第二部 第一章 16 ―― やりにくいわね ――
第百九話目。
ここは縄張りってこと?
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間合いを計り、鬼の動きを読もうと目で追った。
鬼は右手に片刃の剣。左手は爪を伸ばして構えている。いかにも余裕を醸し出しながら。
「どうやら、ここはあなたの縄張りだったみたいね。急に入ってしまったのなら、謝るわ。ごめんなさいねえ」
さっきから変な雰囲気はあった。もっと早く気づくべきだったわね。
「でも、不愛想なのはどうかとも思うわよ。少しは返事してほしいものだわ」
多少の皮肉を込めてみた。
「…………」
反応はないのね。
もうっ。
刹那、鬼は地面を蹴り、また攻撃を繰り出してきた。
「本当、せっかちなのね。そんなに慌てたら、嫌われるわよっ」
待ったがないのは嫌ね。
癇に障って隙を突いて、攻撃の間を縫って懐に入り、下から上に爪を振り上げた。感触はある。
仕留めたっ。
けれど、何かがおかしい。指先は何かを裂いた感触はあるのに、爪の先に血が滲んでいない。
視線を落とし、鬼の体を睨んだ。
マントの裾は確かに切れている。攻撃は加えている、でも。
そのまま右足の蹴りを加えた。今度は私が隙を与えず攻撃をした。
しかし、右の一撃は左手に掴まれ、防御される。
同じ鬼ならやっぱり男の方が優位ってことかしら。
だったら。
10本の爪を一斉に突いた。
さすがに10本の爪はさばききれず、手を放す鬼。そこでもう一度大きく払うと、鬼は後ろに退き、腕を交差して構える。
片手に違う武器を構えるせいか、奇妙な構えになる鬼。
「あなた、器用みたいね。でも、好奇心が高すぎるのも、隙を生む恐れがあるわよ。1つを極めた方がいいんじゃない?」
どうやら、こいつもネグロと同様。人の物に興味を持つみたい。まあ、例外ってこともあるけれど、だったら。
きっとこいつは全身に防具をつけているんだ。だから傷がつかない。
しかも、ネグロみたく軽い挑発に乗るような軽率な奴じゃないみたい。これだけ言っても、平然と構えている。
「……やりにくいわね」
つい本音が漏れてしまい、頬が攣ってしまった。
遊んでなんかいられない。
覚悟を決めて地面を蹴った。
どれぐらいの時間、刃を交わしたのか定かではなかった。
私にとっては珍しく、時間を長く感じてしまう。
斬りつける刃を払い、また後ろに下がる。
どうもこいつの動きが読めない。
攻撃の規則性がわからないんだ。
手にした武器が違うせいか、動きが複雑。
1つの武器だけや、同じ形状の武器だったら、多少は対照的な動きをするだろうけれど、それがない。
本当にやりにくいわね。
爪と片刃の剣を交差させる独特の構え。
憎らしさに口角が上がる。
鬼の隙を突き、こちらも仕掛けるが、それを上手く流され、致命傷を与えられない。
焦りのせいかな。体が熱くなっていく。全身を巡る血液が激しく脈打っているようだ。
体が軽くなっている。鬼の動きに体が喜んでいるみたいに。
予想外だったわね。こんな山にも、強い鬼がいたなんて。
ダメね。私、楽しんでいるわ。
ここのところ、ユラといい、こいつといい。私ってツイているのかしら。
緊迫した境遇だというのに、構えながらも頬が緩んでしまう。
「ねえ、あなた、結構楽しませてくれるのね」
自分から攻めつけると、鬼は剣を構え、私の爪を受け止める。
せっかく私が敬意を示しているのに、フードの奥は闇のまま。ほんと、不愛想は面白くないわね。
不快感を示すと、視界の隅から爪の斬撃が襲う。が、すぐさま私も爪で受け止めた。
「舐めないでね。私もバカじゃないわよ」
得意げに言うと、一瞬鬼の動きが鈍った。
あら、癇に障ったかしら。
「もう少し、遊んであげるわ。鬼さん」
さ、私のペースに持ち込めるかしら。
なんだろう。急に鬼の動きが単調になった気がする。じゃ、終わらせましょうか。
でもこれ、焦ってる?
やりにくいっ。




