第二部 第一章 9 ―― 悲鳴 ――
第百二話目。
ブレスの町。
9
ヒスイと別れると、さらに道を進んでいた。
「なあ、煙がさっきより薄くなってないか?」
空に立ち昇る煙を眺めながらも、ランスが異変に気づいた。
「それだけ被害者が少なければいいんだけど」
率直な思いを漏らしながらも、進む足により力がこもった。
ブレスに辿り着いたのは30分ほど突き進んでからである。
それまで走り続けたせいもあり、肩で息をしていた。
町は騒然としていた。
町の住民であろうか、多くの者が激しく行き交って慌ただしくなっている。
ただ、逃げ惑う様子ではなく、狼狽した雰囲気が漂っている。
行き交う住民らを掻き分け、町を彷徨っていると、周辺の被害が見えてきた。
何件かの家は焼き焦げて崩壊し、黒ずんだ梁だけが虚しく立ち残っているところが多い。
ほかにも半壊した家が目立っている。
火の手はすでに収まっているみたいだけれど、焦げ臭い臭いが辺りを支配しており、鼻孔を刺激してくる。
思わず鼻を擦っていると、アカネが不意に足を止める。
アカネは急に一方向を眺めた。
釣られてアカネの視線の先を眺めた。通路の奥を。
すると通路の奥に、一際大きな屋敷らしき焼き跡が存在していた。
おそらくこの町の長か地主の住宅であったのは想像できるが、それも無残に朽ち果て、煙が微かに燻っている。
陽も落ち、辺りも暗くなっていく。微かに残る灯が灯されていくと、崩れた家屋がより暗闇に呑まれていきいきそうで、不気味に思えた。
「何があったんですか?」
慌ただしく走る住民を引き止め、町の状況を尋ねた。
「ああ、どうも放火らしいんだ。急にこんなことになって。やってられないよっ」
引き留めた男は、狼狽にも状況に対しての怒りにも似た、頬を赤らませて吐き捨てる。
「放火って、普通は暗いうちに被害があるだろ。陽が落ちかけたところじゃないか。やけに大胆な犯人だな。明るいうちってことは、目撃者もいそうだけど、どうなんだ?」
暗くなる空を眺めつつ聞くランス。しかし、男はかぶりを振る。
「いや、それが周到な奴だったのか、まだ目撃者がいないんだ。だから余計に嫌になるんだよ」
姿を見せぬ犯人に対しての怒りが男の頬を歪ませた。
「まったく。鬼にも警戒しなければいけないのに、参ったもんだよ」
「鬼って、この町にも鬼が――」
この町にも鬼の存在がありそうで、眉間にシワを寄せていると、遠くで悲鳴らしき声が轟いた。
「――悲鳴?」
「クソッ。こんなときになんなんだよっ」
次第に騒ぎが大きくなっていくと、尋ねた男も文句を言い、話もそっちのけに騒ぎの方へと駆けて行く。
「なんなんだろ。また新しい火でも上がったのか?」
「行ってみる?」
去った男を眺めて促すアカネ。
だな、と気がかりになって、騒ぎの起きた方へ向かった。
足早に向かっていたとき、その異変に気づかされた。
それまでは消火に勤しんでいた住民らが、より慌ただしく走り出している。
新たな火が生まれ、消火に尽力しているのとはまた違う緊張が支配しており、騒ぎが起きた場所から逃げるように住民が擦れ違っていく。
咄嗟に腰に下げた剣に手を触れた。反射的に体が勝手に動いていた。
ランスから託された新たな剣に。
なんで体が勝手に…… まさか、鬼?
住民らの流れに逆らい進んでいると、唐突に足が止まる。
焦げ臭い臭いが風に乗り、鼻孔を刺激するなか、息を呑んだ。
それまで疲れすら忘れていた足が急に竦んでしまう。
眼前に現れた1人の人物によって。
全身を覆う浅黒いマントを羽織り、フードで頭を隠した人物に。
放火?




