第二部 第一章 8 ―― 火に油 ――
第百一話目。
急がないとっ。
8
無理をして動くべきではなかった、と急に後悔が襲う。
町を出てしばらく進んでいると、体のあちこちが突っ張ったみたいに悲鳴を上げてしまい。
じわじわと痛みつけられるみたいで苦しかった。
でも休むわけにもいかない。
「まさか、また鬼の仕業」
「どうだろうなっ」
ブレスに急ぐなか、アカネとランスが疑問を漏らす。
やはり、状況が掴めないっていうのは厳しいな。
先ほどのランスの指摘が今になって体にのしかかる。体に鞭を打ち、地面を蹴ろうとすれば、より傷を疼かせている気がした。
ふとしたとき、ともに向かっていたヒスイの足がおもむろに止まった。
「何? 急いでんのにどうしたのよ?」
突発的な行動に、声を上擦らせるアカネ。ヒスイは意に返さず髪を掻き上げ、乱れを整える。
「私はちょっと離れるわ」
「はあ? 急に何を言ってるのよっ」
急なことを言うヒスイに、アカネは目を剥くけれど、ヒスイは楽しむように目を細める。
ブレスの危険を危惧するなか、ヒスイの陽気な姿にアカネは頬を紅潮させる。
今にも怒りを爆発させそうなアカネ。見兼ねて宥めるけれど、アカネは息を荒げている。
気を静めるのは難しそうで、うなだれていると、ヒスイも手の平を見せてアカネを宥める。
ヒスイの手には白い手袋が嵌められている。
服装も変わっていた。
白い服装となり、腕の袖口には青い糸で花柄の刺?が施されたものに。
レガートにおいて、服を新調していた。
アカネの言い分では、僕との戦闘で以前の服が汚れ、みっともないから着替えて、と促されていた。
服は空き家から調達していた。
盗みじゃないのか、と心配はしたけれど、「今は不可抗力」とアカネに推し進められた。そのとき、用心として爪を隠すために手袋をしていた。
そんな白い手袋をしたまま銀髪を撫でるヒスイ。
「だってそうでしょ。何やら騒ぎが起きそうな町に、鬼の私が行ってみなさいよ。火に油を注ぐようなものよ」
ふざけた態度でお手上げ、と唇を尖らせるヒスイ。茶化しているようではあるけれど、話に筋は通っている。
「お前が目立たなければいいだけだろ」
「あら、ごめんなさい。私ってこんな美貌じゃない? 立っているだけでオーラが出て注目を浴びてしまうのよ」
ぞんざいに指示するランスに、ヒスイは胸元を指でなぞり、またふざけた。
懲りない態度に呆れ、ランスは鼻で笑う。
「ほっとけ、ユラ。こんなアバズレ、こいつは近くにいるだけで邪魔だ」
嫌気が差したのか、相手にしようとしないランス。その態度にまたヒスイは肩をすぼめて、よりおどけてみせた。
こんなところで問題を起こしている暇はないんだけど。
みんながバラバラになりそうで頭が重い。つい頭を抱えてしまう。
アカネも憤慨してか、いつしか黙ってしまっている。
溜め息交じりで辺りを見渡してしまう。
辺りは整理の行き届いていない砂利道。そばには山がそびえ立ち、山頂付近は黒い雲に覆われていて、不穏な雰囲気を漂わせている。
見るからにいわくがありそうだ。
いくら鬼でも、ここにヒスイ1人を置いていくのは……。
判断に困り、躊躇していると、ヒスイは嬉しそうに目を細める。
ったく。誰の心配をしていると思ってんだか。
楽観的な態度にまたしても大きな溜め息を堪えられない。
「……わかったわよ」
無理矢理にでもヒスイを連れて行くべきか逡巡していると、これまで黙っていたアカネが重い口を開く。
「でも、あまり遠くに行かないでよ。町に行くって言ったって、鬼の仕業かどうかもわからないし、大丈夫そうなら、すぐに呼びたいんだから」
強い口調で言い、念を押すように「いい?」と人差し指を突き立てて強調するアカネ。吊り上がった目や唇を尖らす様から本人としてはまったく納得していなさそうだけど。
「あら。いつしか私のお母さんみたいね」
「いいのっ」
どこか棘のある返事をするヒスイ。アカネは気にせずヒスイの前に立ちはだかり、腰に手を当てる。
じっとヒスイを睨む姿は、本当に親が子に説教をしているみたいだ。
「じゃあ、気をつけろよ」
「大丈夫よ。私を誰だと思ってるのよ」
ヒスイはハイハイと面倒そうに手を振る。
ヒスイとはここで別れることにした。
何を考えているのか……。




