さよならメアリー
もうすぐハロウィンですので。思いつきで短編を書きました。
—————ザクザク
二人の少女が、森の中を歩いている。
一人は幼く、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気を出している。スキップでもし始めそうなほどにご機嫌だ。
もう一人は、少しばかり年上で、不安そうに足元を見たり、上を見上げたりとキョロキョロ忙しなく首を動かしては、不安げに幼い少女にくっついて歩いていた。
辺りは真っ暗で、灯りはひとつもない。
空から照らされる月の光で、かろうじて足元は明るく照らされていた。
運良く今日は雲ひとつない。
「わぁ、ここって、何だか不気味だわ」
「そうかしら?村の隣の森だし、どこにでもある森と同じよ」
「私、街から来たばかりだから」
「そうだったわね。迷ったのだったかしら?」
「うん。お母さんと隣町に向かっていたのよ。でも、日が暮れてしまっていたの。そしたらこの村の人に偶然出会って連れてきてもらったの」
「そう、連れてきて....。でもラッキーね!この時期はご先祖様の霊が帰ってきて下さるのよ。そして、その方達がゆっくりと過ごせるように悪いものを追い払ったりするの。そういう儀式があるのよ」
「儀式?」
「そうよ。それで大人達が儀式をして追い払うの。子供は儀式に参加してはダメよ。大人達は大丈夫だけど。その間は私たちはこの森に居ましょう。大丈夫一緒に居れば心配ないわ。もっと奧へ行きましょうリリー」
「あっ、メアリー、痛いわ。引っ張らないで」
メアリーは、その小さく細い腕で、小さな子供とは思えないほどの強い力でリリーの腕を引いた。
「ああ、ごめんなさい。でももうちょっとだから」
「もうちょっと?」
メアリーの顔を伺うと、そこに表情はなかった。先程までの機嫌の良さは見られない。
メアリーの足はどんどんと早くなっていく。
リリーは引っ張られた腕が痛くて、ついにその手を振り払った。
「もうちょっと••••••って」
「••••••もう少しと言うことよ」
こちらを振り向いたメアリーの瞳は、冷ややかにリリーを見ている。
いや、そうではない。
その奥を、今歩いて来た方向。村の方を見つめている。
村があるはずの方向は、うっすらと明かりが見えている。そこには、リリーの母親もいるのだ。
少しだけ、リリーはあの村に戻りたくなった。
だってこんな暗い森の中を、子供だけで歩き回っているなんて。
ほんの少しの好奇心と、出先での冒険に気が大きくなっていたが、今では膨らんだ好奇心はシワシワと萎んでしまっている。
「リリー、もう少しだけ」
じっとこちらを見つめるメアリーに、どこか真剣さ感じ、こくりと頷くと、リリーはゆっくりとメアリーと手を繋いだ。
手のひらに伝わる温度は、ひんやりと冷たい。
今の今までほんの少しも気にはならなかったというのに、妙にその冷たさが奇妙に感じた。
メアリーはにこりと笑うと、その手を引きまた歩き始めた。自分よりも幼い子供とは思えぬほど、しっかりとした足取りだった事も、リリーは不可解だと思った。
ザクザク、と草木をかき分け、進んでいると目の前にホワホワと光る火の玉のようなものが見えた。
それはこちらに気がついたように、ふわふわと浮遊したかと思うと、ぐんぐんとまるで走ってくる。
リリーは恐ろしくなり、咄嗟に屈み込み、縮こまった。その時、うっかりメアリーの手を離してしまった事に頭を抱え込んでから気がついた。
「ひっ」
—————ザザザザ
—————ザザザッ
どんどん大きくなる草を踏みしめる音に、ぎゅうと力一杯目を瞑った。
「ああっ、お嬢ちゃん、どうしてこんなところに!」
「え?」
リリーが顔を上げると、ちかりと明るい光に目が眩んだ。
目を細めれば、そこには年老いた白髪の老人が顔を青くして目を見開いていた。
その表情は驚愕と焦燥が浮かんでいる。
「こんな月の明るい日に子供1人でこんなとこで••••••ああ•••••参ったな今日は悪いもんが来ちまう日だ。こっちへ。もうすこし行ったら街がある。そこまで行ったら安心だから」
「ひ、とり••••••?」
お爺さんの言葉を聞き、辺りを見回すと、そこにメアリーの姿はなかった。
「ああ。お嬢ちゃんは1人だったよ。それにしてもどこから来たんだい?」
「あの、あっちの村から••••••」
「ええっ!お嬢ちゃん、あそこはもう随分と前から誰も住んじゃいないよ」
「え?」
村があった方を見やると、先ほどまでかすかに見えていた灯りは何も見えず、真っ暗な森だけがずっと続いて見えた。
「あそこの村はなぁ、ずうーっと前におっそろしい事しとってな、お、なんだなんだ?誰か来たか?」
「えっ、もしかして••••••メアリー?」
「え?なんだって?メ、アリー?メアリーだって?」
メアリーの名前を出すと、急にお爺さんは息を呑んだような、恐ろしそうな、それでいて懐かしそうな表情をした。
お爺さんのその表情に気を取られていると、急にドン、と何かがぶつかってきてリリーの身体が揺れた。
「リリー!」
「あ、お母さん!」
リリーの体にぶつかって来たのは、リリーの母だった。母は大粒の涙を流しながら、震える手で何度も、何度もリリーの存在を確認するように強く抱きしめてはその背を撫で付けた。
「ああ、よかった。早いこと街へ戻らんと。連れてかれる前に」
お爺さんは手に持ったランタンを掲げて、村のあった方を照らしてそう言った。
深夜遅くにお爺さんと母親と辿り着いた街で一夜を明かすこととなった。
布団に潜り込んで、お爺さんから道中聞いた話をリリーは思い出していた。
この時期は、とくにきをつけなければならない事がある。それはとある村だった場所に近づかないこと。
夜に子供だけで出歩かないこと。
この先は、母親は「子供には聞かせたくない」と言ったが、リリーは途中で居なくなってしまったメアリーや、あの村のことが気になって、お爺さんの話を聞くことにした。
あの道中寄った村は、おかしな呪いを勧める者達が洗脳し、死んだものが訪れてくれるように、悪いものを追い払うようにと、この時期になると子供を贄にして村の豊作を祈っていたそうだ。
死んだものが蘇ることなどあるはずもなく、子どもが1人、また1人と消えていき、ついには子供を連れた旅行者から子供を攫うようになった。
そんな行いが祟ってか、何十年か前に、隣町から攫ってきた子供を生贄にしたのを最後に、ひどい疫病があの村にだけ流行った。沢山の人が死んだ。多くの犠牲を払ったにもかかわらず、誰一人、助からなかった。
それからあの村には誰も寄り付かなくなり、やがて、その亡霊が、この時期になると動き出すそうだ。生贄の儀式を行えば、救われる。
子供を差し出せば、救われる。
自分達が救われる代わりに、子供を。
「リリー、泣かないで」
真っ白な世界で、ふと、声が降ってきた。
リリーが振り向くとそこには、いなくなっていたメアリーが立っていた。
「メアリー、どこに、行っていたの?」
「どこにも行ってないわ」
「心配していたのよ」
「ありがとうリリー」
「あ、まって」
鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌で、ステップを踏むようにメアリーはゆっくりとリリーから離れていく。
リリーが声をかけても、メアリーの歩く速度は変わらない。どんどんどんどん離れていく。
「どこにいくの?」
「もう時間なの」
「時間?」
「そう」
小さなメアリーが、くすくすと肩を振るわせ、楽しそうに笑った後、ほんの少し寂しそうに頷いた。メアリーがリリーの方を向くことはない。
「今いる街の、丘へ行ってみてね。そこできっとまた」
「また••••••? また会えるの?」
メアリーは振り向かないまま、1秒か、2秒足を止めて、また上機嫌に踊るように歩き始め、あっという間に白い空間に溶けて行ってしまった。
メアリーがこちらを振り向くことはとうとうなかった。
ハッと目が覚めると、窓の外からは日が登り始めていた。今まで居た空間は夢だったのだ。
どこまでが夢で、どこからが夢だったのか。
リリーは布団から抜け出して、走り出した。
どこへ向かえばいいのか、何故だかわかるような気がした。
朝霧が立ち込める中、ずっと続く道を走った。
坂になっている道を駆け上ると、沢山の花が咲く丘に出た。
ポツンと一つ石が立てかけられている。
リリーはゆっくりとその石に近づいた。
その石は1人ぼっちで居るようでなんだか可哀想に思えた。
その石の周りを沢山の花が囲んでいる。
ふわふわと揺れるその花は、小さなメアリーの髪の色によく似ていた。
石をよく見れば、小さく彫られた文字が見えた。かろうじて読める程度の文字を目を凝らしてひとつずつ、声に出す。
「メア、リー?」
ふわりと風が頬を掠めていく。
ほらねまた会えた
そう聞こえたような気がした。
リリーの瞳から、何故だか涙が溢れて止まらなかった。
「また会えたね。さようなら、メアリー」
収穫のお祝いをする日、先祖の霊をお迎えする日、悪霊を追い払う日は、決して夜分遅くに出歩いては行けない。
決して森の向こう、子供を探して彷徨う亡霊の出る村へは入ってはいけない。
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
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