投手です。
春季大会初戦、8回裏が終わって3点ビハインド。
さて、どうする。
「投手経験のある人?」
3点ビハインドでエースが疲れているという状況にも関わらず、監督は序盤とほとんど声のトーンを変えずに訊く。俺と高瀬が手を挙げた。
「荒砥くん、センター出来る?」
「ある程度は」
「じゃあ今泉くんに代わってピッチャー高瀬くん。今泉くんはレフトで、レフトの荒砥くんがセンター。それでいこうか」と決断した。
高校野球では、監督がベンチから大きく出ることは禁止されているため、主将の高瀬が球審に告げに行き、守備位置が代わる。
高瀬・米沢のバッテリーは練習でも試したことがないため、かなり入念に打ち合わせをしている。
「持ち球は?」
「ストレートとカーブ。勿論リードは任せる」
「分かった」
正直、球種が二つだとかなり厳しいが、一イニング躱すことくらいは出来る、と米沢は思った。しかし、九回表の新庄栄は三番からだ。果たしてどうなるか。
俺も登板への心の準備はしていたが、予想以上に高瀬のカーブはよく曲がった。守備位置から見ていてはっきり分かるほどで、新庄栄は三番からの打順だったが、ファーストゴロ、サードゴロ、セカンドフライで、なんと三者凡退に切って取った。
しかし伊佐は最後まで崩れなかった。九回裏は一死から泉田が安打を放ったものの、最後は荒砥がピッチャーゴロに倒れ、三点差のまま試合終了となった。
「6対3で新庄栄高校。礼!」
甲高いサイレンが鳴り響き、連敗記録は54に伸びてしまった。
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「皆、今日はよく頑張ってくれたと思う」
試合後、監督はそんな言葉をかけた。俺は悔しかった。半年前、廃部を告げられた時以上に。もっと守備が上手ければ。打撃が上手ければ。位置取りが良ければ――。
たらればは禁句だが、後から後からそんな考えが頭に浮かぶ。
「悔しいと思ってる人、手挙げて」
監督の促しに、十人全員が手を挙げた。
「大丈夫。君たちはまだ、上手くなれる。強くなれる。悔しさは糧になるからね。って、ちょっとクサいこと言い過ぎか」
「あ、ちょっとすまねっけれども、監督さん」
そう言って現れたのは、相手校の監督だった。喋りに少し訛りがある。
「申す遅れました。新庄栄高校、野球部監督の大石田どいいます。本日はどうも」
「あ、どうも。こちらこそありがとうございました」
「いえいえ。それより今日の舟形さん、動ぎが良いっけ……良かったですなあ」
「方言でも構いませんよ」
監督がそう言うと、「いや、お恥ずかしい」と大石田監督は頭を搔いた。
「そうそう、本題なんですけんど。練習試合やってぐれねですがい?」
「えっ!? 本当ですか?」
「嘘はづがねです。勿論、春季大会が終わってがらになりますが、実は新庄栄のほうは守備が課題ですてね。今日もエラー二つあっただすし、このままじゃどうも不安なんだす。それに比べでそぢらはエラー無えっけす、何よりヒット15本も打だれで6失点は、守備堅え証拠だす。是非ともお願いすます」
コテコテの山形弁だが、監督には通じたようだ。
「分かりました。春季大会が終わった後、日程を調整しましょう。あ、本校の電話にかけて、『野球部監督の千歳』と仰って下されば通じますので」
「ああ、こっちも電話かけて野球部の大石田って言ったら通ずますから。では春季大会後にお願いすます」
そう言って、大石田監督は選手たちのもとに戻っていった。
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結局俺たちは、一次予選で負けたチーム同士が行う二次予選でも初戦の最上向町高校にあえなく敗れ、連敗記録はさらに伸び55となった。新庄栄戦の翌日で今泉は疲れていたので、三回までは俺、六回までは高瀬、七回からは今泉と、3イニングずつの継投にした。
しかし、急造バッテリーではなかなか呼吸が上手く合わない。俺はシンカーとナックルカーブが持ち球だったが、投手経験が不足していることを見破られたのか、相手打線は執拗にピッチャー返しをしてきた。結果、米沢の後逸もあって四死球や振り逃げで走者を溜め、置きにいったストライク球を痛打されて走者を返される、という悪循環に陥った。こちらも2本の本塁打などで応戦したが、7-9で軍配は相手に上がった。
「控え投手の育成が急務だと思うんだけど」
でしょうね。と俺は心の中で呟いた。
月曜日、視聴覚室でのミーティング。もはや一週間の練習メニューの中に入りつつある。
「うーん、まず高瀬くんと吹浦くんなんだけど、この前はバッテリー間の連携とか呼吸とか、そういう問題だと思うから、練習でどうにかなるとは思う。あと米沢くんは、正直どうなの?」
「そうですね……。やっぱり球種とか変化する度合いとかが分からないと、配球にも影響出ちゃいますから、練習あるのみだと……」
「ああ、キャッチャーとしてもそうだけど、ピッチャーとしてはどうなのかなと思って」
「へ?」
そこへ今泉が口を挟んだ。
「お前、小学生の頃はピッチャーやってたろ? それを監督にこの前言ったんだよ。それに俺より肩強いから、球速は出るんじゃねえの?」
「まあ、練習はしてるけどさ」
「じゃあなんでこの前、ベンチでそのこと言わなかったの?」
「だって俺が投げるのに回ったら、捕る奴が居なくなるじゃないですか」
「それがねぇ……、実は一人居るんだよ。ねえ吹浦くん」
「え? あ、はい」
何故それを知っている?