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カーブです。

主人公は、投手経験があるという事実を既に知られていた。

さて、どうする。

 俺は、中学生時代のことを思い出していた。

「うーん、セカンドかぁ……。もう埋まっちゃってるんだよな」

 所属していたチームで二塁手希望であることを告げると、監督は困ったような表情を見せた。

「他のポジションなら何とか控えに回してやれるんだが、セカンドは今混み合っててな……」

「じゃあ、どこでもいいです。出来るところならどこでもやりますから、ポジションごとに見てくれませんか?」

 結果、『正ポジション二塁手、投手と捕手兼任』という変わった選手が出来上がったのだった。当時の監督には、「洞察力が凄いな。正捕手でもいけるんじゃないか?」と言われたが、今までやって来た二塁手の練習を否定されるような気がして、「あくまで控え」と断っていた。今考えれば、くだらないプライドとエゴだったという気もする。


 **********


 確かに、中学時代は三つのポジションを請け負っていた。ただそれは、どこのポジションでもレギュラーになれない中途半端な奴が見出した苦肉の策だ。

「じゃあ次からはバッテリー練習ね。米沢くんと吹浦くんは、勿論どっちの場合も想定して」

 そう決めると監督は、「これでピッチャー四人になったね」としたり顔をした。


「うん、今のはナイスボール」

 とにかく今は控え投手が要るということで、俺は遊佐を座らせて投球練習をしていた。監督は俺と遊佐が中学時代に同じチームだったのも知っていたらしく、「二遊間守ってたんなら息も合ってるでしょ」と遊佐に捕手役を任せたのだ。

「しかし、球速ないけどコントロール良いよね。吹浦は」

「そう?」

「そうだよ。それに背は低いけど指が長いから、ボールが良く引っかかって変化球が曲がるんだよね。私でも捕るの一苦労だよ」

 そんなはずはねえだろ、と思いながら、また俺は変化球を投じた。米沢との練習も必要だが、今は隣で高瀬と練習している。

「うわ、っとと」

「ごめん。大丈夫?」

「おけおけ。球種、もう一個くらい覚えたら一気に化けると思うけどなぁ、吹浦は。指長いんだから、フォークとか良いんじゃない?」

 指が長けりゃ投げられるって球種でもないが。

「まあ、考えておくよ」

 俺がそう言った時、隣のバッテリーがにわかに騒がしくなった。


「わわっ! お前、すげえカーブだな、ほんと。おい、吹浦と遊佐も見てみろよ」

 米沢がそう勧めたので、遊佐は米沢の近くで、俺は高瀬の近くで、それぞれ見てみることにした。

「じゃあ、もう一回カーブ。行くぞー」

 そう言って高瀬は、利き腕を前に突き出すようにして投じた。ボールは緩やかな軌道を描き、ワンバウンドすれすれで米沢のミットに収まった。

「すっご。ほんとにカーブ? 別の球種じゃなくて?」

「一応ね。俺は人差し指と中指のところに縫い目を合わせて……」

「なんか、腕の動きも変じゃなかった?」

「ああ、少し違うかもな、普通のカーブとは。腕を前に突き出して、外側に振るって感じかな。だからああいう変化をするのかもな」

 遊佐は興味津々だ。

 そこへ監督がやって来た。

「あれ? 投球練習は?」

「あ、監督、高瀬のカーブなんですけど」

 ちょっと見てくれませんか、と米沢はもう一球高瀬に要求した。


「おぉ、凄いね。すぐに実戦で使えるレベルだよ」

 やはり、この前の試合でクリーンナップを三者凡退に打ち取ったのは、まぐれではなかったのか。

「しかし高瀬くんが『宜野座ぎのざカーブ』を使えるとはねぇ」

「ぎのざかーぶ?」特殊な名前に、俺たちは面食らう。

「うん。沖縄県の宜野座高校で指導してた監督が広めたと言われてるから、そういう名前が付いてるんだよ。高瀬くんは昔からその投げ方なの?」

「そうですね。最初は教わった投げ方でやってたんですけど、どうもしっくりこなくて。自分で編み出して、練習したって感じです」

「自分に合ってると思う?」

「はい。自分的にはこっちのほうが」

「じゃあ、それでいいかな。無理に変えさせる必要もないだろうし。あ、ただ高瀬くんは、もう一つくらい持ち球を増やしたほうがいいかもね」

「やっぱカーブだけじゃなあ……」

 米沢が呟いた。最上向町戦は3イニングで5失点。最後のほうの相手打線は明らかに直球狙いだった。ただ、「カーブでは打てない」と割り切ったとも考えられる。球種を増やせば有効な球になり得るということだ。


「直球はまあ普通に投げれるんで、チェンジアップとかですかね」

「ほとんど同じ握りで、シュートボールとかはどう? リリースが違うだけなんだけどね」

 高瀬は左利きだ。よって高瀬のシュートボールは、投げるとすれば左打者の手元に食い込むようなボールになる。

「分かりました。練習してみます」

 高瀬が主将を任されている理由の一つがこれで、自分が合理的と判断すればあっさり言うことを聞く。一見、指導者側に都合が良いような性格かもしれないが、全く言うことを聞かないという人物は主将として成り立つわけがない。それに、高瀬はおかしいと思ったことをおかしいと言える人間である。

「あとはそうだな。米沢くんと吹浦くんで、ちょっと組んでみてくれない? 出来れば打者を立たせて……打者役は、ゆっちゃんで良い?」

「大歓迎!」

 遊佐は公式戦には出られない分、記録員として入っているベンチでは、誰よりも声を出している。元来明るい性格だから、チームにも良い影響を与えている。そしてバッティングセンスもなかなかのものがあり、正直ソフトボールに転向するか女子野球部に入るかすれば良かったのではないかと思う。

 まあ、遊佐なりの事情もあるのだろう。山形県内の高校には、今のところ女子の硬式野球部が無い。

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