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アドラ・ヴァン・エクリプス

アドラの屋敷は、人間族との国境に近く、魔族領の奥深くにひっそりと佇んでいた。昼でもほとんど陽が差さない薄暗い森に囲まれ、屋敷は重々しい静寂に包まれている。その中で、黒髪に吸血鬼らしい暗色の装いを纏った男──アドラが、苛立った様子で部屋を歩き回っていた。


彼は焦りと怒りに満ちた表情で、目の前に立つ部下のひとり、火を纏うオーガ族のラゼルに冷たい視線を向けていた。ラゼルは、四狂星のひとりとしてアドラに忠誠を誓う存在で、その強大な力で恐れられていたが、今はさすがに言い訳を飲み込むことができず、視線を逸らしていた。


「おい、アルトが生きているじゃないか。どーなっている?」


アドラの声には、鋭い怒気が込められており、部屋の温度が一気に冷え込むように感じられた。彼の目はまるで獲物を狙う獣のように鋭く、少しの失敗も許さないといった圧迫感を与える。その言葉が突き刺さり、ラゼルは不本意ながらも一歩後ずさりする。


「いやいや、そんなはずはない、確かにやったはずだ…」


ラゼルは小声で答えたが、その言葉にはどこか不安が滲んでいた。確かに自分たちは任務を果たしたはずだった。しかし、もしもアルトが生きているならば、すべてが無駄になりかねない。彼は少し焦りを覚え、アドラの冷ややかな眼差しがさらに彼を追い詰めるように感じた。


アドラは、苛立ちを隠そうともせず、机に置かれた布告の書簡を掴んで突き出す。


「ならば、この表明、おかしかろう!」


彼の指先はわずかに震え、怒りが収まらない様子だ。その書簡には「アルト・ヴァン・エクリプス生還」と、堂々とした言葉が記されていた。これが事実ならば、アドラが計画していた全てが台無しになってしまう。彼が望むのは、純粋な魔族の支配を復興すること──そのためにアルトの存在が障害になるのは明らかだった。


アドラは一瞬、ラゼルに背を向け、深く息を吸い込んだ。彼の背中には、不気味なほどの静けさと同時に、何か冷酷な決意が漂っている。そしてゆっくりと振り返り、ラゼルに再び鋭い視線を向けた。


「お前たち、四狂星には新たな命を与える。二度と失敗は許さぬ。アルトの存在が偽りか、真実か、この目で確かめるまで、徹底的に探れ。そしてもし、アイリスが何らかの形で生き延びているなら…彼女も見逃すことはない。」


アドラのその言葉に、ラゼルは深く頭を下げ、再び任務に向けて動き出した。アドラの苛烈な視線を背に受けながら、彼らは再び、エクリプス家への敵意を胸に秘め、次の行動に備えたのだった。


アドラの屋敷内、重苦しい空気の中に、もう一人の四狂星の姿が現れる。黒い槍を携えた、鋭い眼差しを持つヴァンパイアの男──黒槍のジグルドだ。彼はいつもの冷静さを保ちながら、一歩前に出て、鋭い声で提案を投げかけた。


「ならば、ラザフォード陣営にスパイを送り、情報を流してもらうのはいかがですか?」


ジグルドの言葉に、アドラは一瞬黙り込む。彼の目はジグルドに向けられ、次第に冷たい光が灯る。ジグルドの提案は、アドラの苛立ちを沈めるための一手であり、状況を冷静に把握するための一歩となるものであった。


「ふむ…確かに、それは良い策だ。ラザフォードの動きやアルトとされる者の正体が分かれば、こちらも有利に動ける。」


アドラは顎に手を当て、少しずつ顔に冷徹な笑みを浮かべた。彼の中で計画が具体的に形を取り始めるのを感じ、次第に苛立ちが冷静さに変わっていく。


「ジグルド、その任務をお前に任せよう。ラザフォードの周囲に入り込み、信頼を得た上で正確な情報を持ち帰れ。決して疑われるな。」


ジグルドは深く頭を下げ、短く「かしこまりました」と応えた。彼の目には、冷静さと忠誠心が宿っている。その姿には確かな自信があり、彼の存在はアドラにとって信頼に足るものであった。


アドラはさらに続けて言った。


「そして、アルトが本物か否か…その真実を突き止めるのだ。もし偽物だとわかった時には、必ずその正体を暴き、ラザフォードの信頼を揺るがしてやる。そうすれば、奴の支持も大きく崩れるだろう。」


ジグルドは槍を静かに構え、アドラに再び深い敬礼を示すと、静かに姿を消していった。アドラはその背中を見送りながら、次第に冷酷な笑みを浮かべた。


「いいだろう。ラザフォード陣営の弱点を突き、奴らを打ち倒す機会をうかがってやる…」


アドラの背後、暗い柱の影から小さな二つの顔がこちらを覗いている。アンジェラとルカリオ──アドラの子供たちだ。彼らは、父の声や言葉の鋭さを感じながらも、興味津々といった表情で、話の様子をじっと見守っていた。


アンジェラは父親譲りの黒い髪を背中に流し、まだ幼さの残る顔つきで、柱に隠れながらも、しっかりと父の動きを見つめている。ルカリオはまだ幼く、好奇心の塊だが、姉の真似をして背筋を伸ばし、見張っている。そんな小さな二人に気づいたのか、アドラがふと柱の影に目をやり、微笑むように声をかけた。


「アンジェラ、ルカリオ。隠れてないで出てきなさい。」


二人は一瞬ぎょっとした表情を浮かべ、次の瞬間、気まずそうにしながらも小さく歩み出る。アドラの表情は、部下たちには見せたことがないほど柔らかく、まるで厳しさの陰に隠れていた優しさが一瞬だけ現れたかのようだった。彼は、子供たちにとっては少し気難しいが、やはり父としての愛情を隠さずに見せることができるのだ。


「パパ....ごめんなさい、邪魔をするつもりはなかったんです」と、アンジェラが小声で謝ると、アドラは穏やかに首を振って彼女の頭を優しく撫でた。


「いいんだ。お前たちには、いずれ私の背負うものを知ってもらう時が来るだろう。」


ルカリオは父親の手が姉の頭に触れるのを見て、少しうらやましそうにじっと見つめていた。アドラはそれに気づくと、彼の頭も撫でてやり、子供たちに優しい眼差しを向ける。


「ただ、あまり深入りするな。お前たちには、平穏で楽しい日々を過ごしてほしいからな。」


普段、冷酷で冷静な顔をしているアドラが、こうしてわが子に対してだけは一切の厳しさを捨て、愛情に満ちた父親として接している。この一瞬の暖かさが、彼にとって何よりも大切なものであり、彼の冷酷さと冷静さの中にも、深く秘められた父親としての愛があるのだ。


アンジェラとルカリオは、父の手に触れながら、素直にうなずいた。その表情には、子供らしい純粋さと、父親への尊敬が滲み出ている。アドラもまた、冷徹な吸血鬼でありながら、子供たちの無邪気さに救われる瞬間があるのだろう。


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