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第一章 第7話 - 人間見ちゃったブウ -



 金属音を鳴り響かせながら、街道を通過してゆく馬車。



 手綱を持つ人物は中年の男性のような顔立ちで、まっすぐ前を向きながら猫背で座っている。

 なにかの革でできたベストのようなものを着ており、胸のあたりにはカーヴィングにより飾られた優雅な模様が見える。

 幌の後ろから見える荷台にはフードを目深に被った人間がもう1人見え、なにやら剣のようなものを抱きかかえている。

 足に隠れて鞘は見えないが、柄にはステッピング目的と思われる加工が施され、実用性と装飾性を兼ね備えた美しいデザインのようだった。


 わずか数秒の出来事。

 馬車はそのまま止まることなく、引き続きリズミカルな音を響かせながら街道の左手へと消えて行った。






 たっぷりと時間が経ったあと、息をひそめていた俺は茂みの中からゆっくりと立ち上がった。


 俺は今、異世界に来てから最も混乱していた。

 俺は転生してから今まで土器を作り、石を磨き、まるで石器時代そのもののような生活を満喫していた。ところが、今目の前を人間が通った。

 それなりに進んだ技術が取り入れられた馬車をつくり、剣のような武器も携える文化を持つ人間がいた。

 そして彼らが通ったこの街道らしき道では恐らく、同じようなたくさんの人間をのせた馬車が同じ道を複数回通っている。




 正直に言えば、この世界にも人間がいてくれることを心のどこかで期待していたのは事実だ。




 だがすぐに思い出す。

 俺はオーク。人間にとって今の俺は、友好を築ける相手である可能性は限りなく低い。

 荷台に乗っていた人間は、剣のようなものを抱いていた。

 あれは馬車の護衛で、俺のようなモンスターが出没したときに馬車を守るため、モンスターを殺す役目の人間に違いない。



 モンスターを、殺す役目────




 そんな考えが浮かんだ瞬間、俺は無意識に後ずさりをしていた。

 確証はないが、いま俺は人間に見つかれば攻撃される。

 そう感じたとき、気付けば俺はドズドズと大きな音を立てながら走り出していた。

 森の中の通り慣れた獣道を混乱したまま走る。

 艶やかなシルキーフルーツの実や、かがめばすぐにでも採れるキノコも、目の前に落ちている木の実にさえも、目もくれずに走る。

 走り出してからどれくらい経ったのかは覚えていないが、息も上がり始める。やはりこの身体は走るのは得意ではないようだ。

 いつしか周囲が見慣れた光景になり、自分のいる場所が住処の洞穴からほど近い川べりであることに気付くと、荒れた息を整えることもせず水面に顔を突っ込んだ。



 相変わらず低い温度の水は、火照った首筋や頭を瞬時に冷やしてくれる。

 ザバッ、と一度顔を上げると俺は再び水面に顔を近づけ、透き通った水をがぶがぶと飲んだ。

 口内と喉が潤う。胃が冷たい水を受け入れ縮み上がる。


 美味い。

 やっぱりこの世界の、この川の水は美味い。


 少しだけ落ち着きを取り戻し水面から口を離した俺は、顎までをびしょびしょに濡らした状態でゼェゼェと肩で息をし、水底に両手をついたまま考え込んでしまった。




(この姿で人間には近づいちゃマズいブウ……。

 剣を持っていたという事は、彼等もモンスターから身を守る手段を持っているブウ。そんなところにオークなんかが近付いたら……)




 ふと、久しく忘れていた女神の言葉を思い出す。




  ”──ニンゲンの言葉もわかるようにしてアゲルわァん☆”




 語尾の“ブウ”まできっちりこの身体に刻み込んでいた女神のことだ、恐らくは本当にこの世界の人間の言葉も理解し、話せるようになっているに違いない。

 誠心誠意話し合えば、俺も人間と意思疎通して仲良くなれるかもしれない。

 人間がいるなら、その街を見てみたい。暮らしを見てみたい。大きな都市はあるのだろうか、通貨はどんなものなのだろうか。

 そういった異世界の人々の暮らしを覗き見てみたい。


 だが、何も確証がない。

 どこからどう見てもモンスターであるこの姿では、話し合いまで持っていける自信が全く無く、ひとたびモンスターであると認識されたが最後、命を付け狙われる可能性すらある。





 そして何よりもモンスターとして扱われたとき


 人間の心を持つ俺自身が耐えられないかもしれない。





 襲われても身を守るだけの力はある。

 しかしこの鈍足では逃げ切れる自信がない。

 となると、人間に襲われたら間違いなく戦わなければならなくなる。

 相手は狼や猪とは違う。人間は彼らに比べ非力ではあっても無限の知恵と文化と武器がある。

 本気で戦うしかないかもしれない。

 手加減などできないかもしれない。

 この腕力では、人間を殺してしまうかもしれない────





 バチリと目を開けると、顔からポタポタと垂れている雫で歪みながら水面に映し出されている自分の顔が見えた。

 しばらくの間、じっと自分の目をのぞき込んだあとすくと立ち上がると、河原まで戻りドズンと腰を下ろす。


 上を見上げれば、雲一つなく視界一杯に広がる青空がある。

 異世界における自分の住処としているこの土地は標高が高いところにあるのだろうというのは、周囲の雰囲気でわかる。

 今見ているこの青空も、人間のころ見ていたどの空よりも青が近く、飲み込まれそうだ。

 朝の予想通り、最高の散策日和。

 ちょっと肌寒いことを除けば、俺はこの世界が好きだ。

 俺は日の光を浴びながら、目を細める。




「……それでも……」



 牙の突き出た唇を、ギュっと結ぶ。




「それでも、人間と話してみたいブウ! この世界を、もっと知りたいブウ!」







 思ったことを正直に口に出すと、直前までの悶々とした頭の中がウソのように楽になった。

 そうだ! 俺は人間の言葉を理解できる、女神の加護を受けた希少なオーク!

 こんな存在は、この異世界といえど俺だけしかいないかもしれない!

 ならば、人間を避けて何になる!

 この能力を生かすためには、何よりも人間と話す機会を作らなくては意味がないじゃないか!




「お昼ご飯を食べたら、もう1回だけあの街道に行ってみるブウ! よぉ~し、そうと決まれば腹ごしらえと準備だブウ~!」




 自分でも薄々感じている。

 この身体になってからというもの、時折思考がとても楽観的になることがある。

 頑丈な肉体と屈強な四肢を持っていれば怖いものもそれほどなく、この身体がそれを後押しをしているのかもしれないが、自分でもたまに「あ、今のはもう完全にオークだな」と感じてしまう。

 もしかして、本当に段々とオーク化してしまってるのか?


 しかし今の俺にとって、その心の変化こそが喜ばしいものだった。

 この世界で体験することは未知なるものばかり。

 それでもこのオークの身体と人間だったころの頭脳があれば何とかなってしまうだろうし、実際今日までそうだった。

 ならば、あれこれ考えてから行動するのはオークらしくない。当たって砕けろでいいじゃないか!


 目標はたった一つ。

 欲望を満たすために動く!

 それは原始的な三大欲求だけに限らず、つまるところ自分のやりたいと思ったことをやる事。

 この身体はそのチャンスを与えてくれるのだ。



 俺は周辺で収穫できる食料を腰から下げた籠いっぱいに詰め込み、また何本かの葉の付いた枝を持ち帰った。

 洞穴に帰るとまずは収穫した果物やキノコを天日干しするスペースへ並べ、保存食を作る準備をする。

 それが終わるとすぐに、余った果物をボリボリと皮ごと食べながら作業に取り掛かった。






 ◇ ◆ ◇






 ガサッ




 草むらが揺れる。


 天頂に上った太陽は時間とともにやや傾き始め、あと数刻もすれば夕日に変わるであろう午後。

 街道を挟む二つの森のうち、片方の森のなかにモサモサと不自然に揺れる草があった。


 その正体は、手作りの隠れ蓑をかぶって茂みに身をひそめた俺だ。



 先ほど洞穴内で食事をとりながら、俺はこの隠れ蓑の作成に取り掛かっていたのだ。

 拾ってきた枝葉を何種類か組み合わせ、太い蔦でつくった骨組みに何層も結び付けていく。

 深緑の中で枯れ葉色の落ち葉がフワフワしていれば逆に目立ってしまうので、落ちたばかりの緑が濃い枝葉だけで作成した。

 ギリースーツ……と呼べるほど完璧なカモフラージュができるわけではなさそうだが、それでも頭からスッポリと被ると、オーク特有の威圧感たっぷりのボディラインがしっかりと隠れる。

 他人から見れば草の塊のように見えるはず!

 あぁ、やはり人間の頭脳を持つオークな俺は天才かもしれないな。


 このとき、オークよりもさらに一回り大きい草の塊になっていた俺は、他人から見れば怪しさ100倍になっていたことに気付くことは永遠になかった。




 こうして完璧に隠れたつもりになった俺は、午前中に潜んでいたところよりも更に街道に近い茂みのなかに身をかがめた。



(ここなら街道を通る人がよく見えるブウ! 顔まで見えちゃうブウー!)



 あれだけ晴れ渡っていた青空が、夕方が近づくにつれて徐々に雲が多くなっている。

 薄暗くなってきたことで隠れやすくなったのは嬉しいが、もしかしたら夜につれて雨になるかもしれない。

 午前中の快晴を見る限り夜まで晴れてくれると思っていたのだが山の天気は変わりやすいということか。

 雨に濡れることは全く問題ないが、雨など降れば人の往来が減ってしまい、人間に出会い話すという目標が達成できなくなるかもしれない。



「えぇっと……まず馬車が来たら、この隠れ蓑をとって街道に出るブウ……! そしてまずはご挨拶ブウ! 『こんにちは、ちょっとすみませんブウ! あやしいオークじゃないブウ!』……よォし、完璧だブウ……!!」




 フレンドリーに、かつ必要以上に接近しないように距離を保ち、言葉が通じることをアピールする!

 なんという見事な作戦。成功しない訳がない。

 万が一、武器を持った人間に襲われそうになったときはこの肩にかけている牙製棍棒で身を守る。

 完璧すぎて自分の才能が怖い。



(で、でも……できれば最初はバリバリ武闘派の人じゃなく、ちゃんとお話しができそうな人間がいいブウ……あ、でもこんな時間じゃ選んでいる余裕なんか無いブウ……というか、なんだか馬車が通ってくれるかどうかも怪しいブウ!)」 



 既にけっこうな時間を費やしているが、昼間に見たような馬車の往来は一度もない。

 その不安は的中し、孤独な時間とともに地平線に近づいた日の光は徐々に茜色に染まり始めた。

 空の青に隠れるように浮かんでいたアメジスト色の大きな月は、徐々にその姿を鮮明に現し始めている。



 よく考えれば、それもそのはず。

 武器をおびた人間を乗せた馬車が通るような道であれば当然モンスターや盗賊が出る可能性がある。周囲が薄暗くなればその危険は増すだろう。

 そんな夕暮れに差し掛かった街道を馬車で走るなど、襲ってくれと言っているようなものだ。

 そう思い至り、俺は今日中の目標達成を半ば諦めかけた。




(せっかく決心したんだから、本当は今日にでも人間と話してみたかったブウ……。ハァ~、残念ブウ。でもまぁ、チャンスは今日だけじゃないブウ! また明日も用意してここに来てみればいいブウ!)




 残念な気持ちがため息となって鼻からブフッと出る。

 人間に出会えることを期待して昼に大量に果物を摂取したものだから、夕方になってもまだ腹が減る様子がない。

 しかし気が張っていた分、どっと肩が重くなる感じがした。

 夜になれば森を歩くのも面倒になる。隠れ蓑をかぶったまま、すくりと立ち上がり帰ろうとする。






 すると────








「……ブウ?」




 オークの尖った耳が、なにかの物音を聞きつける。

 木のぶつかり合うようなガタガタという音に混じり、地響きのような音も聞こえる。




(な、何だブウ!?)




 反射的に身をかがめる。

 右手側へ延びる街道の先から聞こえたそれは、徐々にこちらに近づいてくるようだった。

 地響きはドカドカという馬の蹄の音に変わり大きくなっていく。

 と、音を発していた主が曲がり角の木の影から夕陽に照らされた街道へと現れた。









「……もうやめて……! 来ないでください!!」




 遠くでもハッキリと見えるその姿は、金髪の少女が操る荷車であった。

 少女は後方に向かって叫び声をあげている。

 見たこともないデザインの刺繍で飾られた服は、この世界の民族衣装だろうか。

 乗っている荷車は決して立派なものではなく、木箱を組み合わせて車輪に乗せただけの無骨なもので、ところどころに損傷が目立つ。

 そんな老朽化が一目でわかる荷車が、何故か街道を猛スピードで走ってくる。




「コラァ! おとなしく止まりやがれ! さもねぇと引き倒すぞ!」


「おいヨズ、待て! 金目のモンが傷んじまうから、そっと止めろ!!」



 その後ろからは、馬に乗った男が二人。

 乱暴な言葉を少女にむけて浴びせながら猛スピードで追いかけている。

 よく見ると、ヨズと呼ばれた男の手にはメイスのようなものが握られており、それを無造作にふりまわりながら段々と少女の荷車との距離を詰めている。


 逃げる馬車と、追う二頭の馬は俺の隠れている茂みの前を一瞬で通り過ぎて行った。



(こ、これは…………も、もしかしなくても盗賊ブウ!あの女の子が狙われてるブウ!?)


俺は無意識に隠れ蓑を脱ぎ去り、三人が通り過ぎた街道へ飛び出した。

三人が走り去った方向を見ると、追いかける男たちが乗る馬は少女が走らせている荷車へまさに追いつこうとしていた。





「うるッせぇんだよ、デビー! このままじゃ逃げられちまうだろうがァ!!」


「盗賊が荷物の価値を下げてどうすンだ! いいから前の馬を……」


「めんどくせェ! ……逃げるヤツってなァ、こうやって止めるんだよォオ!!」




 言うが早いか、ヨズという男は左手に持っていたメイスで荷車の右車輪を思いきり叩く。

 木でできた車輪の一部が大きく砕けた。









「ぁ、あ……危ないブウウウウ!!!!」




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