序 ―― 鬼追いの道 (1) ――
人間と鬼が存在する世界。
人間は鬼に恐れるなか、ある約束を守るために旅を続ける1人の物語となります。
第一話目。序章となります。
序
鬼とは戦いたくなんかない。
それなのに。
ったく、本当に面倒だな。これなら、ほかの道を選んでおくんだったよ。
大きく溜め息をこぼすと、一緒に声まで漏れてしまいそうで、唇を噛んでしまった。
「どうした? 俺にケンカを売ったことを、今になって後悔してるのか?」
深い森のなか、葉の隙間から射す陽が反射し、眉をひそめた。
眼前には殺気を漂わせ、臨戦態勢で身を屈める鬼。仕方がなくこちらも剣を構え、剣先を標的に向けた。
ジリリと爪先に力を込め、距離を詰めようとすると、自信ありげな鬼は口角を上げ、右手をこちらに向ける。
人差し指と中指の爪が指の倍ほどに伸びて刃となり、心臓を狙っていた。
「どうした? 怖さで動けないか?」
こちらが動かないでいると、鬼は気を緩めたのか、両手を大きく広げ、首を竦めておどけてみせた。
どうも、こいつは僕をかなり見下してくれているようだ…… ったく。そんなに弱く見えてしまうってことか。情けないな、まったく……。
鬼は男で長身。細身ではあってもそれなりの筋肉質…… 爪を伸ばしている姿から、俊敏さで斬りつけるタイプってとこかな。
だったら、やるしかないか。
この鬼はどうも気に入らないし、この態度は……。
「……別に怖くはないよ」
刹那、地面を蹴った。
一気に距離を詰める。大丈夫、こいつはきっと強くない。
風が木々の葉を揺らしたとき、金属音に似た甲高い音が空気を裂く。
身を屈め、右手を大きく空に振り抜くと、構えていた鬼の右手を弾いた。鬼は体勢を崩してよろける。
一撃では爪は折れていない。腐っても鬼ってか。爪も金属並みの強度ってことね。
反射的に体を反らし、蹴りを与えた。
「……っ」
右足の一撃は両手で受けられてしまう。
やっぱり、簡単にはいかない。
瞬間、鬼は後ろにステップして下がり、距離を取った。
爪に損傷はなし…… 打撃も効いていない。やっぱり鬼だよな。でも……。
つい笑ってしまう。
やはりこいつは強くはない。しっかりと鍛錬をしていれば、問題ないよな。
「お前、なんなんだよ。何、鬼に歯向かうんだっ」
片膝を着き、こちらを睨む鬼。表情は幾分険しくなり、痙攣を起こしているみたいに頬が引きつっている。
今の一撃で警戒を強めた? それともプライドを潰されたか?
「別に歯向かったつもりはないさ。僕はただ、聞きたいことがあっただけだよ」
そこですっと立ち、剣先を地面に下げると、鬼を睨む。鬼の憎らしめな眼差しとぶつかる。
それでも怖くはない。
「聞きたいこと?」
右手の爪も伸ばし、再び構える鬼。
「お前はなんで戦うんだ?」
鬼に対して深い部分に根づく疑念を吐露した。すると、鬼は拍子抜け、といった様子で唾を吐いた。
「愚問だな。鬼は頂を目指す。それ以外ないだろ」
「じゃあなんで、それに人を巻き込む? 人は鬼に殺されている。何人も」
「はあっ? 知るか。鬼に殺されたのがすべて俺の責任だと決めつけるな」
「確かにね。でも、人を殺していることに変わりはないだろ」
「それは目障りなだけだよ」
やはり鬼に期待を持っちゃダメってことか。
剣を握っていた手に力がこもる。
「所詮、人間は人間。鬼の糧としての存在ってことだよ」
「……そうか」
ため息がこぼれる間際、地面を蹴り、再び距離を詰めると、勢いに任せて剣を振り下ろした。
次回も序章となります。