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第一章 第6話 - 新生活を満喫だブウ -



 異世界にて住居を得た俺は、その日から失敗と工夫を繰り返しながら異世界での生活基盤を作り上げていった。


 洞穴に隣接する森は豊かな自然が広がっており、果物や木の実がそこかしこで収穫できた。

 初日は落ち葉や枯れ枝を拾うことに気を取られていたため上を見上げることが少なかったせいもあるが、太い枝の先には色鮮やかな実が成っている。

 オーク一匹が食っていくには十分すぎるほどの実りだ。

 しかし甘い香りのする実は一見して食べられそうなものばかりであったが、中には口に含んだ瞬間からビリビリとしびれを感じるものもある。

 ひどいものでは果汁に触れた部分が真っ赤に腫れあがって強烈な痒みを出すものもあった。

 これを無警戒に口に放り込んでしまった日は地獄を見た。


「ブウウウ! ひゅひのあひゃは、はういブウウウウ!」

(訳:ブウウウ! 口の中が、痒いブウウウウ!)


 口内の粘膜がじくじくと痒み、唾液がとめどなく溢れ出てくる。

 腫れた頬の内側の粘膜のせいでものが上手く噛めなくなり、食べることもできなくなった。

 食べる時に果汁が触れた唇周辺もパンパンに腫れているため、下膨れをしている顔がさらに肥大して見える。

 こんな状態でさえ、語尾の ”ブウ”だけはしっかり聞き取れるから腹が立つ。

 アレルギー反応のように、気道が狭窄しなかったのは不幸中の幸いだ……。


 おそらく人間の世界と同様に、この世界の果物たちも”実”を守ろうと様々な進化を遂げてきたのかもしれない。

 そのうち俺は、収穫した果物はすぐには口に入れず、果汁を肌にたらしてしばらく待って異常がなかったものだけを食べるようにする習慣が身についた。



 水辺には巨大な葉をもつピンク色の花が咲いていた。

 葉の表面は水をはじく性質を備えていたため、皿の代わりなど様々な用途で使えそうなので収穫を試みた。

 しかしコイツは実は巨大な食虫植物の一種だったようで、水面に浮かぶ葉をもぎ取った瞬間に水中で蔓が足に絡み始め、正面にあった花弁がぐるりとこちらを向いたときは驚きのあまり大声を出してしまった。

 幸い、蔓はオークの怪力を抑え込むほどの力はなかったため脱出できたものの、小動物だったらあのまま蔓に巻かれて花弁に放り込まれていたのだろうか。


 葉はゲットできたものの……異世界、まったく油断ならない。



 洞穴の付近は岩肌の目立つ山脈だったが、雨水により土砂崩れが起きたのであろう斜面では粘土質の土がむき出しになっていたため、生活に必要なものは土器で作成することができた。

 最初は見様見真似で壺や皿をつくり焼いてみたが、空気をぬく作業が不十分で割れたり、水を入れても漏れだしたりとなかなか上手くいかなかったが、こちらは仕事もなにもないオーク。

 有り余る時間と無限のフィジカルは何度でもチャレンジの機会を作ることができた。

 そのうち最適な土を作ることができるようになったため、思いついたものはとにかく何でも土器で作り上げていく。


 皿、器、壺にはじまり、かまど、鍋なども次第に揃っていった。

 途中、調子にのった俺は作品の底などに「旺喰焼オークやき」と銘を彫り、ひとりブランド焼き物工房のようなものを作り上げて自己満足に浸っていた。

 わざと歪な形に作り上げた謎の皿や、狼を模して作った奇妙な埴輪などを作り上げては、寝床にしている落ち葉のベッドの付近に並べて毎晩ニヤニヤしながら眠りについていたのだが、ある晩あまりに酷い寝相のせいで寝ているうちに付近の作品のほとんどが蹴飛ばされ、朝目覚めたときにはあたり一面に破片だけが散乱していた。

あまりにもショックで、その日は一歩も外出せずに洞穴の奥で割れた破片を指でコロコロしていたのを覚えている。



 衣類に関してはかなり苦労した。

 初日に獲得した狼の皮で腰巻でも作ろうと思っていたが、二頭分確保した皮のうち、一頭分は数日で腐敗してしまった。

 どうすればよかったのか見当もつかないが、たしか動物の皮は「なめす」作業が必要であると聞いたことがある。

 だがその「なめす」が果たしてどんな作業を指すものなのかサッパリわからない。

 運よく残った一等分を風通しのよい日に岩の上で天日干ししたところ、ゴワゴワにはなってしまったがなんとか腐敗せずに残ったので腰に巻いてみることにしたが……



「ぜ、全然大きさが足りないブウ…………」



 転生してからずっと露出しっぱなしの股間部を覆い隠そうとしたものの、ふんどしの前布程度の面積にしかならない。

 そもそも裏面が股間のモノにあたるたびにゴワついた肌触りが祟って先端が痛い。試しに裏返してみたが、こっちはさらにひどい。

 狼の毛はかなりの剛毛で、皮が動くたびに先端にブスブスチクチクと刺さる。


「あいだだだだだ、先っちょが痛いブウウ! ぬあァァもうダメだブウ! これじゃ何も履かないほうがマシだブウー!!」



 と、着衣を諦めかけていたとき、いつも収穫している果物の木の樹皮がやたらと滑ることをふと思い出した。

 高い箇所にある果物を収穫するためその木に登ろうとした際、表面が削れて内部の樹皮がむき出しになっているところに足をかけたところ、ふんばりが効かずに足がズリ落ちてしまい、そのまま地面まで落下するハメになってしまったことがある。


 翌日収穫に赴いたとき樹皮のめくれた該当の果樹を見つけたのではがしてみると、予想通り内部がスベスベの樹皮が採れた。

 しかもよく乾燥した状態にも関わらずスベスベしっとり感が残っており、まるで絹のような肌触りがある。

 樹皮をはがす際にささくれなども生じることなく、層になった状態で1枚ずつベリベリと剥がせるので調達もこの上なく楽チンだ。

 俺はこの果物を勝手に「シルキーフルーツ」と呼ぶことにして、腰巻きの材料にした。

 森で拾った細枝と蔦を使ってシルキーフルーツの樹皮を編み上げ、胴回りにぐるりと巻き付けてみると………


 これはいい、股間も尻もスベスベの樹皮があたるので履き心地は抜群だ!

 しかも外側は固めの樹皮がそのまま残っているので、防御力もそれなりにある。

 さらに保温のために使えずに残っていた狼の革をその上から被せてみると、うっわ、もうコレ最高にカッコいいじゃないか!

 俺は別にだれにも見られていない以上はすっぽんぽんでも構わないと思っていたが、予想以上に良い出来栄えになったため、洞穴の外へ出かける際は決まって着用するようになった。



 だが、快適なことばかりではない。

 これほどにまで実りの多い土地では当然、他のモンスターも出没する。


 ある日燃料のための薪を拾ってると、木々のはるか向こう側に気配を感じた。

 狼と遭遇したときもそうだったが、このオークの身体には野生のカンとも言うべき索敵機能が備わっているようで、自分以外の生物やモンスターがいた場合にある種の「予感」のようなものが脳裏をよぎる。

 気配のした方向に向き直り目を凝らして見てみると、そこには下顎から左右あわせて大小計6本の牙を生やした猪のようなモンスターがいた。

 相手は既にこちらに気付いており、まっすぐにこちらを向いている。


 最も巨大な牙は野球のバットよりもさらに大きいくらいで、そんな大きさの牙を複数生やしているためか猪の頭部はかなり前傾の姿勢になっているように見える。

 が、それは突進前の戦闘姿勢も兼ねていたようで、みるみるうちにこちらへ一直線に突撃してきた。


 俺は抱えていた薪や小枝を放り投げ、すぐさま迎え撃つ体勢を整える。

 転生後の生活でオークの怪力を存分に利用した生活を送っている中で、自分の身体はどれくらい強いのかをなんとなく理解していた。

 転生初日に狼と戦ったときのような不安は、もう無い。

 豪速で突進してくる眼前のモンスターも受け止められるという自信が沸いてくる。

 「戦う」と決めた瞬間に全身に力がみなぎり、普段の生活時では見られないほどに筋肉が隆起する。

 モンスターは真正面から俺の腹めがけて突っ込んできたが────



「ブゴオオオオオオっ!! ……このくらいじゃオークは吹っ飛ばせないブウ!」



 難なく受け止めてしまった。

 首を振って下半身を牙で傷つけられる前に握りしめた拳を打ち下ろす。

 眉間に直撃したそれは一撃で猪型のモンスターを昏倒させ、あっという間に決着がついた。

 このオークの身体では、小さな動物やモンスターは姿を見た瞬間に一目散に逃げ出してしまうため、動物性タンパク質を摂取できる機会はあまり多くなかった。

 こうして比較的大型のモンスターが自分に対して襲い掛かってくることは、むしろ肉や革を手に入れられる絶好の機会であるため、俺はいつしかモンスターと遭遇することを内心喜ぶようになっていた。

 今回仕留めたこの猪型モンスターもごちそうであり、革も利用して水筒などを作ってみるつもりである。

 いちばん大きな牙は武器にできるかもしれない。


 いつもどおり河原まで運んでいき、身の半分を川の水に浸して冷やしながら血抜きをする。

 使用している包丁は石包丁を改良したもので、特に固い石をオークのパワーで砕き、砕けた大き目の破片を毎日研ぎ続けて鋭利な刃をもたせた自信作だ。

 モンスターの骨に食い込ませても簡単には刃こぼれもせず、日々の手入れで鋭さを保っている。

 打製石器から磨製石器へとひとり文明開拓をすることで、異世界生活は日に日に快適になり


 生活が楽しくなる一方だった。



 固い繊維質の植物を見つけたら、その葉を編み込んで籠を作り魚り、

 松脂のような樹脂が滴る木を見つけたら、松明をつくって洞穴内の光源にし、

 香りの強い草花を見つけたら、臭みの強いモンスターの肉に刷り込んで調味料にし……







 転生してからの日数をカウントするのが億劫になってきた、ある日────






「……ブウ!? こ、これは……!」






 唐突に見つけてしまった。






「街道、ブウ……?」










 俺はその日、寝覚めがよく、しかもいつもより早い時間に起きた。

 空では相変わらず山頂付近で雲がくるくると踊っていたが、遠くに見える山々の頂までくっきりと見える。


 こんな日は大方一日中良い天気が続くことが多いので、俺は森のもっと奥まで探索し活動範囲を広めてみることにした。



 破損のたびに修復したことでより丈夫なつくりになった腰巻きを履き、腰の部分に今朝汲んだばかりの水が入った猪革製の水筒を下げる。

 左手には太い蔦を何本も使って編み上げた、目の粗い魚籠を持つ。

 水に入れれば魚を採るための罠になるし、そのまま使えば収穫した木の実などを入れる籠になるので便利なものだ。

 中にはあらかじめ洞穴奥の壺で保存してあった、油分の多いナッツに似た植物の実を携帯食として十数個入れてある。


 そして右肩には、以前倒した猪型のモンスターから牙をもぎ取り、持ち手の部分に枯れた稲藁のような植物を巻き付けて滑り止めにし、同じ素材でつくった太い縄でくくり肩に背負えるようにした骨製の棍棒をかついだ。

 この牙製棍棒は、骨などの骨髄組織のある大腿骨などと違って内部の密度が段違いに詰まっており、オークの怪力で打ち付けてもへし折れずに打撃を与えられる最高の武器だ。

 木の幹や石斧、槍なども試してみたがどれも数回使うだけで壊れてしまい使い物にならなかった。

 しかし牙製棍棒は俺の打撃力をそのまま対象に叩き込める優れた耐久性を持っている。

 繰り返しの使用で表面はキズだらけになってしまっているが、異世界のモンスターを相手に全戦全勝を重ねてきた心強い相棒だ。



 遠出をするときはこのセットを身に着け、万全の体制で出かけるようになっていた。



 武器もあるため気持ちも大きくなり、行きたいと決めた方角があればどんどん足を踏み出す。

 繰り返し通ったことのある森の道には、いくつか目印をつけているため迷うことはもうない。

 目指すは新記録、森の奥地で行けるところまで行ってみよう!

 ここから先はまだ未踏破の森だ、この森の先に何があるのか見てやるぜ!



 ……と意気込んで歩くことわずか十数分、突如として森の木々が途切れてしまった。



 そして目の前には1本の道────


 そう、道があったのだ。







「……ま、間違いないブウ……これは道だブウ……!」



 その道はふたつの森に挟まれるようにして続いている。雑草のようなものがまばらに生えてはいるものの、明らかに森のなかの道とは異なり踏みしめられたような固い土がむき出しになっている。

 小石などもすべて道の端に追いやられており、これは道の中央を何かが繰り返し通った痕跡である。道の中央には小さく盛り上がった轍まであった。

 両脇に続いている凹みは車輪のようなものが通った跡に見える。



 やはりそうだ


 この道は繰り返し往来で使用されている街道で


 少なくとも荷車や馬車のようなものが通っている。





 急に文明の匂いに遭遇してしまい、俺は大きく混乱していた。

 そんな時、右手に続く街道の向こう側から何やらガシャガシャというリズミカルな音が聞こえてきた。

 大慌てで森の木々のなかへ引き返し、辛うじて街道が見える木の影に身を隠す。



 ガシャカッ、ガシャカッ、ガシャカッ、ガシャカッ……




 段々と近づくにつれて大きく聞こえてくるそれは、蹄鉄と手綱の音だった。


 目を凝らしてよく見てみると、さきほどの街道を右から左の方向へ馬車が走っていく。

 二頭立ての馬車は木と金属で作られた無骨なデザインであったが、繋がれた手綱が揺れるたびにキンとした音が一定のリズムで響いてくる。

 荷台は幌馬車になっており大きな幌が被せられていた。

 荷台の脇には大きな樽がくくりつけられており、その前には暗闇でも走行できるようなランプと思われる装置が取り付けられている。

 車輪は軸を金属で補強されており、軋んだ音を立てながらも軽快に前に進んでいく。


 そして俺は、その馬車に乗っていた人物を見た。






 人間だ。




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