リリス王宮入り
王宮に着いた私は、アドラ様お墨付きのメイドとして迎え入れられ、想像以上に待遇が良かった。豪華な部屋が与えられ、衣食住のすべてが揃っている。贅沢な食事、ふかふかのベッド、何もかもが思いのままだったが、それが返って苛立ちを引き起こす。ふと、スラムや訓練の日々を思い出してしまう。
王宮で働く者たちは皆、王族のために動いている。どこを見ても、王族のための贅沢が溢れている。何も知らず、苦労もなく、贅沢三昧している王族たち――その事実が私の心を逆撫でする。私の苦しみも、これまでの犠牲も、この場所には微塵も感じられない。
「ふざけんな…」
胸の奥で、思わずそう呟いた。
王宮の華やかな光景に囲まれながらも、心は冷えきったままだった。贅沢な食事やふかふかのベッドが目の前にあっても、どれも心を満たすことはできへん。立派な調度品に囲まれているほど、スラムの暮らしや、訓練に明け暮れた日々が頭をよぎる。
静かな部屋にひとりでいると、ふと、胸の奥が痛くなった。
「お母ちゃん…お父ちゃん…会いたいよ」
声が震える。スラムで貧しいながらも、必死に支えてくれた二人の姿が頭に浮かんでくる。どんなに厳しい訓練も耐えられたのは、いつか二人に安心して暮らしてもらえる日が来ると信じていたからや。でも、今の私は、この場所で何をしているんやろうか――その答えが見つからないまま、寂しさだけが心に広がっていった。
ある日、身体能力の高さと殿下と同じくらいの年齢であることを理由に、私はラザフォード王に直接会うことになった。厳かな謁見の場に立つと、そこには王冠をいただき、威厳をたたえたラザフォード王の姿があった。緊張で心臓が高鳴る中、王の目が私に向けられた瞬間、その瞳に思わず見入ってしまった。
ラザフォード王の目は、私がこれまで見てきたどの王族とも違っていた。冷たさも、見下すような態度もそこにはなく、温かく包み込むような優しい眼差しがあった。その目は、あのアドラ様の冷酷な視線とはまるで別物で、どこか懐かしささえ感じる。
「なんて優しい目や…おとんと同じ目しとる…」
胸の奥がじんと熱くなり、目頭が少しだけ緩んでしまうのを感じた。ラザフォード王のその眼差しは、私が幼い頃、そばで見守ってくれた父のものと重なっていた。
ラザフォード王から、思いもよらない真実が告げられた。
「アルトは…実はアイリス姫だ」
その言葉に、頭が真っ白になる。さらに王は続けた。その事実を知っているのは限られた者だけであり、アルト王子と王妃を討った者しか知らないというのだ。
胸の奥に苛立ちが込み上げる。王族の内輪で繰り広げられる策略や争い――それがいったい何になるというのか。私は、スラムや訓練の日々、すべてを犠牲にしてここまで来たのに、こんなアホらしい争いに巻き込まれるなんて…。
「王族の争い?アホらしい…」心の中で吐き捨てるように呟いた。
ラザフォード王の話は続いた。彼の声には、どこか深い悲しみが宿っているように聞こえた。
「アイリス姫は、兄と母を目の前で討たれるという残酷な運命に遭った。家族を失い、その痛みを抱えながら生きているんだ」と、王は静かに語りかけてきた。その言葉が胸に重く響く。王族の争いだと心の中で吐き捨てたが、その一言が、私の中で何かを揺さぶった。
「その姫の心を、少しでも楽にしてあげてほしいんだ…」
そして最後に、王は私を真っ直ぐ見つめながら言った。
「私は君を信じている。君がアイリスの良き友となってくれることを」
王の言葉を受けて、私は内心で思わず反発が湧き上がった。
「なれるかボケが…」
心の中でそう吐き捨てた。アイリスの友になれなんて――そんな簡単に割り切れるはずがない。私がここまで必死に生き延びてきたのは、あくまで命令を遂行するため。王族の誰かと友になるためやない。
「そもそも、こんなところでぬくぬく育って、ぶくぶく太った箱入り娘と友達になれ?わろてまうわ」
心の中で思わず吹き出しそうになる。自分が血反吐を吐きながら生き延びてきた日々と、この贅沢に囲まれた王族の生活とは、まるで正反対。そんな甘えた暮らしをしてるお嬢様と友達なんか、なれるわけないやろ。
そして、王はさらに続けて言った。もう一人、私と同じ歳で赤髪のお嬢様みたいなやつと一緒に、アイリス姫の専属メイドとして仕えるように、という命令だった。
「はぁ?またなんで、お嬢様みたいなやつと一緒に?そんなん無理に決まっとるやろ…」心の中で呆れながら思わず毒づいた。
そのとき、背後から軽い足音が聞こえて、振り返ると赤い髪の女が近づいてきた。軽い笑顔を浮かべながら、肩でリズムを取りつつ、まるで遊びに来たかのような気軽な態度で声をかけてくる。
「ちーす、私はルナ、よろしくっス〜」
そのちゃらけた感じに、思わず面食らった。
「へ?なんなんこいつ…」
思わず心の中でツッコミを入れた。こんな、ちゃらけた赤髪の女が本当に姫の専属メイドになるって?信じられん。王もアホちゃうか?こんな軽いノリのやつを姫のそばに置くなんて。
ちらっとルナを見やるが、彼女は全く気にした様子もなく、のんきにニコニコしている。
「ま、ええか…私は真面目を装えばええんや」
心の中でそう自分に言い聞かせて、私は軽く肩をすくめた。ちゃらけた赤髪のルナを横目で見つつ、気を取り直して声をかける。
「よろしくな。ほな、姫さんのとこ行こか?」
軽く手を振りつつも、心の中ではちゃっかり、王宮での新しい役割をこなす覚悟を決めていた。
そして、ついにアイリス姫との対面の時が訪れた。緊張と、ほんの少しの好奇心を胸に、私はルナと一緒に姫のもとへと向かう。長い廊下を進むたびに、重厚な装飾や美しく輝く調度品が視界に入る。どれもが、王族の華やかさと権威を象徴しているようで、心の中で軽く舌打ちをしたくなる。
やがて扉が開かれ、奥に立つひとりの女性の姿が見えた。白く透き通るような肌と、まっすぐで赤い瞳がこちらを見つめている。彼女が――アイリス姫。




