学園生活スタート
「……っ、もう!」
アンジェラの顔がみるみる赤く染まっていく。恥ずかしさが頂点に達し、周囲の視線が自分に集中していることに耐えきれなくなったのだろう。俯き加減に目を伏せた彼女は、アルト(アイリス)たちの方向に一瞬だけ視線を送ると、唇をギュッとかみしめ、その場から逃げるように駆け出した。
「アンジェラ様!お待ちください!」
ムーレアの高い声が響く。アンジェラのすぐそばに立っていた彼女は、慌ててその後を追いかける。
「転ばないでください、アンジェラ様!」
モーレアも同じく焦った声を上げ、アンジェラの反対側から護衛のように並走する。
アンジェラはただ逃げたかった。自分に注がれる視線も、さっきのやりとりも、すべてから一刻も早く遠ざかりたかった。緑がかった黒髪が走る勢いでふわりと揺れ、その髪が太陽の光を受けてほんのりと輝く。風に乗ってかすかに香るのは、アンジェラが身に纏っている石鹸の清潔な匂い――余計に目立ってしまうのが嫌だといつも控えめな香りを選んでいるのだろう。
アルトたちの視界を駆け抜ける三人。アンジェラの小さな足音が硬い石畳を叩き、短い間隔で高く響く。それに続くムーレアとモーレアの足音が重なり合い、三人の疾走が学院の静かな校門前にリズムを刻む。
リリスはその光景を見ながら、思わず首を傾げた。
なんであの子、そんなに慌ててるんやろ……?
黒曜石の巨大な門が視界に入った瞬間、リリスは自然と足を止めた。門は圧倒的な存在感で彼女たち三人を見下ろしているようだった。
黒曜石の冷たい光沢と青銅の細工が見事に組み合わさり、刻まれた複雑な魔法紋様が微かに輝いている。陽の光を受けて淡い虹色が揺らめくその様子は、息を呑むほど美しかったが、どこか冷たい威圧感も漂わせている。
「これが……エイラナ学院……すごいね……」
隣でアルト――いや、殿下が感嘆の声を漏らす。が、その柔らかな口調にリリスは即座に反応した。
「殿下!また女の子の口調になっとるで!あかんて、ここでそんな喋り方したらバレるやん!」
小声で肘を軽く突くと、殿下はハッとしたように口元を押さえる。
「あ……うっかりしてた……ごめん……」
焦った様子で姿勢を正す殿下に、リリスはため息をつきつつも続けた。
「ウチらこれから学園で生活するんやから、ほんま気ぃつけてな。男の子として振る舞うって、こういうとこからやで!」
「ぷぷー!殿下、ほんと大丈夫かなぁ?」
横でルナが肩を震わせながら笑っている。
「もう、ルナ!そんなこと言わないで!」
殿下がムッとして頬を膨らませた瞬間、リリスは思わず額に手を当てた。
「それ!それも女の子や!そのぷくーって顔、完全にアウトやから!」
「えっ、これもダメなの!?」
殿下が慌てて頬を押さえる仕草すら可愛らしい。その様子にリリスは心の中で叫んだ。
ほんま頼むわ……この先やっていけるんかいな……
校門を抜けると、広がる広場の中央に巨大な石像がそびえていた。それは、学院の名前の由来となったエルフの女性――エイラナの像だった。
その姿は、長い髪が風になびくように彫刻され、片手に花の冠、もう片手に人間と魔族の紋章を握り、それらを結びつけている。慈愛に満ちた瞳は、どこか遠くを見つめているようでありながら、こちらにも何かを語りかけているように思えた。
「これが……エイラナ……」
殿下が再び感嘆の声を漏らしたが、今度はきちんと低く、男の子らしい声に変えていた。
「おぉ、やるやん殿下!その調子や!」
リリスは声を潜めながらも、少し嬉しそうに褒めた。
「ありがとう、リリス……これで大丈夫だよね?」
殿下が自然な口調で返してきたことに、リリスは少し安心した。
「そう、できとるやん。その調子やで!バレへんようにやり切るんや!」
「殿下がちゃんとやれば案外いけるかもねぇ?」
ルナが感心したように微笑む。リリスも頷き、これならひとまず大丈夫だろうと思った――その時までは。
石像を過ぎ、校舎が視界に入ると、リリスは再びその壮麗さに息を呑んだ。
黒曜石の壁面には、繊細な魔法紋様が彫り込まれ、陽の光を受けて虹色に輝いている。その一つ一つが生きているようで、まるでこちらを見ているような錯覚を覚える。尖塔は雲を突き抜けるほど高くそびえ、ステンドグラスの窓が放つ柔らかな光が、荘厳さに神秘的な雰囲気を加えていた。
「ほんまに学園かこれ……どっかの王城やん。いや、それ以上やろ。」
リリスは呟きながら、目の前の建物に圧倒されていた。
「でも、すごく素敵だね……ここで学ぶって、なんだかワクワクするなぁ……」
殿下がまたも感想を漏らしたが、その口調は男の子として完璧だった。
「殿下、その調子や!めっちゃ自然やで!」
リリスは嬉しそうに殿下を褒めた。ここに来るまでの失敗が嘘のように、彼が自然にアルトになりきれていることに、少しホッとする。
「えへへー、リリスが褒めてくれるなんて嬉しいなぁ!」
殿下が満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに言った瞬間、リリスの中の安心感が音を立てて崩れた。
「ほんま、かわえー……いや、それ女の子のリアクションやん!ほらまた戻っとる!」
リリスは思わず頭を抱える。「……あかんわ、これ無理や。絶対どっかでボロ出るやん!」
「えっ、嘘でしょ!?ちゃんとやってるつもりなのに!」
殿下は慌てて姿勢を正し、また低い声に戻そうとするが、その動揺が完全に表に出ている。
「ぷぷー!もう無理だって!殿下、やっぱり女の子全開じゃん!」
ルナの笑い声が響き渡り、リリスは改めて溜め息をついた。
ほんま、この先どうなるんやろ……
3人は進んで行くと、1人の少年が立っていた
「……誰だろう、あの人?」
アルトが静かに呟く。
少年はその声を聞きつけたのか、こちらを振り返った。そして、柔らかく笑みを浮かべながら、足を軽やかに運んで近づいてくる。
「どうも初めまして、アルト殿下。」
少年は軽く頭を下げ、丁寧な声で名乗った。
「僕はブロウ・フー。生徒会の一員です。」
その姿――銀髪に大きな耳、そして細身で小柄な体格はどこか頼りなさそうにも見えるが、その目はどこか底知れない知性と余裕を感じさせた。
リリスは眉をひそめながら、アルトの横に立つと一歩前に出た。
「殿下になにか用か?」
その声に続くように、ルナも首をかしげながら冷たい調子で呟く。
「……なんなのこいつ?」
「ちょっと、二人とも!」
アルトが慌てて手を挙げ、二人を制止する。
だが、ブロウ・フーは二人の態度をまるで気にしていないようだった。むしろ耳をピクピクと動かしながら楽しげに微笑む。
「怖いなぁ……」
ブロウ・フーは軽く肩をすくめると、穏やかな声で続けた。
「僕は生徒会長から頼まれて、講堂までアルト殿下を案内しろと言われています。途中途中、校舎もご案内しますので、ぜひお任せを。」
その言葉にアルトは少し安堵の表情を見せるが、後ろからルナが再び軽口を叩く。
「オッケー、フーちゃん。よろしくねー。」
「……ルナ、ほんま真面目に聞く気あるんかいな。」
リリスが呆れた声を漏らしたが、ブロウ・フーは軽く笑いながら頷いた。
「フーちゃん、かぁ……面白い呼び方ですね。気に入りました。」
その飄々とした態度に、リリスは少しばかり警戒を強める。だが、それを表に出すことなく、静かにアルトの判断を待った。
「ありがとう、フーさん。それじゃ、お願いしてもいいかな?」
アルトがそう言うと、ブロウ・フーは再び柔らかな笑みを浮かべ、軽く手を挙げて歩き出した。
「では、こちらへどうぞ。案内させていただきますね。」
その背中を見つめながら、リリスは内心で呟いた。
このフーとかいう男……ただの優しいヤツってわけやないな。見た目と雰囲気だけで判断するのは危険や……でも、いまはひとまず様子見やな。
「それでは、こちらへどうぞ。」
ブロウ・フーが校舎の扉を押し開くと、冷たい空気が流れ込み、アルト(アイリス)たちの頬を撫でた。重厚な扉が動く音が廊下の静けさに響き渡る。その音に反応したかのように、周囲の生徒たちの視線が一斉にアルトたちに向けられた。
黒曜石と大理石を基調とした校舎内は、広々としていて荘厳さすら漂う。しかし、その壮麗な空間すら、今この瞬間は三人の存在によって霞んで見えた。
アルトの優雅な佇まいに、人々の視線は自然と引き寄せられる。漆黒の髪と気品ある顔立ちは、一目で見る者にただ者ではないという印象を与えた。どこかに秘めた力強さを感じさせるその瞳は、まるでこの場を支配するかのような静かな威圧感を漂わせている。
その横に立つリリスは、抜けるように整った黒豹の獣人特有のしなやかな動きと、鋭い眼光が目を引く。艶やかな黒髪と軽やかな笑みが一見ボーイッシュな印象を与えるが、近づけば近づくほど、その表情には女性らしい柔らかさが滲む。そのギャップが視線を捉えて離さない。
そして、ルナはというと、赤髪を肩に軽く流しながら自信満々に笑みを浮かべている。その茶目っ気たっぷりの表情が、どこか危険な魅力を放ち、まるで近づけばその熱に焼かれてしまいそうな気さえする。
校舎内を歩く三人の姿はまさに絵画のようで、周囲の生徒たちは一瞬息を呑んだ後、こそこそとささやき合い始めた。
「あれ……誰?新入生?めっちゃきれい……」
「すごい……なんか普通じゃないよね。」
「もしかして、貴族の子とか……?」
そんな声が広がる中、一部の生徒たちは遠巻きに観察するだけで満足できなかったのか、こっそりと後をつけるように歩き出した。
「……なんやこれ、視線刺さりまくりやん。」
リリスが低い声で呟き、肩をすくめる。
「ふふーん、当然でしょ。」
ルナはその様子を楽しむように笑い、後ろに群がる生徒たちに軽く手を振る。「だって、私たちが入れば注目されるに決まってるじゃん?」
「ルナ、やめてってば!」
アルトは少し焦りながら、ルナの手を下ろさせようとした。
「大丈夫、殿下!気にせず堂々としてたらいいんや。」
リリスが横でそう言ったが、アルトは困ったように少し眉をひそめた。
「でも……なんだか見られすぎて、落ち着かない……」
アルトが小声でそう呟くと、フーが振り返り、優しく微笑んだ。
「殿下、気にしなくても大丈夫ですよ。」
彼は耳を軽くピクピクと動かしながら言った。「学院では、新しい生徒が注目されるのはいつものことです。それに、殿下たちほどの方がいらっしゃるのは滅多にありませんから。」
「ふーん、でもここにいる子たちも結構目立つ子ばっかりっぽいけどねー?」
ルナが周囲の生徒たちをちらりと見てから、軽く肩をすくめた。
「確かにそうですね。」
フーは少しだけ微笑みを深めた。「でも、殿下たちにはまた違う雰囲気があります。それが、皆さんを惹きつけているんでしょう。」
フーの案内で長い廊下を進むにつれ、後ろにひっそりとついてくる生徒たちの数が少しずつ増えていることにリリスは気づいた。
「なぁ、後ろの連中、だんだん増えとるやん。」
リリスが小声でアルトに言うと、アルトも少しだけ振り返り、困ったように目をそらした。
「えっ、本当に増えてる……どうしよう……」
アルトは慌てて前を向き直し、声を潜めた。「なんとかしないと……」
「えー、いいじゃん、注目されるのって楽しいじゃん?」
ルナは特に気にする様子もなく、堂々と歩き続けている。
「殿下、大丈夫です。」
フーが軽く振り返りながら穏やかに言った。「すぐに講堂に着きます。ここまで来たら、むしろ注目されることを楽しんでいただいてもいいんじゃないですか?」
「楽しむなんて……そんな……」
アルトは少し頬を赤らめながら答えた。
「まぁまぁ、これも新しい学園生活の一部ですから。」
フーは微笑みを浮かべながら扉の方を指した。「さて、講堂はもうすぐですよ。」
その背中を追いながら、リリスは静かに息を吐いた。
ほんま、なんか変な注目を集めすぎとる気がするけど……ま、殿下が堂々としてたら問題ないか。
鐘の音が遠くで響き渡る中、三人とフーの歩みは講堂の扉へと続いていく。その後ろには、まだ好奇心を抑えきれない生徒たちの群れが、こっそりとついてきていた。
講堂の扉が開かれると、瞬間的に全ての音が消えた。ざわめいていた生徒たちの声も、低く交わされていた会話も、まるで何かに封じられたかのように静まり返る。その視線は一斉に扉から現れたアルト(アイリス)たち三人に集中していた。
「……なんや、この空気。」
リリスが警戒するように低く呟く。
「これが注目の的ってやつじゃん?」
ルナは得意げに笑い、胸を張って堂々と歩き出す。
「……普通の席で良かったのになぁ……」
アルトは俯き加減でそっと呟き、視線を下に向けた。
「殿下、こちらへどうぞ。」
ブロウ・フーが軽く手を広げ、三人を講堂中央の席へと案内する。
目指す席は、まさにど真ん中。講堂の中心で、全ての視線が自然と集まる特等席だった。その通路すら、意図的に整備されているかのようにまっすぐ続いていた。
「……ど真ん中やん。」
リリスが唖然とした声を漏らす。
「よっしゃ!主役席!」
ルナが元気よく声を上げる。
「お前は主役ちゃうけどな!」
リリスがすかさず突っ込むも、ルナは意にも介さず満足げに座った。アルトは居心地の悪さを感じつつも、仕方なくその隣に腰を下ろす。
壇上に一人の女性が姿を現した瞬間、講堂全体の空気が変わった。その存在感は圧倒的で、まるで彼女自身が講堂という空間を支配しているかのようだった。
長身の女性――ルシアン・ダークウッドは、ダークエルフの特徴を余すところなく体現していた。銀色の長い髪は艶やかで、後ろで高く結い上げられている。その尖った耳と鋭い琥珀色の瞳が、彼女の気品と威厳をさらに際立たせている。灰色がかった褐色の肌は、柔らかな光を吸い込むような深い色合いで、その佇まいはどこか神秘的でさえあった。
彼女の制服は他の生徒と同じデザインだが、胸元の金色のバッジと肩の装飾が、生徒会長であることを明確に示している。彼女が立つだけで、まるでこの学院そのものが具現化したような印象を受ける。
ルシアンは一歩前に出て、低く澄んだ声で話し始めた。
「皆さん。」
その声は風魔法に乗せられ、講堂全体に柔らかく均一に響き渡る。声量を抑えた穏やかな口調でありながら、一言一言がすべての耳に届き、まるで心そのものに語りかけられているようだった。
「私は、生徒会長のルシアン・ダークウッドです。」
その一言で、講堂の空間がさらに静まり返った。彼女は視線をゆっくりと動かし、全ての生徒たちを見渡す。その瞳には厳しさと優しさ、そして確かな信念が宿っていた。
「この学院は、種族や国を問わず、未来を築く者たちが共に学ぶ場所です。」
ルシアンの言葉には力強さがあり、その声が風魔法によってさらに際立っている。
「ここに集う皆さんは、それぞれの力と可能性を持つ選ばれた者たちです。この学院での生活を通じて、自分自身を高め、未来の礎となる力を築いてください。」
彼女の瞳が一瞬、アルトたちの席を捉えた。長く留まることはなかったが、その短い瞬間に確かにメッセージが込められているように感じた。
「ただし、この学院では力だけが求められるわけではありません。最も重要なのは、互いを尊重し、助け合う心です。」
彼女は一呼吸置いて、さらに力強く続けた。
「ここにいる全ての者が平等であり、互いに支え合うことこそが、新しい時代を切り開く鍵となります。」
その言葉が静かに響き渡る中、壇上の生徒会役員たちも一歩前に出た。その中にアンジェラの姿があった。
アンジェラの緑がかった黒髪が柔らかな光を受けて揺れる。その視線がふとアルトと交わった瞬間、アルトは小さく手を振った。
「……!」
アンジェラの顔が一瞬で真っ赤に染まり、彼女は慌てて目をそらして下を向いてしまう。その仕草にアルトは思わず苦笑した。
「どうか、この学院での時間を大切にしてください。私たち生徒会一同も、全力で皆さんをサポートいたします。」
ルシアンは最後に柔らかな微笑みを浮かべた。その笑顔は威厳に満ちつつも安心感を与えるもので、講堂全体が拍手に包まれた。
講堂の空気は、張り詰めた静寂に包まれていた。壇上のルシアン・ダークウッドが風魔法に乗せて語る声が、まるで講堂全体を支配しているようだ。その声は低く澄み、ひと言ひと言が柔らかく響いて耳に届く。周囲の生徒たちも、その威厳ある言葉に釘付けとなり、息を詰めるように聞き入っている。
リリスも最初は耳を傾けていた。だが、ふと隣から妙に規則的な音が聞こえた気がして、「スゥー..スゥー..」意識がそちらに向いた。
「……なんや、この音?」
気になって隣を見る。リリスの目に映ったのは――隣で堂々と寝息を立てるルナの姿だった。
一瞬、リリスの思考が止まる。
赤い髪を肩に滑らせ、スヤスヤと眠るルナ。だが、その姿が、普段の彼女とはあまりにも違いすぎた。
ルナの背筋は、驚くほど真っ直ぐに伸びている。両手は膝の上に綺麗に揃えられ、まるで作法を教え込まれたかのような完璧な姿勢だった。伏せられたまつ毛が白い肌に繊細な影を落とし、すっと通った鼻筋、そして自然に緩んだ唇が、柔らかいラインを描いている。その寝顔は、彫刻のように整っていた。
だが――それでもルナは「寝ている」。
リリスは思わず眉をひそめ、唖然とした。
「……マジか。授業やったらまだしも、初登校やで?座って秒で寝おったで、このアホ……」
寝息が静かに聞こえる中で、この凛とした寝姿をどう受け止めればいいのか。リリスは困惑しつつも、徐々に込み上げてくる笑いを抑えられなくなった。
普段のルナといえば、派手で自由奔放そのものだ。赤い髪を揺らしながらいつも騒がしく、動きに落ち着きがない。座れば足を組むかだらっと崩し、声も大きい。だが今――この寝姿はどうだ。
「……寝相だけは良家の子女やん……」
リリスは小声で呟き、口元を手で覆った。
笑いがこみ上げてくる。肩を震わせながら、必死に堪えようとするが、隣のルナの完璧な姿勢と寝顔を思い出すたびに、笑いのツボを刺激される。
「あかん、わろてまうわ、あはは……!」
声を押し殺しながら、リリスはついに小さく笑い出してしまった。
「リリス?どうしたの?」
アルトが不思議そうに顔を覗き込む。
「見てみ、ルナや。」
リリスは目で隣を示す。アルトがそっとルナの方を見て、次の瞬間、目を丸くした。
「……嘘でしょ。これ、寝てるの?」
アルトの驚きに、リリスはさらに笑いが込み上げる。
「せや、寝とるんや。寝息立てとるやん!」
「でも……すごく綺麗だね。寝てると人形みたい。」
アルトが感心したように呟く。リリスはその言葉にまたもや肩を震わせた。
「ほんま、なんで寝てるときだけでこんな貴族感出しとんねん!これ、どこのお嬢様やねん!」
リリスは息を詰めながら笑いを堪えようとするが、どうしても無理だ。
凛とした寝姿、静かな寝息、それに全く似つかわしくない普段の騒々しさ――このギャップがあまりにも大きすぎる。
「殿下、これ見て黙っとけ言われても無理やわ……」
リリスがそう言いながら顔を背けるが、再びルナの寝顔を見た瞬間、また笑いが再燃する。
「ほんま、寝相だけは百点満点やで!」
リリスは小声で突っ込みを入れ、またも肩を揺らした。
講堂全体は、ルシアンの威厳ある進行に包まれている。生徒たちはその一言一言を集中して聞き、息を飲んでいた。だが、リリスの周りだけは奇妙な熱気と笑いの波が漂っていた。
「リリス、静かにして!」
アルトが焦りながら注意するが、リリスはどうしても笑いを堪えきれない。
「いや、ほんまごめん……でも無理やわ!これ見て黙っとけとか無茶や!」
リリスは口元を押さえながら小さく笑い続ける。
隣ではルナが、まるで貴族の模範のような寝姿で静かに眠り続けている。気持ちよさそうな寝顔が、余計にリリスのツボを押してくる。
鐘楼の鐘の音が講堂全体に響き渡る中、リリスは肩を震わせながら息を整えようとする。しかし、隣のルナを見るたびに笑いが再燃するのだった。
こうして、不安と笑いに満ちたエイラナ学院での新たな学園生活が、壮大かつ滑稽に幕を開けたのだった。




