第一章 第2話 - いざ異世界転生だブウ -
夕飯を食べ終え入浴も済ませた俺は、寝床にしているローベッドに腰を下ろした。
時刻は22時。窓を開ければ秋口の涼しい風が入ってくるのだろうが、蚊も入ってくる。
1匹でも侵入を許してしまえば、奴らは撃墜されるまで俺の安眠を妨害しにかかってくるので、窓を開ける案は即座に否決された。
毎日代わり映えのしない自室は1人で暮らすには十分すぎる広さだが、友人を呼んだり異性と同棲をしたりといった使い方をするとしたらやや手狭な物件だ。
ここに住み始めたのは、仕事を始めた年だったか。
最初は自分の好きに使えるだけの給料と自分ひとりの時間を得られたことが嬉しくて、週末になっては雑貨屋で気に入った小物などを買っていた。
だが、今となっては当時購入したその小物も、1000円もしない安物のカラーボックスの中で埃にまみれて倒れている。
自分でもわかっている。
俺のムッツリ度合いは異常者のそれに近い。というより、異常者そのものだ。
人間だれしも現実ではありえない自分を妄想に投影することはあるだろう。
だが、その衝動に四六時中駆られていて、女子が近くにいると襲いたくなってしまうなんて、口が裂けても他人に言えない。
そんなことを誰かに相談しようものなら「うんうん、そうかそうかそれは大変だね、おーいポリスマンこっちに来てくれ」といった具合だろうな。
しかしそれと同時に、頭の片隅ではそんな欲望の化身になどどうやってもなれないことを理解している自分がいる。30年もの間、「優等生」として扱われてきたことによって構築された「常識人の俺」が、”お前がそんなこと出来る訳がない”と高をくくっているのだ。
今からでも何もかも捨てて欲望の赴くままに生きることを選ぶことは可能だろう。
だが、それを選択したときに自分は世間では確実に犯罪者として扱われ、大して目的を達成することもないまま投獄される。
そんなことは解っているし、理性はそれを恐れている。
かといって、このまま欲望を押し殺して生き続けるなど全く自信がない。
今日も自分の意識とは別のところで妄想が進んでいたように、近い将来にでも近くを通った女性に襲い掛かってしまうかもしれない。
だが、そんなことは許されない。
この板挟みの状態がすでに何年も続いたまま、俺はひとり解決の糸口を見つけられずにいる。
欲望を実現できないのが辛いのではない。
欲望を抑え続けることが辛いのでもない。
刷り込まれてきた理性と、突然湧いて出た支配欲の、どちらも選択できないことが辛いのだ。
三十路にもなれば落ち着いて、「まとも」な人生を歩めるのではないかと期待もしてみたが、実際に迎えてみても何てことは無い。
俺はこのまま何一つ満足な方向へ歩くことを決められず、死んでいくのかもしれない。
(…………だめだ、寝よう)
女性を襲う妄想が止まらないような日であれば自涜に励むこともあるが、今日そんなことをすれば妄想に出てくるのはあの女子社員だろう。
いやいやいやいや、さすがにそれは気持ち悪すぎるだろう、俺。
明日から彼女にどんな顔をして会えばいいのか解らなくなる!
スマートフォンを充電ケーブルにつないだ俺は、手元にあったシーリングライトのリモコンにいら立ちをぶつけるかのように乱暴に押しながら横になった。
ピッ、という電子音と同時に、部屋は暗黒に包まれる。
無駄に性能の良い遮光カーテンを吊っているこもとあり、天井の電気を消せば俺しかいないこの空間は瞬時に視界がゼロになる。
いつもの事だが、安物の明るすぎるシーリングライトの光が祟って目の暗順応がなかなか始まらない。
目を開けているのか閉じているのか、それさえも判別できない。
こんな暗闇では、もし誰かに襲われても顔すら見えない。
……なるほど、なら人を襲うならこういう空間がいいんだろうな。
相手が同じ人間なら、触れば身体の部位くらい解る、それなら
「……って違う違ーーう!やめろやめろ!」
思わず声に出す。
くそ、だめだ。
今日は眠るのにも一苦労しそうだぞ。
明日も、明後日も、そのあとも──
こんな他人に言えないような悩みを抱えて人生を過ごすくらいなら、いっそ────
────いっそ誰かが、欲望をぶちまけられる世界へ連れ去ってくれないだろうか。
そうか、俺は口実が欲しいのかもしれない。
今の理性と社会的地位を言い訳にした自分を捨てて、欲望をぶちまけられる人間に変わることを、誰かに後押しして欲しいのかもしれない。
そうすれば今のこのフワフワした浮遊感も消えて、もっと自分を…………
(ん?)
ふと、自分がいつもと違う違和感のなかにいるような感覚に陥る。
背中にはベッドマットが触れているはずなのだが、何故かそういった感触がなく、四肢がどこにも触れていないような、宙に放り出されたような感じする。
そして、いつもと比べて目の暗順応が圧倒的に遅い。
いくら光源の少ない部屋だからといっても、そろそろ充電しているスマホのLEDくらいは見えてくるはずだ。
そういえばいつも暗がりでも見えるテレビ電源の赤いLEDも、たった今触ったはずのシーリングのリモコンに使用されている夜光塗料の光さえも見えない。
(……いやいや、待ってくれ。本格的におかしくないか?)
自分の呼吸音が聞こえない。
身体をよじってみても、寝る時に着ていた衣服の衣擦れの音もしない。
……落ち着け、これはきっと夢だ。
なるほど、どうやら俺は一瞬で夢の世界に落ちてしまったのかもしれないな。
となるとこれは明晰夢というやつで────
「────ンフフン、夢のような話だけど、夢じゃァないわァ~~~っ」
「!? ……は……!?」
耳元で何かが破裂したのかと思うほど唐突で、ハッキリとした声。
これから自分は静かに夢の世界へと落ちていくのかと思った矢先に、自分のものではない誰かの声が聞こえた。
あまりに突然に声が「降ってきた」ものだから、夢か現実かも定かでないまま咄嗟に身構える。
「あァァ、やっと会えたわァ~! 今そっちに行くから、待っててねェ~~んッ!」
(……な……なんだ、この声……!?)
女性の艶めかしさを感じるイントネーションだが、声自体は男性のもののようにも聞こえる。
まだ二言程度しか聞いていないが、”ネッチョリ”という表現がピッタリな声。
正直言って、あまり好印象には受け取れない。
「待ってて」と言われたようだが、言うとおりにしていいのか……!?
とてつもない不安感が全身を襲う。
自分が寝ぼけているのかどうかもハッキリしないまま慌てふためいていると、いつのまにか目の前に光が集まり始めていた。
「私は異世界の女神よォン。ンフフン、長年にわたって欲望のエネルギーを膨らませているコがいるって聞いたからァ、アァタシ見に来たのォ~~ッ!」
何だって?
女神? 異世界の?
何がどうなっているのか、まったく思考が追い付かない。
ただ、直感でこれがただの夢である可能性はほとんど無いような気がしていた。
夢とは本来、レム睡眠中に脳に十分な血流があるとき、自分の記憶を材料にして様々な景色が見えるものだ。
謎の声がきこえてからこっち、いつの間にやら視界の端に捉えていた暗闇の中に恒星を思い起こすような光が無数に光り始めている。
こんな神々しい現象が夢として自分の脳の力で描かれているとは、到底思えない。
自分は今、夢ではない──今まで経験したことのないものを目の当たりにしている。
そうこう思考を巡らせているうちに、ぼんやりとしていた周囲の光はみるみるうちに強く輝き始め、宇宙の星々を思わせるほどの数になっていく。
「はァァいッ、降臨ンンーーーッ!☆」
そう聞こえた次の瞬間、固まりつつあった光がまるで爆弾でも破裂したのかと思うほどに勢いよく四散した。
あまりの眩しさに直視することができずにいたが、しばらくすると散らばった光が星雲のような光源となり、キラキラとあたりと照らし始める。
その不規則な光に照らされ、光の爆心地に一人の人物らしき存在がいる様子が見えてきた。
自称、『異世界の女神』。
信じられないような展開だが、欲望を膨らませている人物を見に来た、と聞こえたような気が。
もはやこれは自分のことしか思い当たらない。
まさか本当に、異世界の女神様が自分という存在に興味をもち、会いに来たというのだろうか……?
だとしたら、これはまさに────
半信半疑どころか、何一つ確証など得られていない状況であったにも関わらず、この時点で俺は身勝手にも、この先起きるであろう事に大いなる期待をしていた。
昨今のマンガや小説で良く見る、『異世界転生』。
これはもしや、運よく俺にそのチャンスが与えられたのではないだろうか。
光に覆われたこの「女神様」に自分の思いを伝えれば、俺は……俺は……!
俺は興奮した顔そのままで、ついに女神様を直視し、た────
「初めましてェーーーーン☆」
バッチュイィン! と激しめの音でも聞こえてきそうなウインクをした自称女神は………
色とりどりの鳥類と思しき羽で飾られた羽衣を全身に纏っており、未知なる力でフワフワと浮いてなびく髪はチリチリとした枝毛ごと編まれたドレッドヘア。
存在感を主張する大きな鼻の下には、毒虫に刺されたのかと思うほどに膨れたブリブリの唇を備えている。
その胸は女神の名に違わぬ豊満すぎるバストを蓄えてはいたものの、すぐ下の腹筋や周囲の腕などにはおびただしい程の筋肉が張り付いており──
何よりも驚くその艶姿は、俺がいまだかつて現実で見たこともないような、「緑色」の肌をしていた。
「ンフフフゥン、アァタシが!! 女神サマよォ~~~☆」
ビシッ! と目の横でピースサインを作りポーズを決めている。
ずいぶん前の世代のギャルたちで流行ったポーズだと思うが、今やもう誰もそんなポーズはしないほどに古い。
自称女神さんが自信マンマンでやっているのを見るといたたまれない。
痛々しくてちょっと俺、見てらんない。
というより、女神と言えばギリシャ神話などで描かれる神々しさや美しさを想像していたのだが。
その直後に現れたホッキョクグマさえも素手で屠れそうな緑色のボディを見てしまい、直前までの高揚感はどこへやら……
もしかしてこの人、女神は女神でも、7つ集めると願いが叶うデッカイ竜玉がある星の────
「ヴォォオーーーーい!!! 誰がナ○ック星人だよォ! ポル○ガがこんなワガママ美ボディ持ってたってェのかい!? エェーーーーー!?」
ズドオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
「ひッ!?」
一瞬にして女神の全身の筋肉がボコリと盛り上がり、禍々しい紫色の光るオーラを放ち始める。
豹変した女神が、存在しないはずの地面を踏みつけるような動作をしたと思うと、解き放たれた怒気とともに全身を八つ裂きにされそうなほどの突風が吹き荒れた。
次の瞬間、足元の方向に見えていた星々のような光のうちのいくつかがが真っ二つに裂け、ゆっくりと崩壊と爆発をはじめる。
まるで惑星が破壊により終焉を迎えたような光景が。
あれが本当に惑星だったらどうしよう。
俺がボケたせいで、星がひとつ滅んでしまったのか……。
……ヤベェ、なにこの女神、怖い。
こんな芸当を見せつけられるなんて、こいつはホントに女神なのかもしれないが、ホントに怖い。
「……アっ、や、ヤダ~~~~ンもうアァタシったらァ! ついつい頭に血が上っちゃってェン!! そんなに怖がらなくてもいいンのよォ☆」
急に恥じらうようなしぐさを見せ始め、ふたたびクネクネし始める。
いえ、ムリです。
くだらないボケをした事を心の底から後悔するほど、俺は怯えていた。
背中にはだくだくと汗が流れ、足は恐怖で震えている。
『異世界転生』の類であれば、転生者はこのあと女神とのやりとりのあと転生先を告げられるはずだが、相手がこの女神とあっては、果たして俺はこれからどれほど凄惨な運命を強要されるのだろうか……
「ンモぉう、そんな運命にさせないわよォ☆ 安心してちょォだいな!」
ニガッ、と顔の筋肉をすべて使ったような笑顔を向けられた。反射的にごくりと唾を飲み込む。
先ほどからの言動から察するに、どうやら思考まで読めるらしい。
となると、黙ったまま失礼な想像で怒りを買うより、人間らしく会話で情報を聞き出したほうがよさそうだ。
「……さ、先ほどは……その、すみません。俺は……」
「タニカワくんでしょォ、知ってるわよォん、なんてったってねェ」
名乗っていないはずの名前を呼ばれ、全身がこわばる。
足を動かす事なく、女神はずいと俺の目の前まで距離を詰めて来た。
そしてドスンと俺の胸を小突き……
「アァタシは、君に、会いに来たんだものォォん☆」
胸骨越しに女神に押さえつけられた心臓が跳ねる。
今のはハッキリ聞こえた。
間違いない。
この女神は、俺を選んで来てくれたのだ。
大いなる期待で徐々に心拍数が上がり、掌にはじとりと汗がにじむ。
思わずまた生唾を飲んだ俺を見て、女神はふたたびニマリと笑ってから続けた。
「タニカワくん、君にはその魂に秘めてきた、強ォ~~い欲望があるわネ。……でもォ、自分でもわかってるンでしょ? その欲望は、今の君では叶えることができないわァ。こんなにドギツい欲望を持っているのに、絶対に叶えられない!! あァァ~~~ん、かわいそォ!」
自称女神は、わざとらしい演技でその太ましい身体をくねらせた。
「そ・こ・でェ! ……もォし、君さえ良かったらアァタシの世界に来て、その欲望を思う存分実現させていィのよ。その為には、それを実現させるための新しィ身体を差し上げましょォう☆」
やはり。
これは正しく、異世界転生への誘い。
頼む! 夢だったなんていうオチはやめてくれ!
俺が尋常でないほどに興奮していることは、当然この女神には伝わっているだろう。
平静を装うのは無駄だろう、が……俺は口を開いた。
「……な、何で俺なんですか? あなたの言う”欲望の強い人間”が必要なら、この世界には俺に限らず沢山いると思──」
「あらァん? イヤなら別にいいのよォ、他をあたってみるからァ☆」
「へっ!? ええ”っ!? い、いやいやいやいや、ちょ、待っ……違う! そうじゃなくて……!!」
いきなり「他をあたる」などと素っ気ない返答をされて、せっかく掴みかけた異世界への切符を帳消しにされると感じた俺は、大いに焦った。
見るからに大慌てした俺を見て、女神は下品な声で大笑いをはじめた。
「バッハハハハ! ごめんごめんン~~~、冗談よォォォオ!! ゲハハハハ!!!」
くそっ…女神にしては意地が悪い。
だが茶化されても仕方がない。
自分でも気づいている。
俺は今きっとニヤケ顔を隠せていない。
そうだ。
俺はもう、この女神が提案してくれるであろう『異世界転生』の話に乗る気マンマンだ。
「簡単に説明するとねェ、この世界も、アァタシの作った異世界も、皆そこに住む生物の欲望が創造神のエネルギーになるのヨ。神々はそのエネルギーをいただくことで、さらに世界を発展させられるってワケ! ……でもねェ~」
ギラリ、と女神の視線が俺を射抜く。
「……中には、その世界にはあまりそぐわない欲望を持ったコが産まれちゃう事もあってェ、そういうコは私たち神々の栄養にはならない……つまりィ、世界を発展させるために必要なエネルギーを生産できなァいのよ!」
急に神々の視点から話されたのでは、いまひとつ理解できないが……
つまるところ、在籍している世界において受け入れられない欲望を持つものは、その世界をより成長発展させたいと考えている神からも、必要とされていないという事だろうか?
「そォう! だからそんなコが見つかった時はァ、ほかの世界の神サマに相談して、世界にピッタリな欲望を持ってる魂をトレードするのヨ☆ そうすれば、トレードされたコも、私たち神もォ、み~~んなハッピィになれる訳よォ~!」
なるほどな。
女神の説明には一応のつじつまが合う。
この女神の説明が本当なら、彼女にとっても俺が女神のもとへ転生したほうが利益があるのだろう。
Win-Winの関係になり得るからこそ俺を選び、声をかけてくれたのかもしれない。
「さァて、タニカワくゥん☆ ……聞くまでもないと思うんだけどォ……ンフフン、アァタシの存在する異世界へ、来るゥ? 今ならサービスでェ、タニカワくんが消えたことで悲しむ人が出ないよォに、今の世界の人々の記憶も改変してあげるわよォん!」
その問いを投げかけられたとき、俺は一瞬だけ目を閉じた。
いまの世界が惜しくない訳ではない。これは事実だ。
30年のうちにたどり着いた今の生活、つながりのある友人たち、必要にして十分な収入を得られる仕事、親身な先輩、健康な身体、やりかけのゲーム、見ていない映画、あれも、これも。
そして俺に関わった人たちの記憶から自分が消されるということは、この30年で積み上げてきたすべてが無かった事にされるということ。
だが
そのどれよりも自分のなかで存在を大きくしていた、行き場のない欲望を吐き散らせる世界へ行けるというのなら
「行きます!」
目を見開き、大きく息を吸う。
「俺は、異世界へ行きたい!!」
女神の妖艶に輝く瞳を見据え、自らの意思でハッキリと答えた。
俺は無意識に右手の拳を、力いっぱい握りしめていた。
「……ンフフン、決まり、ネ☆」
満足そうにうなずいた女神がそう言い放つと同時に、ズルリ、と周囲の景色が歪み始めた。
周囲にちりばめられていた星々が、まるで巨大な渦になったように崩れていく。
やった……やったぞ!
俺はこの後、きっと異世界へ行ける!
宇宙が収束していくような壮大な景色に見とれていたが、ふと思い出す。
もしこのまま異世界へ行けるならば、俺はここで女神相手に言わなければならない事がある。
そう、『異世界転生』の物語では、決まって主人公は絶大な力を授かり、転生先の人生を謳歌していた。
万軍を滅するほどの魔法力や
街ひとつを両断する超剣技や
無から有を作り出す錬金術や
幸せな暮らしが約束された貴族階級への転生などなどなど
言うなら今しかない!
「待って!! ちょっと待って!! こういう時ってホラ、アレでしょ! 転生するにあたって、オマケっていうか……なにか特別な力とか、女神の加護とか貰えないの!?」
気付けば女神の姿そのものが、周囲の星々とともに歪み始めていた。
ヒトに近い形をしていたはずの女神の輪郭がグズグズと崩れていく様を見てしまった。
怖い!気持ち悪い!
しかしそんな状態でも、女神はぐにゃりと曲がった顔のままと笑っているように見えた。余計不気味に見える。
「ンフフフン、タニカワくんはそう言ってくるって思ってたわァ。安心してェ! アァタシも神のはしくれ。アァタシの言うことを聞いて転生してきてくれるンですもの、最ッ高のギフトを用意してあげるワァん~~~!☆」
急にふわり、と身体が姿勢を保てなくなる感覚。
瞬時にしてどちらが上で、どちらが下だったのか解らなくなった。
「あなたにィ、何者にも見下されない、大きな身体をあげましょォ」
「あなたにィ、苦難を打ち倒すための、強大な腕力を授けましょォ」
「あなたにィ、他者を圧倒するための、頑丈な四肢を渡しましょォ」
「あなたにィ、世界を巡り歩けるよう、永き命を差し上げましょォ」
「あなたにィ、倒すべき敵を屠るため、秘めたる力を宿しましょォ」
もはやどこから聞こえているのかわからないが、幾重にも声が聞こえる。
女神の姿は既になく、その声は鼓膜へ直接伝わってくるようだった。
それにしても、すごい。
自分でも唐突で傲慢な注文であったと思う。
にも関わらず、女神は俺のために最高の肉体を用意してくれるのか。
物語で見た『異世界転生』が、いま自分の身で叶えられようとしている!
「そしてェ────!」
星々の流れる音が、ピタリと止む。
「語尾を ”ブウ” にしてあげましょォ☆」
へ?
「……お、おぉおおおおい!? 待て!!! 最後のはいい、いらない!!」
耳を疑った。何かの冗談か。
そうこうしているうちに、渦の中心に残っていた光がどんどん小さくなっていく。今や俺の身体は、背後の闇に向かって落ちているのだろう。
どれほど手足をばたつかせても、落下は止まらない。
「えェエ~? ”ブウ”っていう語尾は転生後のアナタにとってステータスなのよォン? これは外せないわァ~~!」
「う、嘘だろ!? なんの冗談だよ!! やめろォ! それじゃまるで女神の加護じゃなくて呪いじゃないかーーーー!!」
もうすぐ光が消える。
ヤバい。
直感でわかる、これはもう議論している時間がない。
「ン、もォ~~~! ワガママなんだからァ! じゃァ特別にィ……転生後の種族の言語以外にも、ニンゲンの言葉もわかるようにしてアゲルゥウ!! アァァン、アァタシってば、優しいィィ~~~~~~~ン!!!☆」
「はぁぁぁああ!? ……お、おい! その言い方じゃあまるで……まるで転生先が人間じゃ無いみたいな────!!?」
言いかけた途中でわずかに残っていた光が消えうせ、一切の闇に落ちていく。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!」
何も見えぬ視界、抗えぬ重力に引かれ、俺は深淵へと落とされていった。
「……聞いて……ない、ブウ」