Ⅰ-1
2限目の授業が終わると、学食へ向かう。大学生になって1番良かったと思うことの1つが、大量の教科書やノートをほとんどタブレット1枚でコントロールできることだ。高校生のように大きなバッグに大量の教科書を詰め込んで登下校するようなことはもうしなくてもいい。もちろん、人によるとは思うけれど。
教養科目専門棟をでて、メインストリートを南へ歩く。並木の隙間に広がる空はからりと青くて、どこか遠い。
「真梨。」
明るい声に目線を降ろすと、食堂の前で裕子が手を振っていた。誰もが振り返る美人。明るい表情と性格。いつだって嫉妬するけれど、それすらも彼女は打ち消すほどに非の打ち所がない。そうなってくると、もはや私はその感情すら好きになってしまう。
「今日は終わり?」
「終わり!」私の質問に、嬉しそうな声で彼女は返す。「真梨は?」
「私は4限。国際法のゼミがある。」
「オッケー。今日はアルバイトはないのよね?」
「うん。休み貰ってる。」
「じゃあ、服でも見に行かない?私、ちょっと新しいスカートが欲しくて。」
「いいよ。行こうよ。」
私も頷きながら、2人で学食の行列に並ぶ。昼休みになれば、この食堂には大学中の人間が集まってくる。これだけの人間が集まっている中で、ほぼ整然と列が崩れずに伸びているのが不思議なものである。
食べなれた定食を食べながら、なんとはない日常のうわさ話を裕子と話す。それだけの時間」。
それだけの時間。
それが幸せなのだろう。きっと平凡な日常こそが、本来の私が望むものなのではないだろうか。
「ところで、昨日の飲み会はどうだった?」
裕子がサラダをほおばりながら尋ねてくる。こういう気取らないところも、私が彼女を好きな理由でもある。私はと言えば、すこしサラサラすぎるコーンスープを上品にすくいながら、答える。
「うーん・・・・でも裕子の判断は正しかったと思うよ。なんか、すごく大学生っぽい飲み会だった。」
「そんな感じだったんだ。」
「あっちでコール、こっちでコール。男はみんな自分のことかっこいいと思ってるし。」スプーンが宙できらきらと光る。「学部の飲み会なんてそんなもんだろうなって、そんなこと思ってたけど、間違ってなかったわ。」
「そんなこと言われると切ないなぁ。」
カラッとした声が聞こえて目を上げると、机のそばに立って私を見下ろしている男がいた。昨日の男だ。相も変わらず、どこのものかもわからないブランドのジャケットを着ている。確か、名前は。
「二階堂くん。」
「信也って呼んでくれって昨日も言ったじゃんよ。」彼は唇を尖らせながら抗議の声を上げる。それをきっと自分のかわいらしいポーズだとでも思っているのだろう。「まあ、昨日のはちょっと派手すぎたけどね。普段はもう少し少人数だから、きっとみんなはしゃいじゃったんだろね。」
「そんなものなのかしら?」
「きっとね。」二階堂くんは肩をすくめた。「また企画するから、片淵さんもよかったらまた来てよ。檜佐木さんも、次は一緒に話してみたいな。」
「そう?じゃあ都合が合えば行こうかな。」
裕子が笑顔で返す。二階堂くんは「それじゃ、」と、さわやかに席を去っていった。
「裕子、行くの?」
私の驚いたような声に、彼女はくすくすと笑って見せる。
「いかないわよ。。」