初陣です。
大したこともできないまま、春季大会の1回戦を迎えた舟形高校野球部。
さて、どうする。
『一回の表、新庄栄高校の攻撃は、一番ショート赤倉くん。背番号6』
場内アナウンスがそう告げると、三塁側スタンドが湧いた。ベンチ外の部員が応援を始める。
カウント1ボールからの二球目、赤倉はセンター方向へゴロを打ち返す。遊撃手の横を抜けた、と思いきや泉田が取って270度回転し素早く送球した。
「セーフ!」
一塁審判の腕が横に広がり内野安打となった。赤倉の足でギリギリセーフなのだから、他の打者ならファインプレーになっていたに違いない。
「すげえ」「舟形にあんな奴いるんだな」「泉田か、覚えておこう」
どうやら開始1分で覚えてもらえたようだ。
しかし、無死で走者を出されてしまったことに変わりはない。続く角沢には1球で送られ、早くもピンチとなる。
そして砂越はセカンドゴロに打ち取ったものの、二死三塁から新庄栄の主砲・南野に適時打を浴び、あっさり先制を許した。
「なあ今泉、あいつのこと覚えてるか?」
米沢はタイムを取り、マウンドで今泉と話し合っていた。
「次の一年だろ? インコース弱いんだよな」
「分かってるならオッケー」
次の新町は一年生で五番に入っている。よほど期待されているのだろう。しかし今泉と米沢のバッテリーはインコースを徹底的に攻め、ライトフライに打ち取った。
一方、一回裏の舟形も、高瀬のライト前ヒットで無死一塁とする。
「さあ行くよー。初陣だ!」
監督は「昨日覚えた」というサインを出し、送りバントで一死二塁。俺の初仕事は無事に成功した。
「ナイスバントー。いやぁ、こうやってサイン出すの夢だったんだよね」
えへへ、と監督は恍惚そうな表情を浮かべているが、この後何回だって出すのだから、一々そんなことを言われても困る。
その時、ガキィン! という鈍い響きと共に、打球はバックスクリーンへ飛び込んだ。今泉の逆転ツーランだ。
「ごめんな。あいつ、何も考えずに好きな球を打つタイプなんだ」
米沢が謝るが、とにかく一点リードに変わったことを喜ぶべきだろう。
しかしまあ、そんな簡単に勝たせてもらえる相手ではない。しかもこちらは県内の公式戦連敗記録を更新中の超弱小チームなのだ。他のチームにとっては、舟形に負けることは「連敗をストップさせた学校」として名を残す意味を持つ。随分と曲がった意地かもしれないが、そう思うのも分からなくはない。
三回表、四球とライト前ヒットで無死一・三塁を作られる。ふと、俺は監督の心理の話を思い出していた。
――ウチみたいなとこを相手に複数点狙えるチャンスを逃したら、どう思うだろう?
遊撃手の泉田もそれを察したか、ゲッツー体制を取る。監督もその守備体系にするようサインを出している。ホームへは投げないということだ。そして三球目を打った砂越の打球は、なんと俺の正面に転がってきた。
「セカン!」
二塁ベースカバーの泉田にトス。すぐに一塁へ送られダブルプレー。併殺で同点を許した。
「よく同点で止めたね。安心したよぉ」
ベンチに戻ると、監督からそう声をかけられた。
「しかし皆、連係がよく出来てるねぇ。守備練のほとんどを連携に割いたのは分かるけど、なんでそんなに軽快なの?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。内外野手は吹浦以外の俺たち六人、同じ中学なんですよ。吹浦も守備の連係上手いし。だからそれなりに形にはなってるんじゃないですか」
初耳だった。確かに六人は全員徒歩通学だ。あれはただ単に家が近いからだけだと思っていたが、中学校時代のチームメイトならあの連携も納得だ。
その後、舟形は四回裏一死から四球で出た走者を二塁へ送ると、荒砥の適時打で勝ち越しに成功した。相手の監督がタイムをかける。
『新庄栄高校、選手の交代をお知らせ致します。鳥越くんに代わりましてピッチャー伊佐くん。九番ピッチャー伊佐くん。背番号1』
ここでエースの伊佐に投手を交代してきた。走者が残っていたのでまだいけるかと思ったが、古口はショートゴロで荒砥が二塁封殺。1点どまりとなった。
伊佐は前評判通り、いやそれ以上かもしれない実力を見せてきた。小技を期待されていた俺だったが、走者がいなければ仕掛けも通用しないわけで、高瀬は凡退し、俺もあっさり三振してしまった。そこから六回裏終了までは四者連続三振。つけ入る隙を与えてくれない。
そして七回表、ついに今泉が捉まってしまう。一死から三者連続安打を浴び、二番角沢の犠牲フライで同点にされる。なお二死一・二塁で次の砂越にもセンター前へはじき返され勝ち越しかと思われたが、高瀬のバックホームでタッチアウト。なんとか食い止めた。
この調子で勝ち越し、といきたいところだったが、七回の裏の攻撃も内野ゴロ二つと三振で三者凡退。流れを呼び込もうと伊佐も抑える。相手に、つまり強いほうに流れがいきかけているのだから、かなりマズい状況だ。
そのマズい予感は、残念ながら的中してしまう。八回表、先頭の四番南野にレフト前ヒットを打たれる。五番打者の一年生、新町をなんとしても抑えたいところだったが、インコースに上手く対応され打球はライト前へ。二塁手の俺もグラブを伸ばしたが、僅かに届かなかった。スタンドの歓声が大きくなる。
「悪ぃ、今泉。流石に攻めが安直過ぎた」
米沢が再度マウンドへ駆け寄る。今泉も少し疲れているようだ。
そして俺が追いつけなかった打球への数センチの差は、その後の犠打、適時二塁打となって表れた。さらに二死から一・二塁間へもう一度転がってきたが、また追いつくことができずにライト前ヒット。結局この回3点を奪われた。
3-6。八回を終わって3点のビハインド。エース今泉の投球数は既に120球を超えていた。もはや絶望的だ。