これから少女は下校する
初めて作品を投稿します。
下校時間。
窓から差し込む夕日の光が生徒を照らし、影が無造作に揺れる時間。
帰宅部から文化部、運動部まで全員が帰宅に胸を躍らす時間。
私は、この時間が苦手だ。
「上原さん」
名前を呼ばれた気がして、机に沈んだ鉛のような頭をゆっくりと上げた。目の前には誰もおらず、おそらく夢でも見ていたのだろうと二度寝をしようとした。
「上原さん、下校の時間ですよ」
いや、夢じゃない。腕に顔をうずめたまま、教室の入り口を横目で見た。そこには髪をパイナップルのように結ってダボダボな服を纏った女性教師が立っていた。
「寝るならお家に帰りなさい。教室にあなたしかいませんよ」
「はぁい」
いつもこの時間は憂鬱で机から離れられなくなる。もしかしたら、私はもう机なのかもしれない。それか椅子。
「…上原さん、また寝ようとしてますよ」
「はっ」
教室から追い出された私は無駄に夕陽色に染まった下駄箱を眺めていた。
帰りたくないけど、ここに居続けたくもない。私の居場所なんてどこにもない、なんて我ながらに痛い言葉を連ねてみたけれど、そう思うことしかできなかった。
夕陽で伸びた影は動かない。きっと、これからも。
「でさぁ、そんときの先生、超やばくてぇ」
「ぎゃはは、まじかよ!」
部活帰りの女子高生の声が甲高く廊下を響かせた。それは痛いほど聞き慣れており、何より聞きたくない声だった。さっきまで動かなかった足が生存本能を発揮し、靴も履かさず外へ追いやった。
家路を辿りつつも荒々しく呼吸を上げ、あっという間に田圃道まで走ってきていた。
「いっった」
足下も見ずに走ったせいで、靴を履いていないことに今気づいた。靴下はぼろぼろで泥まみれだ。
「っはぁ、はぁ、うっ、はぁ、はぁ」
足を止めると、全力走行の反動で自分の頭では追いつかないほど激しく呼吸を繰り返した。視界がぼやけているせいで、先ほどまで見えていたぼろぼろの足が歪んで見えた。汗なのか、はたまた疲れからなのか目の前の世界がはっきりと見えない。
…いや、違う。これは涙だ。足に滴る生ぬるい液体の感触と目から抜け出す液体を同時に感じた。
「うっ、うっ、うぅぅ」
放課後が楽しくなくなったのは、きっとあの日からだ。ジェンガのように積み重ねた感情が崩壊してしまったあの日から。しかし、思い出したくなくて、頭を何度も叩いた。いっそのこと気絶してしまいたかった。全部記憶を飛ばして、明日からは私ではない私が生きてくれることを願って。
「ニャァン」
どこからか聞こえる声が私の手を止めた。足下を見ると、毛むくじゃらがもぞもぞと動いている。涙を制服で拭い、もう一度見下ろした。そこには野良の子猫と思われる1匹が私の足下をすりすりと撫でていた。急なことに驚いた私はその場で硬直した。子猫は私の足をよじ登ろうと必死にしがみついてきた。
「あんた、ママは?」
呼びかけても返事をするわけもなく、ただひたすらに私の足下に縋った。
あぁ、この子も居場所がないんだ。そう思うと、謎の仲間意識が芽生え、その子を抱き上げた。
「私もどこに行けばいいのか分からない」
「ニャァォン」
きっと人間の言葉なんて分からないだろうけど、その猫の返事に私はほっとした。そっとその子を地面に置くと、ついてきてと言わんばかりにこちらを振り返りながら歩き始めた。
夕陽は沈み始めている。どうでもいいけど。
猫は河原で足を止めた。陽は完全に沈み、月の光に照らされ反射した川しか見えない。
「猫さん、もう暗いからお家に帰ろう」
流石に何も見えない水辺では猫さんが危ないと思い、お家に連れて帰ろうとした。帰りたくないけど、猫さんのためだ。そう思っていると、猫さんが河原の草をさすりはじめた。
「何をして…」
そう言いかけると草の裏側がぴかっと光った。そして、猫さんは私の顔を伺った後、その河原の草っぱらを駆け巡った。
すると、無数の光が天空に浮かび上がり、幻想的な景色を見せた。
「…ホタルだ」
猫さんが走る道には、光が灯った。その姿は、天使かとも思えた。私は、童心に帰ったかのように興奮し、その猫を追いかけた。
「はっ、はっ、あはっ、あははっ、あははっ!!」
久々に声を出して笑った。そして、生まれて初めて家の門限を破った。
ご覧頂き、ありがとうございました。
みなさんはどのような下校道を送っていましたか?
らしさ 2024/09/09