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第一章 第9話 - 誘拐しちゃったブウ -





「……こ、ここは…………どこ……?」





 私はこの日、薄暗い洞穴の中で目を覚ました。

 見覚えの全くない岩の壁に囲まれた空間。

 目を開いた瞬間、ここが見知らぬ場所であることを理解して、私は自分がどうしてここにいるのか解らずあわてて飛び起きた。


 まだ上手く回っていない頭で、周囲を見渡す。

 壁際には厚みのある土器が整然と並べられており、周囲には果物のような甘い匂いが漂っている。

 すぐそばには水辺に生える食虫植物であるアームレイの葉と思われるものが、まるで食器のように重ねられているのが見えた。

 壁にはセイラスの木から採れる油のにおいがする松明のようなものが掛けられていて、今まさに火が焚かれている。


 私の座っている場所には防虫効果で有名な広葉樹であるシャナブルの落ち葉が敷き詰められており、まるでベッドのように設えてある。

 石の床に寝かされていたようだが、この落ち葉のふわふわした寝心地のおかげでこんな夜明けの時間まで寝てしまっていたようだ。

 先ほど飛び起きたせいで、一か所に纏められていた落ち葉が少しだけ周囲に散乱してしまった。



(なんで……私はこんな所に…………?)



 不安が溢れ、思わず自分の胸元で手をギュっと握る。

 何があったのかを思い出そうとするが、寝起きと不安でうまく思い出せない。

 昨日の記憶をたどり順を追って思い出す。


 私は一昨日、村で収穫した大麦で造った麦酒(ビール)を売るためにディンバルトンへ出発した。

 目的はその麦酒を酒場やギルドへ卸し、得た収益を村全体の納税金として王都の税務官へ支払うためだ。

 今年はいつもより暖かくなる時期が遅かったため大麦の実りが少なく、麦酒が醸造できるまで長くかかってしまった。

 納税の季節が来たのにも関わらず、村の数少ない収益のひとつである麦酒がお金に換えられていないため、村長は王都の税務官に手紙を出しなんとか支払いの猶予をもらっていた。

 そこで私は醸造したての麦酒を村の皆に託され、昨日のうちにディンバルトンで販売し銀貨を得た。


 この銀貨を納税公証人のいる王都まで持参し納税証明を受ければ今年の納税は完了する。

 だが、交易都市ディンバルトンから見て王都プロスティリアは私の村を挟んで反対方向にある。

 私は急ぎ王都へ向かうため、その日のうちに急いでディンバルトンを出発した。

 村から王都へは、街道を駆ければ2日ほどで到着する。

 村へ銀貨を持ち帰るまでが私の仕事。そのあとは誰かが変わってくれる、そのはずだった。


 酒場の仕入れの男が麦酒の値段交渉を渋ったせいで出発が遅れた。

 夜道になる可能性が高かったため、後払いでいいという格安の護衛を依頼しディンバルトンを出た。

 しかしそこで、山間の森のなかを走る街道上で盗賊の男2人に襲わることになる。


 盗賊の声を聴くなり、護衛であったはずの男は山間部へ逃げ出した。

 あれは間違いなく、危険があれば最初から逃げるつもりだったに違いない。

 置き去りにされた私はなんとか盗賊を振り切ろうと馬を急かした。

 でも、追いつかれて、荷車を倒され、地面に放り出されて…………


 男たちに銀貨を奪われたうえ乱暴されそうになった。





 でも





「…………あのオークは……何だったんだろう……」



 こちらを見下していた盗賊の向こう側に突如現れた、大きな影。

 それは盗賊の男2人よりも更に大きく、全身が筋肉に覆われていていっそう巨大に見えた。

 腰には何か植物のようなものが履かれていたが、それ以外はほとんど皮膚がむき出しで服などは着ていない。

 なによりも鮮明に覚えているのは、その全身がオーク特有の緑色をした皮膚だったことと、夕日の光が消えかけた暗い森の道でもなお爛々と光る赤い瞳だった。




 自分の身体を確かめる。

 大腿と足首が痛いのは、恐らく荷車から放り出されたときに打ったから。幸いにしてこの身体を乱暴されたような形跡はない。

 しかし、それが余計に混乱を招く。

 乱暴されていないの?盗賊かオーク、どちらかに拉致された可能性が高いのに……?

 目が覚めたときに命があっただけでも信じられないのに、貞操まで守られているなんて奇跡にも等しい。


 なんにせよ歩けそうならば、ひとまずここから逃げなければ……。

 銀貨の袋は荷車に積んでいた二重底の樽に入れて隠していたので、気付かれなければ散乱した樽の中に残っている可能性もゼロではないはず。

 もし昨晩の現場に戻ることができれば回収できるかもしれない。周囲に誰もいない今が絶好のチャンス。


 私は洞穴の出口から差し込む光の中へと歩き出した。

 そして────



「ブウ?」



「えっ?」




巨大なオークが座っていて、目が合っちゃった。





 ◇ ◆ ◇






遡ること、数時間前────



 俺は盗賊の狼藉から助け出した少女を住処の洞穴まで連れ帰ると、普段自分が使っている落ち葉のベッドへ横たえた。

 この落ち葉は森で最も多く生えている広葉樹のものだが、厚めに敷くとフワフワとした弾力が産まれる上、何故かまったく虫がつかないので寝床に重宝している。



 自室のベッドに転がされた、気を失った少女。


 運んでいる時からずっと甘い良い匂いがしていて、全身がやわらかく温かかった。

 肩に担いだ際になんとなく感じていたが、む、ムネもかなり大きい。

 そんな少女がいま、目の前で無防備に寝息を立てている。


 あとは簡単だ。


 少女に覆いかぶさり、服を破り捨て、その肢体にむしゃぶりつき、舐めまわし、欲望の限りをぶつければいい。

 このオークの身体はそのために与えられたようなものだし、俺自身も人間の世界でずっとそうしたいと欲望を抱き続けていたんだ。




 そのはずなのに────



「何でだろうブウ……。この子に乱暴しようという気が全く起きないブウ…………」




 街道で気を失った少女を目の当たりにしたときは、確かに理性と欲望が葛藤した。

 しかし夜の森を抜ける際も、少女が獣道にある枝葉で傷だらけにならないよう細心の注意を払って担いでくる等、およそ性欲のはけ口として拉致したような感覚ではなくなっていた。


 何より、こんなにも魅力的な少女が目の前で無防備でいるのに下半身が全く反応しない。

 そりゃ俺だって人間世界では三十路まで生きた男の1人ですからね、そういった経験が全く無かっ たわけじゃない。

 今更緊張で反応しないとか、不能そういう感じではない……と思う、多分。



 この子が起きて、再び俺の姿を見たときはどんな反応をするだろう。

 当然、また大声をあげて驚くだろう。泣き出してしまうかも。

 神に祈り始めたらどうしよう。

 もう一度気を失ってしまったら最初からやり直しだ。


 本心を言えば、話してみたい。

 盗賊とはまるで会話らしいものにはならなかったが、少なくとも言葉は通じることが確認できた。

 ならばこの世界の人間ともコミュニケーションは取れるはず。





 だが、オークと対峙すること自体がこの子にとって恐怖でしかないなら、そのときはただ逃がしてあげよう。

 俺はそう心に決めた。



「……となると、一緒のベッドで寝るのはマズいブウ。先に目が覚めたときに目の前にオークがいたんじゃ可哀想だブウ」



 そう思い、俺は少女が夜の気温で身体が冷えないよう暖炉替わりに壁の松明に火をつけると、洞穴の出口まで行き集めてある燃料用の落ち葉の山に寄りかかって眠ることにした。

 洞穴内のベッド用落ち葉と違って、こちらは綿毛などがついた燃えやすい落ち葉をあつめたものなので、背中あたりがムズムズする。

 寝ごこちはあまり良くない。


 なんとか眠りに付こうと目を閉じたが、どうにも深い眠りに入ることができなかった。

 もぞもぞと何度目かの寝返りをうっているうちに、気付けば空は漆黒からふたたび白みがかった朝の色へと変わっていった。





 はるか遠くの山の間がボンヤリと明るくなっている。

 恐らく日の光が昇っているのだと思うが、今日は先日とは違って朝から雨模様の様子だ。

 寝ている間に雨に降られることはなかったが、つい先ほどから霧雨のような湿気で皮膚が濡れていく感覚がある。

 このまま雨脚が強くなるようでは、仮にあの子を逃がしたとしても雨の森のなかを彷徨わせることになるかもしれないな……。



 俺は落ち葉から身を起してあぐらをかいた。

 今日はいろいろ考えて行動をしなければならない日かもしれないのに、考えがまとまらない。

 少女が起きる前に、なんて話しかけるかくらいは考えておかないと。



 まずはしっかり自己紹介して言葉が通じることをアピール。

 そして紳士的なふるまいで敵意がないことを伝える。

 預かっていた銀貨袋を返せばお礼を言ってもらえるかもしれない。

 昨日の街道まで森の中を楽しくお喋りでもしながら歩いて送る。

 なんだ、完璧じゃないか。





 そんなイメージトレーニングをしながらボンヤリと遠景を眺めていると、背後に気配が。




「ブウ?」




「えっ?」






すぐ後ろに少女が立っていた。



(え、えぇぇぇえええええ!?もももももう起きちゃったブウ!?)




 し、しししししまった……。

 こんなに早く起きてくるなんて思っていなかったので、何をすればいいのか解らない。

 目の前の少女も洞穴出てすぐオークにエンカウントするとは思っていなかった様子で、みるみるうちに顔が青ざめていく。

 あぁ……この顔は昨日見ましたね。8時間ぶり2度目でございますわ。


 しかし、ここで黙っていたらイメージトレーニングが水の泡だ。

 人間時代に培った社交スキルを思い出し、全力で笑顔を作る。

 さぁ、まずはおはようの挨拶!



「あ……! お、おはようブ……」



「きッ、きゃぁああああああああああああああああああ!!!」




 はい失敗!

 これ以上ないくらいの大絶叫。

 少女は踵を返して洞穴内部へ逃げていく。まずい。そっちには逃げ道がないぞ!

 何でわざわざ洞穴の中へ逃げちゃったんだ!?

 このまま追いかけたら百パーセント洞穴内で追い詰めたような構図になるじゃないか!




「ちょ、待っ……、待ってブウ!!」


「いやあああああああああああああああああああああ!!!」




 もうダメだ、全然人の、じゃなくオークの話を聞いてくれない。

 ……まぁ当たり前か。この姿じゃあな……。


 出てきてくれることを期待してしばらく洞穴の入り口に立っていたが、内部から「ど、どうしよう!ああ……!」という少女の慌てふためく声が聞こえてくるだけで戻ってこない。

 そりゃ入り口にオークが突っ立ってたら無事に出られるとは思わないだろうが。

 仕方なく俺は、刺激しないように可能な限りゆっくりと洞穴内部へ入っていった。



 さほど深くない洞穴なので、入ってすぐに少女の姿が見えた。

 こちらが洞窟内へ入ったことで入り口からの光が遮られ、それに気付いたようで振り返っている。

 足は昨晩まで履いていた木靴が割れてしまっていたため脱がせたので、靴下のまま。

 洞穴の一番奥の壁にすがりついて、恐怖に引きつった顔でこちらを見ている。



「ぁ……ぁ……!」



 少女はブルブルと震えながらイヤイヤと言うように首を横に振っている。

 ゆっくりと俺が入ってきたことが逆に仇となったようで、余計に少女の恐怖心を煽り立ててしまったようだ。

 なんだか俺も緊張して息が荒くなってきた。



「フウウ……ブフウッ……」


「い、いや……っ…いやぁッ……!」



 ……って、これじゃどう見ても少女に襲い掛かる前兆じゃないか!

 全身緑色のモンスターがフウフウ言いながらにじり寄って来たんじゃ、誰だって怖いわ!



 少女はあまりの恐怖で、ついにぺたんと座り込んでしまった。

 それでもなんとか逃げ出そうと、足は地面をズリズリと押している。

 しかし背中はすでに洞穴の最奥部の壁にくっついているため、逃げ場がない。


 こ、このままじゃダメだ。まずは落ち着いてもらおう。そして俺も落ち着こう。

 は~い、深呼吸!



「ブウフウッ……グフオォッ……!」


「ひッ……!?」






 余計怖がらせた。最悪だ。




「……お、お願い、お願いしますっ……、こ、来ないでぇぇ……っ」



 見ると、目にはすでに涙が溜まっており気の毒になるほど怯えた顔をしている。

 俺は敵意がないことを伝えるために、右手を差し出そうとするが────



「!! ……いっ、嫌ぁぁぁあああ!!」



 少女は目をギュっと瞑り、ぼろぼろと泣き出してしまった。もう一挙手一投足で怖がられるな!

 どうする!? オークならどうするのが正解!!?

 だッ……誰か助けてェーーーーーーッッ!




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