第二部 第一章 10 ―― 只者じゃない ――
第百三話目。
強いっ……。
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そいつが一瞬にして、只者ではないことは、冷たく肌を刺す雰囲気が物語っていた。
少しでも動けば、気迫に切り裂かれそうなほどに。
こいつが人間なのか鬼なのかわからない。ただ、無茶だけはできない。
ランスもこいつを睨みつけ、身構えている。アカネは圧倒されてか、瞬きも忘れて呆然としている。
動けないってことは、やっぱり鬼なのか?
「お前、何者なんだ?」
こいつは住民に手を出したのか、人々が逃げ惑うざわめきが木霊している。
フードを纏った者は、こちらに気づき、体の正面を向けた。
自然と息を呑んでしまう。
フードのせいか、表情は見えない。けれど、睨まれているのは全身に受けるひりつきが物語っていた。
「………」
ざわめきに紛れ、声が聞こえたとき、咄嗟に抜刀していた。
急に全身に悪寒が走り、身構えてしまう。こいつはかなりの者である、と。
刃を横に向け、足に力を込める。
「……ランス、町の人をお願い」
「お願いって、お前っ」
突然、声をかけられ、訝しげにするランス。まだ戸惑っているようだけど、ランスに頼るしかない。
まだ体が痛んで堪えていると、フードの者はおもむろに右腕を横に伸ばす。
手には片刃の剣を握り。
……こいつも武器を。
鬼は武器を持たない。それはただの固定観念だと痛感させられ、頬が引きつってしまう。
いや、まだ人間としての可能性も。だったら。
「…… ……」
けれど動けない。
変なイメージばかりが膨らんでしまう。
一歩動けば、そこに鬼が間を詰め、体を真っ二つに切り裂かれてしまう。
最悪のイメージばかりで頭が壊れそうだ。胸の動悸だけが耳を支配していく。
でも、動かないと。
完全に怯える体を鼓舞し、地面を蹴った。瞬間、瞬きをしてしまう。
想像では次の瞬間、鬼が眼前に現れるはず……。
けれど、大丈夫、鬼は一歩も動いていない。
だが、完全にこちらの動きを追っているのは、気配でわかる。けど、躊躇なんてしていられない。
一気に踏み込み、剣を頭上から斬り込んだ。
鬼の頭上を刃が捉えたとき、急に剣が弾かれた。
無様に脇が開く。
間髪入れず、光が右から左へと真横に走る。
咄嗟に膝を折ってしゃがむと、顔を後ろに反らす。
鬼の持つ剣が前髪を霞めた。
――早いっ。
剣を握る腕を捉えると、腕には黒い防具がはめられ、手にも手袋をしている。
こいつは元々から武器を使うのか。
でも、剣を振り切ったのなら、こいつも胸はガラ空きのはず。
片手を地面に着き、体勢を整えて――
「――っ」
咄嗟に体を捻り、横に転げた。
すかさず鬼が剣を逆手に握り直し、地面に突き刺してくる。
隙を与えられない。
転げた反動で立ち上がった刹那、またしても斬撃が降り注ぐ。今度は避ける隙もなく、剣を横に構えて受け止めた。
「――っ」
――重いっ。
一撃が刃に圧しかかる。片腕では抑えられず、両手で支えてはいるけれど。
「クソッ。なんなんだ、この力っ」
思わず文句がこぼれ、頬が歪む。両手で踏ん張っているのに、足が地面にめり込みそうだ。
こいつ、しかも右腕一本でこの力。左手はマントに隠れたままの余裕がより憎い。
だったら、せめてその顔だけでも。
長身の鬼の顔を確認してやろうと、覗き込むけれど、やはり影に覆われていて、見えない。
それでも冷徹な目が僕を見下しているだろうと想像できる。
クソッ。舐めるな。
強がったとき、鬼の右足が変な動きをするのを見逃さない。
動きを追えないでいたとき、左の脇腹に衝撃が走る。
蹴られたっ。
「――ユラッ」
自分の置かれた現状を理解したとき、吹き飛ばされた。そばの家の壁にぶつかった。
アカネの叫喚に顔を上げたとき、体が思うように動いてくれない。
なんなんだ、こいつ……。
痛みに頬が歪み、警戒心を強めると、鬼がこちらに体を向け、またしても剣を構えた。
――負けるっ。
負けるっ……?




