。もう、何をされるか怖かったわ」
ヒスイは悶えるように首を竦め、ランスを眺める。するとランスは困憊したように額に手を当てた。
「あれ以上、あそこにいれば、絶対に騒ぎを起こしていただろうが。俺はそれを止めただけだ」
どこか責めるヒスイに、ランスは憎らしげに吐き捨てた。
2人のやり取りに苦笑していると、医師が申しわけなさげに、
「ああ、それ、クバン爺さんだね。ほんと、ごめんね」
どうやら、知り合いだったのか、医師は苦笑してメガネのブリッジを直した。
「――えっ? クバンって言った、今?」
何気なく言ったのだろうけれど、僕らは驚きで顔を見合わせた。
「あれ? クバン爺さんに用だったのかい?」
クバンっ?




