さようなら。貴方。今度こそ王国に相応しい、害の与えない結婚相手を見つけて下さいませ。
「私はお前のような女を愛するつもりはない。したがってここに婚約破棄を宣言させてもらう」
いきなり夜会で叫びだした婚約者、ドルク王太子にフィレイリア・アルドス公爵令嬢は扇を手に微笑んだ。
「まぁ、王太子殿下。婚約破棄でございますか?わたくしと致しましては、喜んで承らせて頂きますわ」
ドルク王太子の隣にいる着飾った女性が急に喉をかきむしるように苦しみだす。
「メラニーっ??しっかりしろっ。何故だ?婚約破棄を受け入れたのであろう?何故、メラニーに害をっ。フィレイリア止めてくれっ」
メラニーと呼ばれた女性は首をかきむしって、そのまま仰向けに倒れる。
ドルク王太子が抱き起した時は、息をしていなかった。
フィレイリアは嫣然と微笑んで、
「だって、正式に手続きがすんでいないではありませんか?承っただけですわ。後は王家と我が公爵家で話し合って正式に手続きをして下さいませんと、わたくしの魔法は発動したままです。王太子殿下に害をなす者の命を奪うと言う魔法を」
「メラニーが害をなすだと?私はメラニーとの間に真の愛を見つけたのだ。なのに、お前は自分の都合のいいようにメラニーを殺したのではないのか?」
「わたくしの魔法をそのようにお考えなのですか?」
そう、小さい時に約束したのだ。
初めて会った時に、ドルク王太子殿下に恋をした。
王宮の庭で約束した。
「わたくしをお嫁さんにして下さるのなら、一生、貴方を守ってあげるわ」
ドルク王太子殿下は、いえ、その頃はまだ第一王子だったわね。
真っ赤になって。
「僕がフィレイリアを守るんだ。僕は君の事が好きになってしまったから」
まだ8歳になったばかりのドルク様。
わたくしはすっかりその可愛らしくて美しい王子様に恋をしたのだわ。
だから、わたくしは王子様を守る為に、魔法をかけたの。
王子様に害を与えるような者を殺す魔法を。
ドルク王太子はメラニーという女を抱き締めながら、
「君は私の周りの者をどんどんと殺していった。優しかったメイドも、美しかった家庭教師も、可愛らしかったメラニーも、殺していったんだっ。何が守るだ。君はただ嫉妬をして殺したのだろう?私の事を愛しているから」
フィレイリアは思い出すように、
「だって貴方様がわたくしの事を望んだのですから、わたくしも貴方様の為に魔法を発動したのですわ。もちろん、わたくしも貴方様の事を愛しております。貴方様は違うのかしら?」
「魔女め。だれがお前の事を愛しているものか?お前なんて処刑してやる。メラニーの、メイドの、家庭教師の敵だっ」
害をなすから魔法が発動しただけなのに。
メイドだって家庭教師だって、ドルク王太子殿下の事を狙っていたわ。
あわよくば王妃になれると思っていたのでしょうね。
わたくしという婚約者がありながら、誘惑しようとした。
だから魔法が発動したのよ。
きっと貴方様は気づいていないでしょうね。第二王子殿下からの刺客だって、わたくしの魔法で何人も防いだのよ。
貴方様がわたくしを愛していないと言うのなら。
「解りましたわ。貴方様がわたくしをもう、愛していないという事は解っておりました。だから喜んで承らせて頂きますと申し上げたのです。正式に婚約破棄が国王陛下に認められたら、この魔法は発動しなくなります」
そう、本当は悲しくて仕方ないの。
貴方様の心が離れた時点で、わたくしは悲しくて悲しくて。
だって、好きだったのよ。
初めてあった時から貴方様の事が好きだった。
とても柔らかくて綺麗な金の髪や、整った綺麗な顔や、わたくしに贈り物をちゃんと忘れずに下さる事。わたくしの大好きな赤い薔薇を沢山贈って下さる所。
わたくしとのお茶会で、楽しませようと色々と話しかけて下さる所。
全部好きだった。
メイドも家庭教師も、貴方様はいい人だって思っていただけかもしれないけれども、彼女達は貴方様と淫らな関係になろうと狙っていたのだから、魔法が発動しても仕方ないわよね。
メラニー?
何が真実の愛よ。
わたくしと言う婚約者がいるのに、言い寄る酷い女。
魔法が発動して当然よ。
メラニーを抱き締めながら、こちらを睨みつけるドルク王太子。
フィレイリアは背を向けて、
「さようなら。ドルク王太子殿下。もう、二度と貴方様に会う事はないでしょう」
「待てっ。フィレイリアを拘束しろっ」
騎士達に命令するも、第二王子レリウスが現れて、
「兄上。アルドス公爵令嬢の魔法は、父上に認められている魔法です。メイドも家庭教師も兄上に邪な考えを持っていた事が後に解りましたので、アルドス公爵令嬢は王家にとって正しい魔法を行使したのだと認められております」
「レリウスっ。それじゃメラニーは?私の愛するメラニーを殺したのは?」
「その女は兄上の地位と財産が目当てだという事が解っておりました。愚かな兄上」
フィレイリアの前にレリウス第二王子は跪いて、その手を取り、甲に口づけを落としながら、
「アルドス公爵令嬢。私は以前から貴方の事を慕っておりました。兄上から婚約破棄をされたのなら、どうか私と婚約をして下さいませんか」
「黒幕までわたくしの魔法は効かないのだわ。でも、こうしてわたくしの手に触れているのですもの。魔法が発動したわ」
いきなりレリウス第二王子は首をかきむしりながら苦しみだした。
「あああっーーー。そ、そんなっーー」
「まだ、正式に婚約破棄は成立していないのですもの。貴方はドルク王太子殿下を殺そうと刺客を送っていたわね」
「ゆ、許してくれっーーーあああっ苦しいっーー」
レリウス第二王子はそのまま倒れた。
騎士達がフィレイリアを囲んで、拘束しようとする。
ぱぁーーっと光り輝いて、
「それでは皆様、ごきげんよう」
フィレイリアは見事なカーテシーをし、そのまま消えてしまった。
魔女としてフィレイリアは王国に指名手配された。
アルドス公爵夫妻は忽然と、使用人達と共に姿を消した。
悪魔の一族。人々はそう噂をした。
何人も魔法で殺されたのだ。
事を知った国王陛下も首を傾げた。
何故、そのような魔法を使う女性を、ドルク王太子の婚約者にしたのか?
そもそも、アルドス公爵家とは……領地はどこだったのか?何もかもだんだんとあやふやになっていく。
ドルク王太子は許せなかった。
メラニーを殺したフィレイリアを、絶対に処刑してやる。
探し回った。
フィレイリアは一人ぼんやりと夕日を見ていた。
王都の教会の塔の屋根の上に座って、ぼんやりと。
「貴方が望んだから、わたくしは貴方の婚約者になったの。貴方の為に魔法を発動したの。愛していたわ。ドルク様」
涙を流すフィレイリアであった。
☆☆☆
この事件から数年過ぎた。
ドルク王太子の隣には新しい婚約者がいた。
隣国のマリー王女である。
フィレイリアは見つからず、依然行方不明のままだった。
このまま、婚約者もいないのはまずい。隣国の王家が、末の王女との婚姻を持ちかけてきたので、それを受けることにしたのだ。
半月後には結婚式を挙げる事になっている。
マリー王女は王国にやってくるなり、
「わたくしは最高な暮らしがしたいの。何?この部屋。もっと広い部屋にして頂戴。家具も気に入らないわ。わたくしの住んでいた王宮の部屋はもっと広くて家具も豪華だったの。嫁入り道具も沢山持ってきたのに、全部入らないじゃないの?何もかも気に入らないわ。何?ドレスはこれしかないの?後、50着は必要よ。足りないわ。至急作って頂戴」
我儘放題、言い始めた。
ドルク王太子は慌てたように。
「マリーがいたフェルク王国より我が国は貧しい。だから、贅沢は控えてくれ。国民皆が貧しい暮らしをしているんだ。お願いだから」
「嫌よ。なんで国民の為にわたくしが我慢しなければならないの?ねぇ、護衛も少ないわ。男性の護衛を増やして頂戴。見目麗しい人がいいわ。わたくし綺麗な人が好きなの」
ドルク王太子は頭を抱えた。
母の王妃がマリー王女に注意する。
「マリー。わたくしも贅沢は控えているのです。我が王国に嫁ぐのなら、贅沢は控えて頂戴」
「いやよ。お父様に言い付けるわ。困るでしょう?言いつけられては。ね?」
我儘マリー王女にほとほと困り果てた。
ドルク王太子が時折思い出すのが、あの憎いフィレイリアの事。
メラニーが好きになる前は、フィレイリアと上手くやっていた。
メイドと家庭教師が死んだ時、フィレイリアの魔法だと聞いていた時も許した。
自分に害をなそうとしたから魔法が発動したの。と言われれば、許したのだ。
フィレイリアと手を繋いで、沢山、赤い薔薇の咲いている王宮の庭を見せてあげた。
フィレイリアは嬉しそうだった。
なんて自分勝手なんだろう。
フィレイリアの事を愛しく思い出すなんて。
処刑したいくらいに憎いフィレイリア。
でも、同時に愛しいフィレイリア。
メラニーの事は好きだった。
出会った時に恋に落ちたと思った。
庇護欲の誘う可愛らしいメラニー。
そのメラニーをフィレイリアは魔法で殺したのだ。
憎い。でも、たまらなく懐かしい。そして愛しい。
その相反する心にドルク王太子は悩んだ。
そんなとある日、マリー王女は怒り狂って、庭でドルク王太子に向かって叫んでいた。
「なんで、5着しかドレスを仕上げちゃいけないのよ。足りないわ。わたくしは贅沢をしたいのっ」
「だから、王家が贅沢をしていたら王国民がなんていうか。少しは王太子妃の自覚を持ってくれ。来週には結婚式なのだから」
「だったらせめて結婚式のドレスは豪華にして頂戴。そうね。宝石でドレスを飾りたいわ。わたくしは自慢したいの。美しい自分がどれだけ豪華なドレスを着て、結婚したか。お父様の代わりにお兄様だって出席するわ。わたくしはお兄様にも、他に出席する各国の方々にも見て頂きたいの。わたくしの美しいドレス姿を」
「宝石はどれも高い。それは勘弁してくれないか」
「嫌よ。わたくしは着飾りたいの」
ドルク王太子は困りながらも、折れた。
高額なウエディングドレスが出来上がって、いよいよ各国を招待した結婚式が始まった。
王都の中央にある教会で、各国の招待客が見守る中、二人は神の前で誓いの言葉を述べる。
マリー王女のドレスはそれはもう豪華で美しくて。
キラキラと宝石がドレスに沢山つけられて輝いてた。
ドルク王太子とマリー王女改め、王太子妃が教会を出ると、沢山の国民たちが集まって祝福した。
「おめでとうございますっ。王太子様」
「凄いドレスだ。キラキラしているっ」
一つ一つの宝石がいくらするのか国民は解っているのだろうか?
と、ドルク王太子は思った。
にこやかに笑っていたマリー王太子妃が急に首をかきむしって苦しみだした。
ドルク王太子は慌てたように、倒れそうになったマリー王太子妃を支える。
「く、苦しいっーー苦しいっーーー」
「マリーっ。しっかりしろっ」
この苦しみ方は……メラニーが苦しんでいた時とまるで同じで。
白目を剥いて、マリー王太子妃は倒れた。
息をしていない。
ドルク王太子は叫んだ。
「フィレイリアなのか?私とお前は婚約破棄をした。何故、魔法が発動した???」
どこからか声が聞こえた。
「未練かしらね。わたくしは貴方の事を愛していたから。きっと……未練なのね。でも、この女は王国にとっても貴方にとっても害をなす女。死んで当然だわ」
「君は私を守ってくれたんだな」
周りの人々は時間が止まったように動かない。
ドルク王太子は光りながら現れた、金の髪の女性の手に手を伸ばして、そっと握り締めた。
「やり直すことは出来ないのか?」
「わたくしはメラニーを、メイドを家庭教師を、そしてこの女を殺した女よ。第二王子殿下も殺したわ」
「そうだな。処刑しなくてはならない女だな」
ドルク王太子はフィレイリアを抱き締める。
「すまなかった。メラニーに心を移して。本当にすまなかった。私はお前の事は憎い。でもそれ以上に愛しい」
「わたくしもですわ。浮気をした貴方様の事は憎い。でも、それ以上に愛しい」
「連れて行ってくれないか?」
「いえ、連れてはいけません。貴方様はこの王国に必要な方。もう、わたくしは貴方様の前に現れないわ。さようなら。貴方……今度こそ王国に相応しい、害の与えない結婚相手を見つけて下さいませ」
「フィレイリア……」
スっとフィレイリアは消えて、赤い薔薇の花が地に生えて咲いていた。
フィレイリアが好きだった王宮の薔薇園、そこで咲いていた赤い薔薇のように。
ドルク王太子はその薔薇の花を根から掘り起こして、王宮に持ち帰ることにした。
王女が結婚式の最中に亡くなって大騒ぎになって、しばらくして新しい婚約者が来た。
公爵家の令嬢で。ドルク王太子殿下より年が6歳下だった。
だが、頑張り屋の令嬢で、ドルク王太子の事をとても好いてくれた。
その女性と良い関係を築いてから半年。明日、結婚式である。
王宮の庭に植えられたフィレイリアが残していった赤薔薇を見ながら報告した。
「ソフィアはとても良い女性だ。良い王太子妃。後に王妃になるだろう。フィレイリア。有難う。そしてさようなら。私はソフィアと共にこの王国の為に頑張るよ」
赤い薔薇が風に揺れて、ドルク王太子はフィレイリアに祝福されているようなそんな気がした。