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それじゃダメなんです。

「まったく……。監督が千歳先生なんて聞いてねえよ。あの人、担任も部活も持ってなかったのに、なんで急に野球部なんか指導し始めるんだ。……これじゃ食事に誘えるチャンスが……」

 職員室に戻った幕ノ内は、そう独り言ちた。

 正直、最初の職員会議での一目惚れだった。大きな瞳に明るい笑顔、庇護欲をかき立てるちんまりとした体。そして、身長の割には大きいと思われる胸を見れば、男の欲望(劣情?)をかき立てることなど、造作もないことである。

 が、本人は超が二つか三つ付くほどの鈍感で、教師として勤務する間は女としての意識が薄い。というかほぼ無い。体育会系でもないのに「楽だから」という理由でジャージを着用している。昭和時代か、と言いたくなるような風貌である。

 しかし、気に入られたいのならば、少しの言動にも気を付けなければならない。そこで幕ノ内は、説教をほどほどに切り上げたのだった。


 ところ変わってグラウンド。野球部は練習後の片づけをしていた。

「え? ピンポン玉?」

「そうです」

 高瀬が目論んでいるのは、どうやら打撃力の強化のようだ。

「ああ、芯に当てる練習? 確かに有効みたいだね。でも……うーん、ゴメン! 買ってあげたいのは山々だけど、廃部が決まったから部費がほとんど出ないんだ」

「あ、そしたら俺ん家にペットボトルのキャップ山ほどありますから、それで代用しません? 空気抵抗で不安定なのは変わんないし」

 学校の最寄駅から五駅のところに住んでいる米沢が、助け舟を出した。

「あー助かる。じゃあ次の火曜に持ってきてくれる? 無理のない範囲で」

「了解です。もしかして、先生も勉強してるんですか? 練習方法」

「そりゃ少しはね。今まで、戦術とかにしか興味なかったからさ。あ、来週の月曜は視聴覚室集合ね」

「はい。じゃあ、グループチャットに流しておきます」

 他の部員も、千歳のことを監督と認めるようになってきていた。今泉もとりあえずは納得したようだ。


 **********


「さて今日なんだけど、目標を決めてほしいんだ。大会でどこまで行きたいかの」

 週明けの月曜日。視聴覚室に俺たちを集めた監督は、唐突にそう口にした。

「はい」

「はい高瀬くん」

「まず一勝を目指すのが良いと思います」

 監督は前のホワイトボードに「1勝」と書いた。

「なるほど。他には?」

「……あの、目標っていうか、疑問っていうか」

 次に手を挙げたのは遊佐だった。


「1勝を目標にして、1勝できるんでしょうか」

 沈黙が訪れた。確かにそうだ。

 県予選は大体一回戦からだが、組み合わせの都合で二回戦からになることがままある。その場合ほとんどは一回戦を勝ち上がってきたチームとの対戦になるので、相手は勢いづいている。勢いだけで勝てるほど甘くはないが、大事な要素でもある。それにこれは、この前監督が言った心理にも当てはまる。

「実に良いね、ゆっちゃん」

 なぜか監督は、遊佐のことだけあだ名で呼ぶ。

「そう、同じ1勝でも、組み合わせによって違う。だから単に『1勝』を掲げても、はっきり言ってそれじゃダメなんだ」

 となると……。俺は手を挙げた。

「はい、吹浦くん」


「俺はベスト8を目指したいです」

 突拍子もない目標だ。()()()()()()()

「『三年の夏まで』に、県ベスト8に入りたいです」

 集まった十一人のうち、俺を除いて八人が驚きの表情を見せた。俺は気にせず続けた。

「教頭先生が『実績を出せ』って、言ってましたよね。ベスト8レベルなら、文句は言われないと思います」

 しかし、監督は動じなかった。

「……それは、教頭先生に言われたから目指すの?」

「違います。このメンバーなら、ベスト8まで行けると思ったからです」

 根拠はないです、すみません、と俺は付け足した。

 しかし、それに同調、いやそれ以上を出してきた男がいた。俺のベスト8宣言に動じなかったもう一人、今泉だ。


「はい先生。どうせなら甲子園目指したいです。俺はやれると思います、このチームなら。根拠はありません」

 俺以上のバカがいた。


 **********


「甲子園かぁ。考えたことなかったな」

「今泉以外そうだと思うけど。っていうか来週は、春季大会の組み合わせ抽選だろ」

「ああ、そうだった。……で、やっぱり俺?」

「主将が行かなきゃ話になんないだろ」

「えーっ、参ったな」

 くじ運悪いんだけどなぁ、と高瀬は肩を竦めた。

 ウチからしたらどこだって格上だし、あまり変わらないだろうとこの時は思っていたが、組み合わせの結果を見た時に、改めて高瀬の引きの弱さを実感することとなる。


「マジかよ……」

 トーナメント表を見て、俺はそう呟いた。俺たちが通う学校の名前「舟形ふながた」の隣には、「新庄しんじょうさかえ」と書かれていた。甲子園出場経験のあるところだ。

「弁解のしようもありません。大変申し訳ない」

 そう平謝りした高瀬を、監督は「いや、くじって運なんだから、謝ることないよ」と慰めた。

 しかし、ことごとく運が悪い。春季大会はまず周辺の学校と当たる地区予選が組まれているのだが、過去十年中七年はこの新庄栄、もしくは前身の新庄西(にし)との対戦だ。呪いにでもかかっているのだろうか。

 それに甲子園出場経験と言っても60年前に一度出たきりで、古豪と化している。それなのに、まったく勝てない。

 何より、いい方向に行きかけていたチームのムードが台無しになったことのほうが気にかかる。そんなマイナス思考に陥っていると、監督が言った。

「よし、じゃあまずは相手の研究からだね」

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