第二部 第一章 7 ―― 手紙 ――
第百話目。
情報はありがたい。
7
タリムよ、突然の手紙を許してほしい。
今になって私は昔の己の判断を後悔してばかりだ。
けっしてあの子は悪いことなんてしていない。ただ、我々が若く、己の気持ちに素直になれなかった。
それはこの家の主に対し、自分の間違いを悔やむ内容になっていた。
きっとあの子、ラピスは何も悪いことはしていないんだ。今の私なら、それが苦しいほどにわかる。
だからこそ、あのときの自分の若さが悔しい。
もし、レガートにラピスが訪れることがあるのなら、伝えてほしい。
本当にすまなかった、と。
「……ラピス」
文面の終盤に記された名前。
手紙を読み終えると、便箋を握っていた手に力がこもる。
思わず期待に顔を上げると、アカネとヒスイは驚き、目を丸くしている。
ランスは罰が悪そうに俯いていた。
「そこに書かれているのがあの女なのかはわからない。同じ名前の可能性だってある。そんな簡単に浮かれる場合じゃないんじゃないか」
「そうね、その可能性だってある」
途方もないなか、掴んだ情報に浮かれそうになると、ランスは水を差してくる。
確かにそうだよな。けれど。
壁に凭れ、口元を手で押さえながら思案するランスをじっと見据えた。僕の視線に気づいたか、眉間が険しくなる。
「それでも、僕はこの名前を頼りたい」
きっとまたランスは罵倒し、呆れるだろう。でもやっぱり揺らぎはしない。見逃したくない。
「――で、それじゃあ、その手紙はどこから届いたの? それが分からなきゃ意味がないでしょ」
ランスに強く叱責されることを身構えていると、嬉しそうにヒスイが割り込む。
ヒスイの一言は、この先の光を掴みそうななか、重たい空気を体に落としていく。
しかも、塞ぎ込もうとする僕らを茶化すように揚々と銀髪を弄ばせながら。
「またあんたはそんなことを。なんでそんなことを言うのよ」
見兼ねたアカネは、ふざけるヒスイを窘める。
「そんなの手紙の差出人を見れば、どの町から出されているのかはわかるでしょ」
また頭を悩まそうとするなか、あっけらかんと話し、手の平を見せて首を捻った。
悩むことはないでしょ、と言いたげに。
するとヒスイは鼻で笑い、
「そうかしら。この坊やは本気で悩みそうだったけれど」
「そんなわけないでしょ。そんな単純なことわからないなんて」
僕を小さく指差すヒスイを、完全に否定してうなだれるけれど、呆然としてしまう。
そこをヒスイは見逃さずより嘲笑した。
恥ずかしいが、気づかなかった。確かにそこを確かめず、町を出ようとしていた。
「どうやら図星だったらしいぞ」
そこにランスが追い打ちをかけ、一言振りかざす。
顔を上げるのもはばかれた。何しろ、アカネの冷ややかな目が僕を捉えていたために。
「ブレス。ブレスのクバンだろうな。それで、この家の主がタリム。まあ、もうその主人はいないみたいだけどな」
手紙を見返すと、記されている2つの名前。ランスは手にした手紙を指差し、ぞんざいに答える。
「ブレス? それってどこになるの?」
「ブレスってここからそれほど離れてないんじゃないかな」
おもむろに地図を取り出すアカネ。地図を僕が座るベッドの上に広げると、指でなぞりながらブレスを探していく。
「やはりそうね。ここから遠くないわね。隣、かな」
と、地図に記されたブレスの場所を指差す。
「じゃあ、ブレスに行ってみる?」
レガートに留まる理由も少なくなり、促してみると、アカネとランスの不安げな視線が注がれる。
「大丈夫なの?」
2人とも僕の傷を気遣ってくれているらしいけど、小さく頷いた。
「大丈夫。これぐらいなら、動けるよ」
多少の無理は承知。
そのとき、ずっと話に入ってこないヒスイが気になり、ふと顔を向けると、ヒスイは顎を擦りながら途方のない方向を眺めていた。
「どうかした、ヒスイ?」
さっきまで茶化そうとしていたのが嘘みたいに、窓の外を眺め、次第に眉をひそめる。
「あれって、何かしら?」
小さく指差し、小さく呟くヒスイに釣られ、みんなが窓の外に注目する。
「あれって煙?」
異変に気づいたアカネが呟く。
窓の外、町並みのさらに遠くの空に、狼煙みたく黒い煙が空に昇っていた。
「火事でも起きたのかな?」
奇妙な煙に導かれ、傷のことを忘れて家の外に飛び出した。
「でもあれって、火事か?」
遠くの煙を眺め、ランスが怪訝に呟く。
「遠くのここまで見えるってことは、それなりの被害なんじゃないか」
近くに町があるとしても、すぐ近くじゃない。それが目視できるのは、それなりと想像ができた。
「ね、ちょっと待って」
訝しげに煙を眺めていると、ふとアカネが呟く。
「あの方向って、ブレスじゃない?」
「嘘だろ」
ブレス……?




