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第一章 第5話 - 手探りの出発だブウ -



「う~~~~ん……どうしたものかブウ……」




 巨大狼を追い払ってからしばらく後────

 俺は川辺におり、目の前に置かれた狼の死体2匹分をどう解体すべきか悩んでいた。




 戦いを終えてその場を離れようとしたとき、川のなかに自分が仕留めた狼が2匹、水に浸かったままになっているのが見えた。

 自分がその命を奪った以上は責任をもって回収しなければならないという使命感を感じ、水から引き上げ両腕にかかえて移動を開始した。



 どちらの狼からも致命傷となった傷口からボタボタと血液が流れ出ている。

 こんな状態で森の中を歩けば血の匂いをまき散らし、ふたたび異世界の生物に襲われかねない。

 ダイアウルフ、そしてここにオークが1匹いる以上は、ファンタジーの世界で想像しうるモンスターが突然飛び出してきても何ら不思議はないのだ。


 身体は小さいが集団で襲い掛かるゴブリン。

 人狼のような外見で治金術に長けるコボルト。

 オークよりも更に巨大な身体をもつトロール。

 魔法まで使うと言われるオーガなどなど……。


 人間だったころはそれなりにゲームや漫画を嗜んでいた俺は、出会いたくないモンスターが次々と浮かんでくる。自分の想像力が恨めしい。

 今回は狼相手に勝てたから良いものの、そんな知能を持っていそうな奴らに出会ってしまったら一体どんなことになるのか。

 狼との闘いを経て、自分の身を守ることに関しては少し自信が持てた俺だったが、オーク危うきに近寄らず。

 危険を避ける行動をとることに越したことは無い。


 そうだ!

 川辺のごく浅い箇所を歩くことで自分の臭いや血痕を残さないようにしながら歩けるのではないだろうか?

 そう思いついた俺は、川に沿って下っていくことにした。






 移動の最中、岩肌がむき出しの山々の間を縫うように流れる川から見る風景は、それはもう見事なものだった。

 吹き付ける上昇気流により作られる雲はくるくるとその形を変えながら生まれては消えてゆき、少し強く風が吹けば背の低いクマザサに似た植物はザザァっと一斉に音を立ててなびく。

 はるか上空では人間世界では見たこともないほど長大な尾羽を持つ巨大な鳥が、甲高い鳴き声を山脈に反響させながら飛び去っていくのが見えた。

 よく見れば、天空には鮮やかなアメジストのような色をした大きな月がうっすらと青空のなかに浮かんでおり、俺は本当に異世界へ来たんだなぁとしみじみ感じることになった。


 わずか数時間前までは、こんな異世界の大自然の川べりを素っ裸の状態で狼の死体をかつぎながら闊歩することになるなど全く想像していなかったが、いざやってみると意外に気持ちのいいものだ。

 羞恥心は人間の身体に置いてきてしまったに違いないな。




 あぁ、悪くない。

 俺はこの世界、嫌いじゃないぜ!





 さしあたって、当面の問題は、衣・食・住だ。


 異世界に降り立って数時間は経過していると思うが、いい加減腹が減ってきたのを自覚している。

 両腕にかかえている狼は、この先食べ物らしいものが入手できなかったときのための食糧だ。

 狼など食ったことはないが、この世界では選り好みなどしている場合ではない。

 だが最低でも火を通さないとダメだろうな……などと考えているが、さっきからオークの血が俺に語り掛けてくる。


「生で食っちゃえよ! 今の俺ならイケちゃうぞ☆」、と……。



 いやいやいやいやいや、それだけは勘弁だ!

 いくらオークに身を窶したとはいえ、バリバリのイヌ科モンスターの肉を生のまま食いちぎるなんてしたくない!



 ……となると、まずは火をおこすための木材を手に入れること。

 それから火を維持するための拠点を決めることが必要になる。

 暗くなる前にそれらを探さなければ────




「……ブウ? あれは…………」



 考えながら歩いていると、川に沿って続いていた林が途切れ、見晴らせるようになった山の麓に、小さな洞穴がぽかりと空いているのを見つけた。







 そこは川から程よく離れた小高い坂の上にあり、南西側に口を開いた穴はさほど深いものではなく、この時間に差し込む陽光が最奥まで届いている。

 洞窟と呼べなくもないがそれほど大規模なものではなく、まさに「ほら穴」といった具合の横穴だった。

 大きさはそれなりにあるので、オークの身体でも狭苦しい印象はない。

 日の光が入るおかげでじめじめとした湿気だまりのような陰鬱さは無く、身を横たえても不快ではないだろう。


 斜面の上にあるため、雨などで川が増水しても氾濫に巻き込まれることは無さそうだ。

 内部の床も出口へ向かってゆるやかに傾斜があるので、雨水が洞穴内部に流れ込んでくる心配もない。

 同じように天井も出口にむかって高くなっているため、内部で火を焚いても一酸化炭素中毒になる可能性は少ないように思える。


 近くには上流にあった林とは異なるかなり大きい森があり、食料の獲得が見込めるかもしれない。

 洞穴前の斜面を下れば一直線で川までたどり着けるので、水の確保も面倒ではない。

 おぉ……なかなかに優良物件じゃないか。俺が住んでいたアパートなんかよりも快適だ。




 気になることがあるとすれば



 洞穴の奥には、何本かの朽ちてボロボロになったごく短い丸太が転がっていた。

 乾燥具合や表面の劣化からすると何年も前のもののようだが、こんな斜面の上にある洞穴に外部から丸太が自然に転がってくるとは思えない。




 そしてその丸太が置かれた箇所の中央の床に、煤のようなものが付着した箇所がある。



 間違いなく、火を焚いたであろう痕跡。

 狼や熊ではこのような行動はしない。これは、明らかに知性のある生物が何年か前に「ここ」を利用した形跡だ。


 可能性としては、モンスターの線が濃厚だろう。

 火を扱う程度の知能をもった亜人種がいるとすれば、ここも警戒しなければならない。

 だが俺は、希望的観測でもう一つの可能性に期待していた。




「……この世界にも、人間がいるかもしれないブウ……」



 俺は煤によって汚れた地面を中心に囲みながら、丸太を椅子がわりにしている人間の姿を想像していた。


 人間に限らず、エルフやドワーフかもしれない。

 もし本当にいるのなら、会ってみたいと思う。





 だがすぐに、会ってしまったらどうなるのか考えてしまった。


 今の俺はオーク、そしてオークはモンスターだ。

 俺がもし人間のまま、今の姿のようなオークにばったり出会ったならば間違いなく逃げる。

 武器があれば殺そうとするかもしれない。

 エルフならたぶん、魔法か矢が飛んでくる。

 ドワーフなら…………



 そこまで思い至り、俺はうつむいた。

 今の姿の俺にとっては、どのモンスターよりも「人間」が脅威となるかもしれない。

 ふと、幼いころにやっていたゲームで、経験値稼ぎアイテム獲得のためにフィールドを歩き回り、出会ったモンスターを皆殺しにしていたことを思い出した。

 今考えれば、モンスターにとってあのゲーム勇者は通り魔であり、追い剥ぎだ。

 強盗殺人目的でうろつく人間などあまりに恐ろしすぎる。アレと同じことをする人間がいる世界だったら……。





 ……いかん、気分が沈んできた。

 もうやめよう。



「よーし、異世界第一号の我が家はここに決めたブウ!!」


 こうして、ワイルドなテイスト溢れる洞穴で暮らす、俺の異世界生活が始まったのだった。





 ◇ ◆ ◇





「ブウウ。さて、まずは……火をおこす準備だブウ」



 狼二匹を洞穴の奥へ安置し、俺はすぐ脇にある森へ小枝や葉っぱを集めに出かけた。

 ひとたび森に足を踏み入れると、そこには上流にあった林と比較してかなり多くの木々が生い茂っていた。

 広葉樹から針葉樹、蔦植物のようなものまで見えるが、木漏れ日のおかげでさほど暗い印象はない。

 地面には茶色くなった枯れ葉が落ちており、どれも程よく乾燥している。もしかしたら、この山々は今の時期は乾季のような季節なのかもしれない。

 これならば火をおこすためにわざわざ乾燥させなくてもよさそうだ。


 両手いっぱいに集めては、先ほどの洞穴まで抱えて運ぶ。わずか数回の往復で、洞窟の奥は落ち葉でいっぱいになった。

 火種となる柔らかそうな繊毛のついた葉もあり、燃料として使わないのならば天然のベッド替わりにできそうだ。



 夕闇が落ちるまでまだ幾分か猶予がありそうなので、俺は狼の解体に挑むことにした。

 と、ここで困難にブチ当たる。

 解体したものを保存する場所がどこにもない。ちょっと置いておくような清潔なテーブルもない、というより、そもそも包丁がない……。

 「職人も 道具なければ 仕事なし」と大学時代のゼミの教授が言っていたが、まさにそうだ。

 人間社会はいかに文明の利器に囲まれていたのかを痛感してしまう。

 俺は洞穴を出てすぐのところにある山肌を形作る岩を適当に選んで持ち上げ、他の岩に叩きつけて砕いてみた。

 破片が飛び散り、期待していたような大きさに砕けることはなかなか無かったものの、数回目でようやく手頃なサイズの鋭利な破片ができたため、包丁の代わりにすることにした。


 ヒップドロップで仕留めたほうの狼は申し訳ないほどに損傷が激しく、水に沈んでいたこともあってか、ここにたどり着くまでに自然と血抜きができていたようだった。

 こういう動物を肉に解体する作業は紐で吊るして行うのをどこかで見たような気がするのだが、当然ここには巨大な狼を吊るせそうな紐など1本もない。

 仕方なく河原まで戻り水辺で行うことにした。

 洞穴の近くで解体してしまうと飛び散った血の臭いで余計なものを呼び寄せそうだし、何より水辺の近くのほうが肉や血を洗うのに便利だからだ。



 河原の石のうえに狼を横たえ、解体を開始する、が────

 ここからは四苦八苦どころじゃない、苦難の連続だった……。



 石包丁を刺す。しかし、剛毛が邪魔をして刺さらない。

 何とか皮膚に食い込ませる。だが、まっすぐに皮が裂けてくれない。

 力任せに石包丁を引く。すると溜まっていた血が溢れ出す。うわぁぁ。

 生皮を剥いでいく。一瞬にしてグロテスクな見た目になる。うわぁぁぁ……。

 めげずに腹腔を開く。内臓がびたんと落ちる。うわっ、うわぁぁぁぁ…………。




 正直、詳細なんて聞きたい人などいないと思うので割愛させていただくが、とにかく泣きたくなるような作業の連続だった。

 なんとか皮と食べられそうな部位を切り分けることができたが、あたりはひどい有様だ。

 げっそりしながら川の水で肉と自分の身体を洗っていると、すでにあたりは薄暗くなっていた。

 まずい。このまま夜になれば火をおこす作業に支障をきたす。

 解体した肉片を皮につつんで洞穴に戻ると、大急ぎで火おこしに取り掛かった。


 森で拾ったちょうど良いサイズの枝と、なかなかに強靭な植物のツタを組み合わせて、幼いころに図鑑で見た火おこし器を作成してみる。

 我ながら会心の出来であったが、いざ火おこし!と意気込んで使い始めると、オークの力に耐えきれずすぐにへし折れてしまった。

 俺の心も同時にへし折れる。


 空腹でイライラし始めた俺は、無造作にさらに太い枝を掴んで他の木にこすりつける。

 するとみるみるうちに火口が出来上がり、あっという間に火種ができてしまった。

 恐るべし、オークの腕力。

 すぐに組み上げておいた細枝と落ち葉の中に差し込み、自分が想定しているよりもはるかに弱くなるように注意しながら息を吹きかけると、ほとんど暗闇になっていた目の前にぼうっと力強い光が灯った。




「あぁぁ、やった……火が付いたブウ!」



 オークの力の前には、小細工などいらない。

 落ち葉集めの往復も、狼の解体も、この火おこしも、人間の身体で同じ作業を行っていたらわずか数分で疲れ切ってしまっていただろう。

 だが散々動き回った一日だったにも関わらず、足腰の痛みや筋肉痛のような症状は何もない。

 実際に木をこすりつけて火をおこすなんて、この驚異的な腕力があってこそ成功したようなものだ。

 なんとなく、この身体をうまく使うための方向性が見えてきたような気がして、俺は嬉しくなった。



 ある程度火を大きくしたところで、お待ちかねのBBQタイム。

 皮に包まれた狼の肉は、焚火の炎に照らされてやたらと美味そうに見える。いや、絶対美味いに決まってる。

 弾力が強いため、串替わりにしようと思っていた枝がなかなか刺さらない。

 ようやくなんとかそれっぽく刺して火にかけると、苦労して通した枝が焼け落ちて肉が火の中に落ちていった。

 俺の心も焼き切れそう。5分ぶり2回目。



 直火も直火で焼いた肉を炎の中からサルベージすると、表面は黒く焼けこげ、炭まみれになってし まっていた。それでも、肉の焼けた香ばしい匂いが漂ってくる。


「う、美味そうブウ! 命に感謝だブウ! いただきまーーーすブウゥー!」



 ガブリ、と大口でかぶりつく。




「!! ………ぉ……お………!」




 おいしい、と言えれば良かったのだが──────





「……おぅえぇぇぇ……ぉえ、く、臭っさ……くっさいブゥゥ……!?」



 口の中から鼻を抜けてくる、ひどいニオイ。

 恐らくこの狼の脂の臭いなのだろうが、強烈な臭みがある。

 解体中には感じなかったこの臭いは、脂が焼けたことで発生したのだろうか。

 肉も内部は生焼けで、噛むたびにブジュブジュと血が染み出てくる。


 そ、想像していたのと違う…………。



 人間の身体でこの肉を食っていたら、あまりのショックで卒倒していたかもしれない。

 しかしまったく食事をとっていなかった飢餓感と、また自分が奪ってしまった命を責任をもって食べるという意思と、さらに「生肉でもイケちゃうぜ☆」とフォローしてくれるオークの血が、なんとか肉を噛みしめ、食事として身体へと取り込もうとしてくれる。


 ガフガフと黒こげの肉に食らいつきながら、ひとり思う。



(……俺は、この世界のことも自分のことも理解できていないブウ。でも、この身体は俺がこの世界で生きて行くための大きな財産だブウ。明日からもっともっと強く生き抜いて、異世界を満喫してやるブウ………!!)




 そう独り言ちて、俺は残っていた狼肉をまとめて焚火に放り込んだ。

 焼けた脂により生じた煙が洞穴内に充満し、その晩俺は眠るのに大変な苦痛を要する事になるのだが、それに気付くのは少し先のことだった……。






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