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アイリスの変装と勉強と2人のメイド

その日から、私は屋敷を一歩出るたびに、兄様アルトとして生きる覚悟を決めた。私の心には、兄様と母様の無念が残されている。そしてその想いを抱えて、私はエクリプス家を守るため、そして復讐を果たすために、アルトとしての道を進むのだ。


屋敷を出る前に、まずは魔道具を手に取る。フェイスチェンジマスクをそっと顔に当て、少し輪郭を変える。目元や顎のラインが微妙に異なり、鏡に映る姿はアイリスではなく、まさしく兄様アルトだった。その顔を見つめながら、私は心を引き締める。アイリスのままでいる時とは違う、冷静さと強さを心の中に宿らせるように。


さらに、ボイスチェンジチョーカーを首に装着する。微かに温かさが広がり、私の声が兄様のものへと変わるのを感じた。まるで兄様がそこにいるかのように、低く穏やかで、それでも威厳を感じさせる声。私の中に兄様の記憶がよみがえり、彼の強さと優しさを感じながら、自分が彼に成り代わる瞬間に緊張が走る。


外に出た瞬間、私はもうアイリスではなく、アルト・ヴァン・エクリプスとしての姿を周囲に見せる。アイリスの心を封印し、兄様として振る舞うことに徹する。どんなに辛くても、どんなに悲しみが募っても、アイリス・ヴァン・エクリプスはここにはいない。


私はアルトとして生き、この道を歩み続けるのだ。それが私に残された使命だと、心に誓って。


アルトとして生きる決意を固めた日から、私は兄様の役割を全うするために、あらゆることに全力で取り組む日々が始まった。勉強、マナー、女性の扱い、そして公務──どれもが難しく、そして私にとっては未知の領域だったけれど、迷いや弱さを見せるわけにはいかない。


まずは勉強だ。アルトとして振る舞うためには、彼の知識と教養を身につけなくてはならない。歴史、政治、魔法の理論、人間族との外交関係…すべてを完璧に頭に入れる必要がある。深夜まで机に向かい、書物を読み、筆記を繰り返す日々。難解な内容に何度も頭を抱えそうになるけれど、兄様だったらどうするだろうと思いながら、ひとつひとつを理解する努力を続けた。


マナーもまた、アルトとして振る舞う上で欠かせないものだった。所作、礼儀作法、言葉遣い…兄様の落ち着きと威厳を真似しようと、鏡の前で何度も繰り返す。しなやかに歩く姿勢、手の動き、視線の配り方──少しでも違和感が出ないよう、完璧を求めた。表情も柔らかさと冷静さを両立させることに気を配り、王族としての雰囲気をまとえるように努力した。


そして、女性の扱いについて。これが私にとっては最も困難な分野だった。兄様は多くの貴婦人たちと話をする機会が多く、そのたびに彼女たちを魅了するような言葉と態度で接していた。その振る舞いを真似るのは、最初はどうしても恥ずかしさが拭えなかったけれど、何度も練習し、自分の心に言い聞かせる。相手を尊重し、時には軽く冗談を交えながらも品位を保つ──兄様のようにできるまで、徹底的に磨いていった。


そして、最後に公務。多くの人々の前に立ち、重い責務を果たす場面では、どうしても緊張が走る。しかし、王族としての気品と威厳を絶やさず、一言一言に気を配りながら話すことを心がけた。人々が私をアルトとして認めてくれる瞬間に、自分の努力が報われるのを感じるが、その重責が心にのしかかるのも事実だった。


こうして毎日を全力で駆け抜ける中で、私は少しずつアルト・ヴァン・エクリプスとしての自分を作り上げていった。兄様と同じように強く、堂々と振る舞い、人々の期待に応える存在にならなければならない。アイリスとしての心を封じたこの道の先で、兄様や母様の仇を討つその日まで、私は絶対に歩みを止めない。


2人のメイド


数週間が過ぎたある日、父上が静かに私のもとにやってきた。その表情には、どこか少し優しい光が宿っていて、何かを決意したような雰囲気が漂っている。そして、父上の後ろに立つ二人の若い女性の姿が見えた。


「アイリス──いや、アルトとして過ごすお前に、私から二人の専属メイドをつけることにした。」


彼女たちは、まっすぐ私に向かって丁寧に一礼をし、穏やかな微笑みを浮かべていた。一人は猫のような鋭い目をした黒豹の獣人族の少女で、どこか元気で快活な雰囲気があり、もう一人は悪魔のような尻尾を付けた、少し気まぐれそうな風情を持つ少女だった。


「この二人は、護衛としても有能で、私が信頼する存在だ。そして、お前が時々、アイリスとしての心を取り戻せるように…少しでも女の子としての安らぎを得られる友人となるだろう。」


父上のその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。私がアルトとして、そしてアイリスとして生きることの難しさを理解し、支えになろうとしてくれている。父上の深い配慮が痛いほど伝わってきて、つい目頭が熱くなった。



父上が紹介してくれた二人の専属メイド──リリスとルナ──は、最初の印象からしてとても個性的だった。


リリスは、黒豹の様なしなやかな体つきを持ち、その姿はどこか洗練された美しさを感じさせる。長い黒髪がなびき、瞳には鋭い光が宿っている。その一方で、特有の少し砕けた口調で話しかけてくれる。


「ウチ、リリス言うねん!殿下のこと、いやアイリス姫どーんと任せとき!バッチリ守るから、安心してな?」


その言葉の明るさが、私の緊張を一気に解いてくれる。その強い意志と優しい雰囲気に、つい微笑んでしまいそうになる。リリスは見た目の優雅さとは裏腹に、どこか親しみやすく、気取らない性格が魅力的だった。


もう一人のルナは、赤い髪が派手に目を引く、まるで小悪魔のような可愛らしい少女だった。制服も少し気崩して着こなし、派手な女子特有な言葉を交えながら私に話しかけてくるその姿は、とても自由で生き生きとしている。


「はじめまして~、ウチ、ルナ!外面の嘘殿下やってんの、疲れるっしょ?もっとリラックスしてさ、気楽にいこ?なんでも言ってくれたらウチが手伝ったげるし~!」


ルナのその飾らない軽やかさが、私の心の重荷を少しずつ解いてくれる。見た目は派手だけれど、その笑顔は真っ直ぐで、どこか無邪気で自由な魂を感じさせた。彼女の隣にいると、厳粛な立場を忘れてしまいそうなほど、和やかな気持ちになれる。


リリスとルナが私のそばにいてくれることで、2人が屋敷の中では、アイリスとして接しられる存在であり、

私はアルトとしての重責を背負いながらも、時折アイリスとしての自分を忘れないでいられる。二人の存在は、私にとって新たな支えとなり、これからの道を歩むための力をくれる気がした。

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