第1章 8 ―― 鬼を黙らせる ――
第十話目。
嫌われた。
8
どれだけ町が安全でないと訴えても、3人の態度からして、納得されないようだ。
ここでどれだけ反論しようとも、聞き入れてくれる隙もなかったので、ウリュウの要望を受け入れることにした。
ウリュウはそこで初めて安堵した様子で頬を緩めた。
翌日。
異物として捉えられた僕は、誰にも惜しまれることもなく宿を出て、町を歩いていた。
きっと僕の情報は伝わっているのだろう。すれ違う住民らの視線は依然冷たく、その冷たさに追い出される形で歩いていた。
事情を知らない朝日だけが無垢に空に佇み、町を暖かく照らしていた。
また険悪な雰囲気に巻き込まれるのは厄介なので、足早になっていたとき、
「お兄ちゃんって鬼を倒したことあるの?」
と、震えそうなか細い声を背中に浴び、足が止まった。
なんだろ、と振り返ると、視線が自然と下がった。すると、小さな男の子が僕を見上げていた。
「――えっと、君は?」
小柄な男の子。坊主頭の可愛げな男の子であったけれど、こんな子供にも緘口令は届いていたのか、僕を見て怯えていた。
下手に荒げるわけにもいかず、戸惑いから頬を掻いて、苦笑いをこぼした。
「ねえ、お兄ちゃんは鬼を倒したの?」
坊主頭の子供は怯えながらも、大きな目をさらに見開き、唇を震わせている。
「本当に鬼を?」
鬼って、どういうことだ?
「――鬼? 鬼って?」
あの男のことか。でも奴はこの町に来たことはないみたいだけど。それなのに?
「大人はみんな言ってるんだ。鬼を黙らせるって。鬼を押さえたら、この町は安全だって」
鬼を黙らせる? それって…… えっ?
「それで大人はみんな鬼を押さえるって。それでお父さんも」
「みんな? みんなって?」
「みんな。お父さんも、友達のお父さんもみんな鬼を押さえるんだって。それで全然帰ってこなくなって」
「……それって、鬼がいるってこと?」
微かな疑念に男の子は小さく頷くと、目を充血させている。
お父さん……?
咄嗟に辺りを見渡した。
相変わらず冷ややかな視線を向けるなか、目を合わせないと、咄嗟に目を逸らす者ばかり。ただ何か違和感が急激に胸の奥に沸いてくる。
「大人はみんな言ってた。お兄ちゃんが鬼を倒せば、町が守れない、とか」
「鬼? 鬼が近くにいるの?」
胸に竦んだ違和感に眉をひそめていると、男の子の発した言葉に声が上擦ってしまう。
男の子の肩を掴むと、怖くなったのか涙で頬を濡らしている。
「あんたっ。その子に何を言ったのっ」
泣き出す男の子に戸惑っていると、この様子を伺っていた1人の若い女が駆け寄り、男の子を引き寄せ、僕から放すと、男の子を庇って僕を睨んできた。
「早くあんたなんか出て行きなさいよ。どうせあんたも欲のために鬼を追っているんでしょっ」
髪の短い女は目を吊り上げ、怒鳴りつける。
「なあ、あんたっ。やっぱりこの町の近くに鬼はいるのかっ」
つい声を張り上げると、女は驚き、身を屈めて男の子を守りながらも、肩をすぼめて怯えた。
「鬼はいるんですねっ。だったら教えてくださいっ。鬼の居場所を知っているのならばっ」
昨日、鬼を斬った。だけど何かが違う。どこか気持ち悪い。
僕の焦りとは裏腹に、女の表情がより険しくなる。
しばらく黙ったまま、睨み合ってしまう。こちらも引き下がるわけにもいかず、目を逸らさなかった。
女は憎らしげに目を吊り上げて下唇を噛むと、唐突に途方もない方向を指差した。
「西の方に少し進んだところ。噂でその辺りにいるって話」
と、途切れ途切れに言うと、憎らしげに吐き捨てる。
「結局、あんたも男なんだ。男は鬼に躍起になる。バカみたいに。あんたも殺されなさいよ」
憎しみのこもった悲壮な声は肌に突き刺さる。
男の子を抱きしめる女を目の当たりにしていると、ふと考えてしまう。
もしかすれば、この人も鬼に誰かを奪われたのか? だからそれだけ憎んで。
「ありがと」
男はバカ?




