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オトナになれないコドモたち(翼をください)

作者: 雪河馬

玄関の扉を開けると、黒いスーツ姿のオトナたちがいた。


僕はとっさに逃げようとしたが、男たちにあっという間に取り囲まれて護送車に放り込まれる。

中には僕以外に数人の先客。皆、僕と同じくらいの年格好だ。

車内にすすり泣く声が響く。


「あら、あなたもなのね。」


聞き覚えのある声がした。カエデ先輩だ。

先輩は、部活の朝練に行く途中に捕まったそうだ。

不安に震える僕と違い、先輩は落ち着いていた。


「だって、仕方ないよね。交通事故にあうようなもんだもん。運が悪かっただけ。」

先輩はにこりと微笑み、僕の心臓はなぜだかドキドキした。


護送車は高速道路を北上する。

トーキョーシティを離れてから1時間も経つと、ただ緑と田畑だけが延々と続く景色となった。

僕は護送車の窓越しにその景色を見つめた。

都会から出たことのない僕たちにとっては、管理されていない野生の風景を見るのは初めて。

いつしか車内の泣き声はおさまり、皆その景色を食い入るように見つめる。


やがて護送車は高速道路を降りて海岸沿いを走る。

これが本当の海なんだ・・・・。

トーキョーにも海はあるけど、人口的にコントロールされた綺麗な海だ。

波が、まるで凶暴に襲いかかるドラゴンの群れのように僕には見えた。


護送車は5階建ての白いビルの地下駐車場に入っていき、僕たちはそこで降ろされた。

エレベーターで最上階へとむかう。


そこでは、白衣の人たちが僕たちを出迎えた。

黒服の男たちに挟まれるように横一列に並ぶ。

皆、これから起きることに不安でいっぱいだ。

先輩が僕の手を握った。先輩の体温が伝わってくる。

僕も握り返した。


白衣の人たちのなかのひとり、小林と名乗ったオトナが僕たちに向かって語りかける。


「君たちは、みなびっくりしているだろうね。ここは人口管理委員会の事務所なんだ。ところで君たちの中で人口管理委員会について知っている子はいるかね?」


誰も手をあげなかった。

ただ、黒服のオトナにつれていかれた子たちは二度ともどってこないということだけは、都市伝説として知っていた。


「じゃあ、オトナをみたことがある人は?」


皆、手をあげた。小さい頃に”マザー”が僕たちの面倒を見てくれたのは覚えている。

また、学校には”ティーチャー”がいるし、病院には”ドクター”もいる。


「では、君たちの先輩でオトナになった子はいるかね?」

皆がざわつく。

大柄の男子が反論した。

「なんで僕たちがオトナになるんだよ。そんなんありえねーよ。」


小林さんは少し悲しそうな表情で言った。

「君がそう思うのはわかるよ。コドモたちの平均寿命は約18年。オトナになることはないからね。」

少し間をあけて、小林さんは、まるで独り言のように言葉を続けた。

「それでも、成長抑制剤のおかげでまだマシになったほうなんだ。以前は12歳くらいで死んでいた。」


細身で背の高い女子が震える声で尋ねた。

「小林さんも私たちと同じコドモだったんですか?オトナって何年生きているんですか?小林さんは何年生きているんですか?」


小林さんは僕たちの表情を見渡してから答えた。

「最初の問いにかんしては、そうともいえるしそうでないともいえる。僕はコドモだったけど、正確な意味では君たちと一緒ではない。」

「次の問いに関しては、人それぞれとしか言えない。長生きするものは100歳まで生きるが、君たちとそう変わらない歳で無くなったものもいる。」

「そして最後の問いに関しては、僕の年齢は50歳だ。」


小林さんは黒服のオトナたちに目で合図を送り、こう告げた。


「これから君たちに、ここに来てもらった理由を説明しよう。そして君たちが何をしなければいけないかということを。」


僕たちは会議室のような円卓のテーブルに連れて行かれた。

小林さんを含めた白衣のオトナたちが3人。

僕たちは男子5人と女子5人でそれぞれ交互に座らされた。

黒服のオトナたちは僕たちが席に着くと部屋から出て行った。


僕は隣に座ったカエデ先輩の顔を見る。

カエデ先輩は僕に小声で呟く。

「大丈夫だからね。ショウくんは私が守ってあげるから。」

そんなの根拠ないじゃないかと思う感情と、それは僕が言いたかったと言う感情が入り混じって、僕は真っ赤になって俯いた。


小林さんは言った

「まずはこの映像を見てくれ。これは今から数百年前の僕たちの祖先が残した記録映像だ。」

壁のスクリーンに映像が映し出される。

そこには、昔のトーキョーシティがあった。


なんという賑やかさ、騒々しさだろう。

たくさんのオトナたちが忙しげに箱型の乗り物に詰め込まれて移動している。

僕たちコドモの姿もオトナたちに混じって歩いている。

オトナに肩車されたコドモもいる。


「これは2000年頃のトーキョーシティ、当時は東京都と呼ばれていたんだ。この頃は戦争もなく、平和な時代が続いていた。」


やがて、映像が切り替わる。瓦礫と化した街並みが映し出される。溶けたビル、横倒しになった建物。

それはあまりにも衝撃的な映像で、女子の中にはすすり泣く子もいた。


「これが2100年のトーキョーシティなんだ。核兵器というものを使った戦争が始まり、世界中の人口の9割が死滅した。」


映像がさらに切り替わった。まだところどころ残骸や空き地は残っているが新しいビルが建設されている。

「残った人類は復興への道に取り掛かった。人口は激減したが、人々は新たな希望に満ち溢れていた。しかしその希望は、数年後に打ち砕かれた。」

「子供が・・・・生まれなくなった。」


最初に小林さんに反論した男子が質問した。

「その・・生まれるってのはよくわかんないけどさ。子供って、俺たちがいるじゃん。」


小林さんは真剣な表情で僕たちを見る。

「確かに君たちは存在しているよね。でも、君たちは()()()()()()()()()()()()?」

「君たちも生物の授業で習ったろう。生物は生殖行動によって繁殖する。人間だけが例外なのかい?」


誰も答えなかった。なぜだろう?そんなことを考えたことすらなかった。


「君たちは・・・・、研究所で作られたクローンなんです。」


それから小林さんは僕たちにクローンについて説明してくれた。

僕たちには親というものは存在しない。

僕の正式な名前は”スズキショウ1001035”

オリジナルの鈴木翔というオトナの細胞から人口的に培養されたクローン人間なのだ。


「おっしゃることは理解できました。」

しばらくの沈黙ののち、小柄で細身の男子が発言した。

「僕たちはクローン人間だと。では僕たちの親・・、オリジナルは今どうしているんでしょうか。」


小林さんの右隣に座っていた女性が答えた。

「君は、タナカタケシ2041356くんですね。君のオリジナルの田中武志さんはいまから200年ほど前に亡くなっています。君だけでなく、ほとんどの人のオリジナルはもうとうの昔に亡くなっておられます。」


別の女の子が質問した。

「もう、何百年もコドモが生まれてないんですよね。じゃあ、あなたたちオトナはどこから来たんですか?」


今度は小林さんの左隣に座っていた男性が答えた、

「その事実を知ったとき、俺たちは相談した。この状況を打破するために俺たちにはあまりに時間がたりなかった。」

「俺たちは数班にわかれて、冷凍睡眠(コールドスリープ)に入ったんだ。ひとつはその状況を打破するための研究を続けるために。もうひとつは君たちコドモの世話をするために。」


そして、小林さんが僕たちに語りかける。

「私たちは最後の世代なんだ。私のそばにいるこの二人が最も若くて40歳。あと数十年もすればオトナはすべて死に絶え、君たちコドモもいなくなるだろう。」

「君たちは、最後の希望なんだよ。」



その日から十数年たち、僕はオトナになっていた。

オトナたちから子供が生まれなくなった原因も、コドモたちがオトナになる前に死んでしまう原因も、遺伝子の突然変異が原因らしい。

オトナたちは何百年もかけてコドモたちの遺伝子を調査し、やっとわずかな個体ではあるが致死性の遺伝子異常を修復することに成功した。

オトナになる可能性を持ったコドモを保護し、移送する。

それが黒服のオトナたちの仕事だったのだ。


あのあと、僕たちはさらに北の集落(コロニー)に集められ、そこで生活するようになった。

オトナたちが全て死に絶えた時のことも考慮され、自給自足の生活を送れるように訓練を受けた。


そして、僕はカエデと一緒に暮らすようになった。

ふたりで畑を耕し、家畜の世話をし、そしてふたりで眠った。

不器用ながらも、ふたりで交わりそして数年後さらなる奇跡が起きた。

カエデは妊娠し、出産した。僕たちの最初のコドモは今年で3歳になる。

じきにコドモたちは増えるだろう。

人類は間に合ったのだ。


オトナたちは月に1回、様子を見に来てくれていたが、最近では数ヶ月に1回に減ってきた。

都市機能を維持するのに人手が足りないらしい。


「私たちがここに来られるのも、あと何回くらいかしらね。」

人口管理委員会で出会った女性はそう言ってヘリコプターに乗り込んだ。


「俺たちが来なくなっても、もう大丈夫だよな。俺よりずっとたくましくなった。」

操縦席から男性がそういった。


僕は笑って応える。

「ええ、日々畑仕事で鍛えてますね。カエデにいいところみせないと男として格好悪いし。」

そういって、女性にウインクした。


「あらあら、気づいていたのね。」

女性はそう言って微笑む。


「そりゃ、気付きますよ。だってオトナになるにつれてね、そっくりになっていくんですから。おふたりに。」


女性、佐藤楓は可笑しそうに男性、鈴木翔の顔を見て言った。

「翔、私たちのコドモたちは立派に成長したわね。」


翔は僕の顔を嬉しそうに眺める。

「ああ、僕たちのコドモたちは立派に成長した。孫も出来た。いや、子供かな?」


ヘリコプターが飛び去ったあと、僕はトーキョーシティのことを考えた。

僕の友人たちはもうみんな死んでしまっただろう。

オトナたちは新たなコドモたちをつくりだすことをやめている。

僕たちの集落はわずか1000人あまり。人類の再生への道のりはまだまだ遠いけど

僕たちはもうカゴの中で一生をすごす小鳥ではない。

僕たちはここから羽ばたいていくんだ。


今回の話、本当はホラーにするつもりだったんですが、短編にするとホラーにならなかったですねえ。

でも、本当はホラーなんですよ。

どこがホラーかって?

オトナは建前だけで話してますよねえ。食物連鎖はどうなってるんでしょうか。

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