キースの目覚め
眩しい光が視界を覆い、瞼をきつく閉じてもその光が瞼越しにじわりと染みてくる。まるで夢を見ているように、ぼんやりと意識が浮かんでは沈んで、体はまるで別の場所にあるかのように感じられる。俺は少しずつ意識を取り戻し、視界が定まるまでしばらくの間じっとしていた。
ようやくゆっくりと目を開くと、そこに広がるのは見慣れない景色だった。白いシーツに覆われた柔らかいベッド、細やかな装飾が施された家具たちが静かに並んでいる。部屋の中央には、優雅なシャンデリアが光を放ち、まるで俺を包み込むようにこの空間を照らしていた。
「…ここは、どこだ…?」
喉がかすれて、声が思うように出てこない。口を開こうとするたびに、喉に焼けるような痛みが走る。手をそっと首元にあてがい、その部分にまだ癒えきらない傷跡が残っていることに気がつくと、胸の奥がじくじくと痛んだ。全てが過ぎ去った出来事であるかのように静かなこの部屋で、俺は、あの日の記憶を鮮明に思い出してしまった。
あの夜、村が襲われ、ギルドが、家族が、仲間が…全てが無残に奪われた。仲間たちが次々と倒れていく音、絶望の叫び、火が森全体を照らしていたあの光景が、心の奥に今も焼き付いて離れない。俺の知っている世界が一瞬で壊れていく様を目の当たりにしたあの瞬間が、まるで昨日のことのように鮮明に甦ってくる。
俺はその場を無理やり逃がされ、ただ一人走り続けた。振り返ることも許されず、必死に家族の言葉を胸に抱えて走った──だけど、それもすぐに終わり、サミュエルの手によって声を奪われた。何も言えないまま、何もかもが奪われていったあの瞬間の悔しさが、今も喉元で詰まったまま抜けない。
そして、もう一つ、頭の片隅に忘れられない名前がある。
「アイリス…」
その名前が喉をかすれさせながらも、どうにか口から漏れる。あの薄暗い牢獄の中で、震えながら僕にすがってきた小さな吸血鬼の少女。彼女の冷たくも柔らかな手の感触が蘇り、その手を通して感じた恐怖と絶望が胸に重くのしかかる。あの小さな体が僕の首にしがみつき、震えながらも「ごめんなさい」と言って血を吸いながらも、それでもどこか安らぎを求めているような目をしていた彼女。
「アイリスも…無事だったんだろうか…」
そう思いながらも、ふと冷たい現実が心を締め付ける。もしかして、俺だけが助かって、アイリスはまだあの暗闇の中に閉じ込められているのかもしれない。あるいは、彼女もまた、あの日の村と同じように、無慈悲に命を奪われてしまったのかもしれない。
「自分だけが…」
この清潔で暖かな空間にいることが、どうしようもなく空しく思えた。俺だけが、こんなにも穏やかな場所にいていいのだろうか?あの苦しみの中で僕と共に耐え抜いていた彼女が、もしかしたら今も苦しんでいるのではないかという思いが、心をずしりと重くさせる。
俺は再び目を閉じ、静かな部屋の中でその痛みと罪悪感を抱えながら、じっと息をひそめるしかなかった。
部屋の静寂の中、まぶたを閉じると、あの牢獄でのひと時が鮮明に蘇ってくる。アイリス──あの小さな吸血鬼の少女が、俺の首にそっと噛みついた瞬間、彼女の震える体と冷たい指先が、今も忘れられない。彼女のかすれた声、涙に濡れた瞳、その全てが頭から離れないんだ。
何度も謝りながら僕の血を求める彼女は、儚く、そしてどこか哀しげだった。俺も絶望の中にいたはずなのに、彼女の温もりが僕の胸に小さな希望を灯してくれた。あの瞬間、彼女と俺はお互いに、ただ一つの支えとなっていたのだと思う。
「アイリス…」
彼女の名を心の中でそっと呼ぶ。あの夜、俺たちが抱き合うようにして凍える寒さに耐えていたひと時は、確かに俺の中で消えない何かを残した。それが何なのか、どうしてこんなにも彼女のことを思い出してしまうのか、自分でもわからない。ただ、彼女の存在が、今も俺の心を締め付け、どこか温かくもある不思議な感覚をもたらす。
どんなに冷たく静かなこの部屋にいても、あの牢獄の中で彼女と過ごした時間が俺の心を温め続けている。その感覚が、俺にはどうしようもなく愛おしくて、切ない。
彼女が今どこにいるのか、無事なのか、それすらもわからないままだけれど、あのひと時が、俺にとってどれほど大切なものだったのか、今さらのように胸が痛くなる。そして、あの場で共に耐えた彼女のことを思い出すたびに、俺はどうしようもなく会いたくなる。
どこかで、もう一度アイリスと再会できるなら──その思いが、俺の中で小さな灯火のように輝いている。
アイリス──色白の肌はまるで雪のように透き通り、赤い瞳は夜の闇の中で鮮烈に輝いていた。白く柔らかな髪が彼女の肩にさらりと流れ落ち、その一筋一筋が月光に照らされてほのかに輝いていた。彼女の顔立ちは整っていて、まるで精巧に作られた彫像のように美しい。牢の薄暗い光の中でも、その姿はどこか幻想的で、まるで夢を見ているかのような錯覚に陥った。
あの赤い瞳が俺を見上げた時、彼女の冷たさと孤独が伝わってきたけれど、同時にその瞳の奥には隠された温かさがあるように感じられた。彼女の唇がわずかに震え、そっと「ごめんなさい」と呟くと、その声は俺の心に深く刻み込まれた。
白くて柔らかな髪が俺の頬に触れた瞬間、彼女の温もりと儚さが、俺の中で静かに波紋を広げていった。彼女の美しい顔、まるで消えてしまいそうな存在感、それでも懸命に生きようとする姿が、今でも頭から離れない。