4時間目:社会
社会の時間に担任が斬新なことを提案した。
教科書の見開き2ページに書いてあることを、何でもいいから覚えろ、という。
文章を丸々覚えなくていい、単語でもいい。とにかくその2ページに載っていることなら、何でもいいという。
一定時間経ったら、全員起立して自分が覚えたことを挙手で発表するという。ただ、内容が人と被るのはダメだと言われた。
担任が発表者を指名するのだから、運も大きく作用する。
嫌な予感がした。私はこういう運に、とことん恵まれない。
私と同じことを覚えた誰かが、先に指名され答えてしまうに違いない。
何か不公平だ……と思っているうちに、担任は
「よーい。始め!」
と暗記の時間をとりだした。
私は素直に教科書を開く。
自分の中の感情を顕にすることなく、素直に指示に従う私。
今なら抱きしめてやりたいと思う。
教科書を開くと、右下に写真が載っていた。子どもが三人並んで、大根を齧っているものだった。その見開き二ページは、戦後のことが書かれていたのだと思う。
私は写真の下に解説文を見つけた。
〝大根で飢えをしのぐ子どもたち〟とあった。
なぜかその言葉から目が離せず、写真の中の女の子の笑顔に胸が痛む。
この時代は十分な食料がなかったもんな〜
大根って、そんなに美味しいのか。
今度食べる時は、よく味わってみよう。
などと考えるうちに暗記時間が終了した。
大根の件しか頭に入っていない。
仕方がないので、大根一本で勝負することにした。
全員起立する。何人かが答えた後でも、大根のことには誰も触れない。いけるかも? と自信がわく。
ついに私が指名され自信を持って答えた。
「大根で飢えをしのぐ子どもたち!」
私の発表を聞いて、担任がぽかんとする。
担任は急いで、教科書に目を戻し、私が言った言葉と同じ言葉を探しはじめた。
「あ、写真のことね」
と、何か腑に落ちない表情で言い、でも、間違いではないので、着席するように言われた。
30年近く経っても、あの時の担任の腑に落ちない表情が気になっている。
覚えないといけなかったのは、あの指定された2ページに、書いてあった文章で、写真の下の解説文は、文章にカウントされていなかったのではないか。
いやでも、何でもいい、と言ったはずだ。
この悶々とした疑問はもう解決されることはないだろう。