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アーシェ・レバレッジ

ここはレオナード3世王が統治する人間の国フェルクレア王国のとある場所


アーシェは暗闇の中で目を覚ました。冷たく湿った石の床が、彼女の背中にじんわりとした不快感を伝える。手足を縛られたまま、ただ天井を見上げていた。わずかに揺れる明かりが壁に不気味な影を落とし、部屋に満ちる静寂が彼女の心に不安を重ねるようだった。


何日が過ぎたのか、もうわからなかった。時折、扉の向こうから微かに響く足音に神経を尖らせながら、アーシェはただ耐えていた。その孤独な時間が続く中、心の奥底に隠していた恐怖が少しずつ浮かび上がり、彼女の胸を締め付ける。家族を失い、全てを奪われたあの夜の記憶が蘇り、体が震え始めた。


そんな時、鋭い音を立てて重い扉が開いた。暗闇の中から現れたのはセシリア・ダンパー。彼女の冷ややかな瞳がアーシェを見つめると、口元に微かに浮かぶ薄い笑みが、ぞっとするような冷たさを漂わせていた。


「お前、覚えているか?あの夜のことを」


その一言で、幼いアーシェの心は再び悲鳴を上げた。恐怖と混乱が一気に押し寄せ、喉元まで上がった叫びを必死で飲み込んだ。セシリアの声は静かで、まるで感情のない機械のように冷徹だった。彼女は容赦なくアーシェの痛みをえぐり出すように話を続ける。


「お前の家族、仲間たち…すべて魔族が奪ったんだ」


セシリアの言葉は、アーシェの胸に深く突き刺さる。彼女の声には一片の温もりもなく、ただ冷たい事実だけが伝えられていく。それがまるで真実であるかのように、セシリアは語り続けた。アーシェは混乱しながらも、その言葉を拒絶できずにいた。彼女の中で憎しみが芽生え、それが少しずつ心の奥に浸透していくのを感じていた。


数日後、アーシェは窓もない薄暗い部屋に連れ込まれ、そこでは人間族の村を襲う魔族たちの映像が水晶に、延々と流されていた。燃え盛る村、逃げ惑う人々、響き渡る絶望の叫び。それは目を背けたくなるような映像だったが、彼女は拘束され、無理やりその光景を見せられ続けた。水晶に映る魔族の表情は憎しみに満ち、容赦なく人々を襲い、破壊していた。


「見ろ、これが魔族の本性だ。奴らは決して人間を愛さない」


水晶に映る映像が止まるたびに、セシリアの声が冷たく響いた。アーシェの心の中に恐怖と憎しみが絡み合い、どこにも逃げ場がないことを悟った。その心は次第に疲弊し、彼女の意思が蝕まれていく。


ある夜、セシリアは優しげにアーシェに語りかけた。「お前が強くなれば、二度と家族を失わずに済む。お前の力で、憎き魔族を討つことができるんだ」


セシリアはそっと手を伸ばし、アーシェの肩に触れた。その手は冷たく、それでも彼女の弱さに寄り添うように見えた。その言葉に誘われるように、アーシェは自分の中に芽生えた憎悪を再確認し、唇を噛みしめた。


そして、最終段階が訪れた。彼女は暗く冷たい訓練室に連れて行かれ、魔族を模した標的と対峙することを命じられた。その標的には血が滴り、悲鳴を上げるように作られていた。それを見た瞬間、アーシェの心はわずかに揺れたが、セシリアの厳しい視線が彼女を追い詰めた。


「やれ、アーシェ。これが、お前の家族の仇だ」


その言葉に背中を押されるように、アーシェは標的に向かって短剣を振り下ろした。刃が血に染まり、標的が崩れ落ちる。何度も、何度も。彼女はその行為に快楽を見出したわけではなかったが、ただ、自分の行動が復讐のための一歩であると信じたかった。標的が倒れるたびに、彼女の心は少しずつ冷たく麻痺していった。


やがて訓練が終わり、血まみれのまま息を整えるアーシェのもとにセシリアが近づいてきた。彼女はアーシェの髪にそっと手を添え、優しく囁いた。「よくやったわ、アーシェ。これで、お前も立派な人間族の戦士だ」


その言葉に、アーシェはかすかな安堵を覚えた。だが同時に、彼女は何かを失ったような感覚に襲われ、心の中で薄暗い虚無感が広がっていくのを感じた。セシリアはその隙を逃さず、彼女の心に冷たくささやき続けた。


「これからも、お前は魔族を憎み、彼らと戦い続けるのだ。そうすれば、お前の家族の死は無駄にならない」


アーシェはその言葉に微かに頷き、感情を押し殺した瞳でセシリアを見つめ返した。そしてその瞬間、彼女は完全に「復讐の道具」として心を閉ざし、冷酷な魔族排斥主義者へと変わっていくのだった。


アーシェは冷たい石床に膝をつき、薄暗い部屋の中で小さく震えていた。胸の中で湧き上がる恐怖と虚無感が、心を蝕んでいく。幾度となく繰り返された映像訓練や復讐の言葉が、彼女の記憶と感情を少しずつ書き換えていた。


そんな中、セシリア・ダンパーが静かに部屋に入ってきた。彼女の足音が石の床に響くたび、アーシェの心臓が強く鼓動を打つ。セシリアは無表情なままアーシェの前に立ち、冷ややかな瞳で見下ろす。


「お前は誰だ?」セシリアの問いは、鋭い刃のようにアーシェの耳に突き刺さる。


アーシェは一瞬、答えられずに固まった。けれど、何度も繰り返された問いかけと答えが、彼女の中に擦り込まれている。


「わ、私は…」アーシェの声が震え、言葉が途切れる。


「お前はレギオンソレイユの一員だろう?」セシリアは強い口調で言い放った。その言葉がアーシェの心を支配し、無意識に頷いてしまう。


「そう、アーシェ。お前は魔族に家族を奪われ、故郷を滅ぼされた。だからこそ、お前は復讐のためにここにいる。お前はレギオンソレイユの一員として、魔族を討つ使命を果たすのだ」


セシリアの声がどこか優しい響きを帯びながらも、冷たくて容赦がない。アーシェはその言葉に吸い寄せられるように頷き、自分が何者であるかを思い出すかのように目を閉じる。


「繰り返すぞ、アーシェ。お前は誰だ?」


セシリアが再び問いかける。アーシェの心には、言葉の一つひとつが深く染み込んでいく。彼女の頭の中では、レギオンソレイユの一員として戦う姿が鮮明に浮かび上がり、魔族に対する憎しみが燃え盛る。


「私は…レギオンソレイユの一員です」


アーシェの声は小さく、けれど次第に確信を帯びていった。


「そうだ、お前はレギオンソレイユの一員だ。そして、お前の使命は魔族を討ち、我ら人間族の王レオナード3世に忠誠を誓うこと。お前の力は王のため、我らが人間族の未来のためにある」


セシリアは微笑み、アーシェの肩に手を置いた。その手が冷たくもあり、どこか母親のような温かさを感じさせる不思議な感触があった。その手の温もりに、一瞬だけアーシェの心が揺らぎそうになるが、すぐに彼女の心は冷たい決意で固められていく。


「お前には仲間がいる。お前と同じように魔族に家族を奪われ、復讐の道を選んだ者たちがいる。彼らもまた、レギオンソレイユの一員だ。お前のことを信頼し、お前と共に戦うだろう」


その言葉に、アーシェは胸の奥に湧き上がる何かを感じた。それは、孤独から解放される感覚に似ていた。これまで失った家族や故郷に代わる新しい絆、新しい仲間ができるという安心感が、彼女の心を少しずつ満たしていく。


「お前はレギオンソレイユの一員。王のために戦い、魔族を滅ぼす戦士だ」


その言葉を何度も反芻するうちに、アーシェの中にあった迷いが完全に消え去り、彼女の目には冷酷な決意が宿るようになった。


アーシェは自らの胸に拳を握りしめ、誇らしげに宣言した。


「私はアーシェ・レバレッジ!レギオンソレイユの一員だ!」


その言葉には、迷いや躊躇など微塵もなかった。何度もすり込まれた教えが、今では彼女自身の信念となって染み渡っていた。彼女の声は、石造りの冷たい部屋の中に響き渡り、まるで自分自身に対する誓いを立てるような力強さがあった。


セシリア・ダンパーは満足げに微笑み、ゆっくりと頷く。その視線がアーシェに向けられた時、彼女はまるで自分が使命を果たすために選ばれた特別な存在であるかのような錯覚に陥る。


「そうだ、アーシェ。その信念を忘れないで。お前はレギオンソレイユの一員、王に仕え、魔族を討つために生まれてきたのだ」


セシリアの言葉にアーシェの目がさらに輝きを増し、彼女の中に宿った炎がますます燃え上がる。


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