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第一章 第12話 - 村に到着はしたけどブウ -



 山に入っても尚続く街道は、進むにつれて段々と細くなっていった。


 道幅が大きかったころと比べすっかり道の悪くなった街道の周囲には、太くまっすぐに伸びた針葉樹が窮屈そうに並んで生えており、街道から逸れて歩くことを許さないような、道案内をしてくれているような、そんな風景が続いている。

 落ちているその葉を拾ってみると、雪の結晶を思わせるような特徴的な付き方をしていて、見ているだけで楽しくなってくる。


 これがメリアが言っていたデオール村の名前の由来、『オール樹』なのだろうか?

 確かに、これほどまで太い材木がこれだけ密集して生えていたら林業も盛んになるだろうな。



「うぅぅ……次にディンバルトンへ行ったときに噂になってたらどうしよう……」



 幽玄な雰囲気さえ感じるオール樹の並木の中、横に並んだメリアはどんよりと肩を落としながらトボトボ歩き、ひとり恨み言のようなものをつぶやいている。



「まぁまぁ! そんな気にしなくても大丈夫だブウ! みんなメリアがオークの俺を従えていると感じてくれてたと思うブウ!」


「そうなんですかねぇ……なんだか皆、驚いて逃げて行ったような気がしますけど……うぅ……」



 ここに来るまでにすれ違った計四組の人間のうち、二組は挨拶ができたもののガチガチに固まっていた。

 一組は挨拶をしても何もしゃべれないほど口をあんぐりと開けてたまま通り過ぎ、のこり一組はオークの俺を見るやいなやニワトリみたいな叫び声をあげながら逃げ去っていった。


 ……自分でフォローしておいてなんだけど、全然大丈夫じゃないなコレ。

 大きな町で『街道に現れたオーク討伐』なんて任務が発行されていなければいいんだが。

 まぁ無事に村まで到着できればヨシとしよう。




「ところで、今言ってた『ディンバルトン』っていうのは街の名前ブウ?」


「あ、そうです! 『商業都市ディンバルトン』と言って、この北の地では最も経済活動が盛んな街です」



 商業都市!

 なんだか大きい街っぽい響きだ。名前を聞くだけでワクワクする。

 俺はメリアの話を続けて聞く。



「この大陸では、南端の港町である『交易都市リンベルタ』へ海を渡ってきた様々な交易品が入ってきます。交易品はリンベルタから延びる沢山の陸路を辿って各地方へ運ばれて行くのですが、その商業拠点のひとつがディンバルトンです。このあたりの村や小さな町は、ほとんどがディンバルトンまで生活に必要なものを買いに行くんですよ~」


「へぇ~、面白いブウ。……ん? メリアが納税に行く予定の『王都』っていういのはディンバルトンの事じゃないブウ?」


「あ、いえいえ。ディンバルトンとはまた別で、『王都プロスティリア』という行政都市があります。なんでもその昔、とある大臣さんが政治拠点と商業拠点を別々の街にしようという『王都構想』を進言して、今のようになったとか……」



 メリアは口元に人差し指を置き、オール樹並木の間から見える空を見上げながら答えた。

 政治と経済の中心地を分けるなんて、こっちの世界も政治家さんたちが色々頑張ってるんだろうな。

 しかし、今ざっと聞いただけでも大きい街が最低でも三つ。

 商業都市、交易都市、そして王都。異世界らしい名前の都市だったから、何度か聞かないと名前も覚えられなさそうだ。

 やはり俺が出会う機会がなかっただけで、この異世界にも大勢の人間と、彼らが築いてきた文化があるらしい。


 奴隷制度があるようだし、街道には盗賊もいる世界だ。

 あまり治安に関しては期待をしてはいけないと思われるが。



 それはそうと……



 街道は既に山道と言っていいほど傾斜が大きくなっているが、メリアは全く気にする様子もなくスタスタと歩いている。

 デオール村は山間にある坂の多い村だと言っていたから、普段からこういう道には慣れているのかもしれない。

 こんなに可愛い子なのに、なんて逞しい……。



「王都の公証人は毎年この時期になると、納税のための巡回をするんですよ。騎士団が護衛に付きながら各町村をまわって税金を回収していきます。でも、今年はうちの村は農作物の収穫とか麦酒(ビール)の醸造が遅れてしまって……」


「税金の回収巡回に間に合わなかったブウ?」


「そうなんです。なので、現金を用意してプロスティリアまで持っていく事になっちゃったんですよ。ディンバルトンにも納税公証人がいてくれれば便利なんですけどね……王都のお役人さんたちは、意地でも配置してくれないんです」


「はぁ~、王都のお役人なんて役職だから、ヘンなプライドでも持ってるのかブウ」



 人間社会ってのは、どこも権力に近くなると腐った奴らが多くなるんだろうな。

 それは元居た世界も、この異世界も変わりないようだ。



「そうかもしれないですね。私は昔、王都に居たことがありますけど……正直ああいう場所では生活したくはないです。私は、ここみたいにのんびりできる暮らしのほうが合っている気がします」


「あ~、それは同感ブウ。やっぱり建物だらけの毎日より、遠くを見れば山々が見えるような……それくらいの町とか村でゆったり余裕がある生活が送れるほうがいいブウ~」


「あれっ? オークさん、そういう町にいたことがあるんですか?」



 ぎくぅ!!

 し、しまった。つい人間時代に住んでいた町のことを思い浮かべて話してしまった。

 転生前に住んでいたところは紛うことなき片田舎だったが、大自然が満喫できる土地だったかと言われればそんな感じでもない。

 どっちつかずの中途半端な街ではあったものの、都会の喧騒から離れた生活を送りたい人間にとってはうってつけの町だった。



「あ~~~~、い、いやいやいや! ただ想像しながら言ってみただけブウ! あの、ほら、オークとしては自然が多いところがいいなァ、って言いたかったブウ!」


「なるほどぉ、そうでしたか。オークさんは洞穴に住んでいるくらいですもんね!」



 メリアは楽しそうに笑いながら横を歩き続けていった。

 俺もメリアとの会話があまりにも楽しいので、気が緩むと余計なことを喋ってしまいそうだ。

 せっかくこうして会話ができるようになってくれたのだから、不信感や恐怖感を抱かせるようなことは言いたくないな、うん。




「間もなく村の入り口ですが……もう夕方になりそうですね」


「あら? もうそんな時間ブウ?」


「そうみたいです。この時期はだんだんと日が落ちるのが早くなってますからね、ほらっ」



 メリアは上方向を指さしながら、木々の上を見上げる。

 釣られて見上げた空は、ほのかにオレンジが混ざった色に変わり始めていた。

 いつの間にかずいぶん時間が経っていたらしい。周囲を背の高いオール樹と山々に囲まれていたので気が付かなかった。

 このあとデオール村に到着したとしても、帰るころには夜になってしまうだろう。

 オークの目と身体なら、真夜中でも月明りさえあれば歩けないこともないが、どうしたものか。



「オークさん、村に到着してもお帰りの頃には夜になってしまうでしょうから、もしご迷惑でなければ今日は村に泊まっていってください。私から村長に事情を説明しますので!」


「えぇ!? だ、大丈夫なのかブウ?」


「はい! 村長はダナクさんという方なんですけど、とても優しい方なので大丈夫だと思います!」




 う~む……ありがたい話ではあるが、本当に大丈夫かな……。

 メリアとはこうして打ち解け会話もできるほどになっているものの、街道で俺の姿を見た人間たちの反応からするといくらメリアが説得してくれたとしても、かなり難しいんじゃないかと思うが……。


 そんな事を考えながら歩いていると、突然左右に続いていたオール樹並木が途切れた。




「あっ、着きました! ……ようこそ、ここがデオール村です!」




 そういってメリアは小走りで駆けて行った。

 木で作られた柵の前で、腕を大きく広げる。


 メリアの指した方向を見ると、俺はそこに広がっていた光景に目を奪われた。




 手前に広がるなだらかな斜面は作物が植えられた畑がいくつもあり、整然と並んだ畝からは様々なかたちをした葉が伸びている。

 一角は大規模な麦畑であったようで、今は刈り取られて麦藁が等間隔で山積みにされている。

 畑の間には細かい用水路が作られており、目で辿っていくと畑の中央を流れる大き目の川につながっている。

 沈みかけの陽光が流れゆく川面にキラキラと不規則に反射して、まるで畑全体が黄金色に輝いているように見えた。

 そして斜面の上に目をやると、そこには大きく尖った屋根を持つ家々がぽつりぽつりと並んでいる。


 家だ、間違いない。

 ここは本当に人間が住んでいる村なんだ。

 俺は初めて見る異世界の人間たちが住む家に、とても興奮した。

 小さくどっしりとした印象の家には小さな窓がついており、屋根は赤や青など鮮やかな色合いだが、どの家も壁は真っ白に統一されていて非常に美しい。

 いくつかの家の前には、まだこちらに気付いていない村の人々が何やら作業をしているのが見える。


 そしてその家が並んでいるさらに向こう側────

 遠景に見える山へと向かう斜面は一面緑色に覆われており、羊に似た動物がひと塊になって山の方から下りてくるのが見えた。



 これがデオール村か。

 のどかで美しい、異世界の村の風景。

 柵で隔てられた村の入り口から全景を見ていた俺は、その景色の雄大さに感動してしまい、村全体を眺めていた。



「はぁ~~……すごいブウ……。綺麗な村だブウ~……」



 思わず漏れた感想に、隣に立っていたメリアは満面の笑顔になった。



「えへへへ、そう言って頂けて嬉しいです。私、ここから見上げる村の風景が大好きなんですよ。あぁ、今日もこの村に帰って来られた~~、って感じます!」


「うん……その気持ちわかるブウ~……。俺は初めて見た光景だけど、これは感動するブウ……」



 あまりののどかさに、自然と口元が笑顔になってしまう。

 高山の澄んだ空気と大自然に囲まれた空間を切り取って作ったような人々の村。人間ならば誰しもが一度はこんな自然あふれる暮らしをしてみたいと思うだろう。

 できればこの美しい、夕日に照らされた村の景色をしばらく楽しんでいたい……


 そう思っていたのだが


 


 その願いは、突如聞こえてきた叫び声で打ち砕かれた。








「……おッ、オークだあああああっ!! 村の入り口に、お、オークが出たぞおおおおおおお!!」







 そう聞こえた瞬間、俺とメリアは揃ってビクッと身体を跳ね、お互いを見た。



「え!? あっ……!」


「あ~~~、しまったブウ……」



 景色に見とれていた俺は、畑の隅で作業をしていた村人がこちらを見ていたことに気付かなかったようだ。

 夕暮れの村に前触れもなく現れたモンスターに驚き、その村人が叫び声を上げたのだ。

 この緑色で巨大な身体は、遠くからみても一目でオークだと解るだろう。

 叫び声をあげた村人と思われる男は、持っていた籠を放り投げて大慌てで家々が並ぶ方向へと走っていく。

 「オークが出た!オークが出たあああ!」と悲鳴のような声をあげながら小さくなっていった。


 イヤな予感がする……。




「あ……! あれはゼンさん!? ……待ってぇ! ゼンさーん! 大丈夫です! 待ってくださぁぁい!!」




 メリアは逃げて行った男のものと思われる名前を呼んで止めようとしたが、ゼンと呼ばれた村人はすでに家の並ぶ高台に見えなくなってしまっていた。

 あそこまで離れてしまっては、メリアの声も届きそうにない。

 人間と比べてはるか遠くの音も聞こえるオークの耳をすませてみると、何を言っているのかまでは解らないが、何やら複数の人間の叫び声と金属がぶつかる音が聞こえる。


 すると、手に農具や剣、弓と思われるものを持った男が数名、家の並んでいる高台からこちらを見ながら大慌てで降りてきた。


 ヤバい。

 これは本格的にヤバいぞ。

 これはもう間違いなく、俺を討伐するつもりだ。

 メリアもこの後どうなってしまうのか想像がついたようで、顔を真っ青にしている。



「あ、ど、どうしましょう……! オークさん……!」


「うーん……ここで動くとかえって追われそうな気がするブウ……。声が届く距離に来てくれるまで待って…………」




そこまで言いかけた時、風を切るような音が聞こえたかと思うと、すぐ近くでドスッという音がした。


矢だ。

恐らく村人の誰かが放ったであろう短い矢が、足元の地面に突き刺さっていた。



「ひえっ!?」


「ちょっ! おいおいおいおい、いくらなんでも好戦的すぎやしないかブウ!? メリアがいるのが見えていないのかブウ!?」



矢を見たメリアが反射的にすがり付いてくる。

俺も咄嗟に自分の身体でメリアをかばうように前に出た。



「おぉーーーい!! こっちは攻撃する意思は無いブウ! メリアを村に送り届けに来ただけブウ!!」


「み、皆さぁん! メリアです! 村に帰ってきました! こっ、攻撃しないでくださぁい!!!」




二人してそう叫ぶと、坂の上から応答する声が聞こえる。



「……メリア!? 今のはメリアの声だ!!」


「なんだって!? メリアがいるのか!?」


「もう一人の男の声は何だ!? だれか一緒にいるのか!?」



 おぉ、良かった。

 何とかメリアの声が届いたようだ。

 一時はどうなる事かと思ったけど、村の一員であるメリアがいることにさえ気付いてくれれば会話の余地が────




「たッ、大変だぁぁぁああ! メリアがオークに捕まってるぞぉ!!」


「何だとォ!? くっそぉぉおお! 助け出せ! 何としてでも助けるんだぁぁ!!」



「えぇぇぇぇええ!? ちがッ! 違うブウ!! それすっごい誤解だブウ!!」




 どうやらオークの俺がいる場所からメリアの声がしたものだから、俺がメリアを捕まえて村を襲いにきたと思われたらしい。

 誰かが勘違いで発した言葉が、みるみるうちに村人たちの間で伝播していった。お願いですからちょっと冷静に話し合いませんか……。

 前を見ると、武器を手にした男が数名、すぐ目の前の畑の中をじりじりと寄ってきている。

 こちらとの距離はもう15メートルほどしかない。



「皆さん! 違います、私は大丈夫です! このオークさんは…………」



「メリアさん! 諦めちゃダメだ!! 今すぐに助け出すから、そんな事言わずに最後まで諦めるな!!」


「オークめ……! メリアちゃんに何かあったら、タダじゃおかねぇからな……!!」


「おい落ち着け! 相手がオークでは、ここにいる全員がかかっても勝てない! メリアを助け出し、追い払うことだけを考えるんだ!!」



「うーん、この人たち……まったく話を聞かないブウ…………」



 男たちの顔を見てみると、皆同じように眉間にしわを寄せて恐怖を押し殺したような顔をしている。

 どうやら、オークが村に来るというのは相当な事件であったらしい。

 剣を向けている人や、弓の弦を引き絞っている人、さらには小さな鎌や鍬、石を握りしめてこちらを睨んでいる人までいる。

 革でできた鎧を着ている人間が数名いるが、他のほとんどはただの村人のようだ。

 彼らも、モンスターであるオークからこの村を守ろうと決死の覚悟で出てきたのだろう。


 俺たちを取り囲む男の数はさらに増え、十数名がこちらに攻撃しようと構えている。

 なんとかしないと、このままでは背後にいるメリアが巻き込まれかねないな。




 どうするべきか、と悩んでいたその時──────





 突然、俺の後ろにいたはずのメリアが俺の脇を抜けて前に立ち、俺をかばうように両手を広げて立ちふさがった。



「……皆さんっ! 落ち着いてください! 私は無事です、何もされていません! このオークさんを攻撃しないでください!!」


「メリア!? 危ないブウ! 前に出ちゃ駄目ブウ!!」



 一瞬、何が起こったのか解らなかったが、弓で狙われている直線上にメリアが飛び出たのを見て、俺は大慌てで身構えた。



「な……!? メリア! 危ないぞ! 早くこっちへ来るんだ!!」



 少し離れたところから、村人と思われる中年の男が剣を構えながら叫んだ。



「ダメです! 皆さん、やめてください! このオークさんは悪い方じゃないんです!!」


「どういう事だ……!? まさかメリアさん、そのオークに脅されているのか……!?」


「きっとそうだ! おい、メリアがオークから離れた瞬間を狙え!!」



「ち、違います! お願いですから、こっ、攻撃しないで、ください……!!」



 俺は両手をいっぱいに広げて俺をかばおうとするメリアの後ろ姿を見ていた。

 夕日に照らされたそのシルエットは、膝が指先がぶるぶると震えている。

 俺の位置からは見えないが、恐らく声からして泣いてしまっているようだ。

 それでも、メリアは俺の前から動こうとしない。


 くそっ

 話の通じない村人どもめ。

 メリアをこんな目に遭わせやがって。


 いっそ本物のオークらしく暴れまわって、解らせてやろうか。




 そう、心の片隅で小さな怒りが芽生えたと思うと


 それは一瞬にして四肢を駆け巡った。



 この感覚、いつもと同じだ。

 戦おうという気持ちが芽生えると、全身に力がみなぎる。

 無意識に上腕や大腿の筋肉が盛り上がり始める。



 ダメだ。

 今ここで暴れたりしたら、メリアも俺も取り返しのつかないことになる。

 止めろ、止めるんだ!!



 そう頭で解っているはずなのに、戦闘モードのスイッチは止まらない。

 みるみるうちに体温が上がり、呼吸が荒くなる。

 右手が肩にかけてある牙製棍棒を握る。


 自分がコントロールできなくなりそうになった、その直後──────






「やめてくださぁぁぁああい!!!!」




 張り裂けんばかりの大きな声、それも涙声で、メリアは村人たちに向けて叫んだ。



「こ、このオークさんは!! 昨日、私が野盗に襲われていたところ助けてくれたんです!! 私が気を失ってしまってから目が覚めるまで、私のことを守ってくれたんです!! 私をこの村まで、送ってきてくれたんですよぉ!! ……野盗に奪われそうだった村の銀貨も取り返してくれて…………! く、靴だって直してくれて……! そ、それなのに……こんな…………!」



 更に一歩前に出て、叫ぶ。



「こんなのって、あんまりじゃないですかあああ……!!」




 力いっぱいの声。


 直後、周囲には突如静寂が訪れた。

 いつの間にか夕日は山の向こうに沈み、空は鮮やかなグラデーションのかかった雲が流れている。


 村人は皆、まるで平手打ちでも食らったかのような表情で固まっている。

 怒りで身体が暴走しそうになっていた俺も、メリアの叫びを聞いて我に返ることができた。

 昂った気持ちを抑え込むため、大きく息を吸い込む。



 メリアは立ったまま下を向いて、嗚咽を漏らしていた。

 足元ではポタポタという音とともに、水滴が地面を湿らせているのが見える。



「……う、うぇっ…………っく、ぐすっ……うぅ……」



 その姿を見た村の男たちは、武器を握る手を緩めお互いの顔を見合っている。

 俺もいつの間にか握っていた牙製棍棒から手を放し、メリアに近寄った。



「メリア……ごめんブウ。怖い思いをさせちゃったブウ…………」


「お、オークさん……ご、め…………ごめんなさい、ごめんなさい……」


「いや、もとはと言えば俺が無神経に村まで来ちゃったのが間違いでブウ……」




 メリアは、下を向いたままふるふると首を横に振る。



「ち、違うんです……っ、私……助けてくれたオークさんにお礼がしたくて村までご案内した、のに……こ、こんな事になる、なんて……思わなくて……っ……」



 村人たちが静かにざわつく。


 俺は周囲の村人たちに威圧感を与えないように、メリアのすぐ横で片膝をついた。

 ようやくメリアの横顔を見ることができたのだが、溢れ出た涙で顔はくしゃくしゃになってしまっている。



 俺は後悔した。

 俺がよくよく考えて行動をしなかったせいで、メリアにこんな辛い思いをさせてしまった。

 罪悪感で胸の奥がジクリと痛む。

 俺は左手でメリアの背中をぽんぽんと撫でた。いっぱいに広げていたメリアの腕が、ゆっくりと下ろされていく。




「……今の話は本当なのか? メリア」




 ふと、周囲にいる男たちの向こう側から声がした。


 薄暗くなりつつある畑の畦道を、ひとりの老年の男がしっかりとした足取りでこちらに向かってくる。




「……ダナク村長!! ま、まだ危険です! お下がりください!」



 村人に『ダナク村長』と呼ばれたその男は、長い白髪と白髭に覆われた顔をしていた。

 武器を持った男たちを割って歩いてくるその姿は、あまりに無防備ながらもどこか威厳を感じさせる貫禄がある。


 村人たちの制止を手で遮り、口を開いた。



「大丈夫だ。メリア、よく帰ってきてくれた……そちらのオーク族の方に助けて頂いたというのは、本当かね?」


「は、はい……ダナクさん……」



 そこまで聞くと、ダナク村長はオークである俺の顔をまっすぐに見てきた。

 灰色の瞳が、臆することなく俺の目を見据える。



「オーク族の方、言葉は通じるかね?」



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