君の寝れない夜
「まあ、君が、私のことを知らないのはわかっていたから、そのことについては、とやかくは言うまい」
なんと、彼女は寛大なことに、薄情でアホとしか言いようのない君のことを、許してくれるらしいのだ。美麗な彼女にそんなことを言われては、ぐうの音もでず、平伏するしかない事だろう。
「だからと言って、君は私のことを何も知らなくてもいい、という訳では無い。今後、しっかりと把握しておかなければならないことが有る。それは……」
それは?
「私が、君の『嫁』だということだ!」
なんてことを、彼女は言うのだった。これは、驚きの事実だろう。高校生である君は、なんと妻帯者であるというのだ。
しかも、そのお嫁さんは、目の前にいる絶世の美少女ときた。こうなると、君にはやっぱりこのことが、夢か幻にしか思えなくなるのだった。
彼女は何者なのか? 君の嫁というのは本当なのか? そもそも、朝起きたら突然見知らぬ彼女が居たのはなぜなのか? 分からないことだらけのこの状況、君は考えを整理する時間が欲しいと思ったことだろう。
しかし、彼女はそんな君を置き去りにして、さらに追い打ちをかけるように、口を開くのだった。
「けど、別に私は君を縛り付けるつもりは無いぞ。細かいことで言いたいことは沢山あるけど、基本的に報・連・相をしっかりこなしてくれればいい」
例えば、帰りが遅くなるだとか、夕食はいらないだとかといったことだ。
それくらいなら、共同生活を行う上で必要だろうと、君は理解を示す。本音を言えば、気楽だった一人暮らしからすれば、少し面倒くさいという思いはある。
でも、大したことでは無い。
「あと、君は誰かと恋愛体験をした方がいいと思う。君も高校生だ。青春ざかりで、いきなり結婚生活だけというのも味気ないだろ。恋愛の一つや二つ、経験していた方が今後の為になる」
なんていう、爆弾発言からすれば、だ。
君は、彼女の言っていることが疑問だらけで、頭が追いつかないことだろう。そう、良く言えば、彼女はお嫁さんとしては、少しだけ不思議なことを言っている。
ハッキリ言えば、彼女は浮気を進める嫁なんていう、理解不能な存在だ。これは、彼女の愛情を疑ってしまう。そもそも、結婚までの過程が謎すぎるこの状況では、そんなもの無いのではないか? とさえ思うだろう。
だいたい、恋愛なら、目の前の彼女と楽しめばいいではないか。それが、お嫁さんという奴じゃないのかと、君は彼女に疑問を投げかけてみた。
「いや、私は結婚してまで恋愛なんて面倒なことをやるのは、少し億劫に感じるんだ。遠慮しておくよ」
彼女は、結婚しているからこそ、恋愛なんてものはやる必要が無いというのだった。だったら、彼女との結婚はどんな意味があるというのかと、君は思うことだろう。結婚とは、共同生活を行うことが目的なのかと、そんな風にさせ思うのだった。
「別に、無理やり進めている訳じゃないから、このことは気にしすぎなくていいよ。そうだな、私としては君が異性からモテる方が、嫁として鼻が高い。その程度の認識でいいよ」
そんな話を聞いても、やっぱり彼女のことが理解出来ないのであった。
「まあ、この話は一旦置いといて、そろそろ寝支度でもしないかい?話しこんでいたら、結構遅くなってしまった。私はまだ、お風呂にも入っていない」
時計を見れば、言われた通り、かなり遅くなっていた。
なら仕方ないと、君は食事の後片付けをかって出たのだった。
君が寝床に着き考えることは、やっぱり彼女のことだった。彼女は何者で、なぜ君のお嫁さんになったのか。全く持って分からないことだらけだ。
どれだけ考えても、答えなんて浮かばない。そんな風に悩んでいると、部屋の扉が開いた。それが誰かなんて考えるまでも無く、答えは一人しかいない。
「おーい、もう寝た? ああ、まだのようで良かったよ」
何か用事があるのだろうか? 君がそんなことを思った瞬間、君の隣に潜り込む存在が一人。それが誰かなんて、やっぱり考える必要はないだろう。
「寝るときは、おやすみと言いたかったんだ」
君は、間抜けな声で、おやすみと返すしかなかった。
そうなのだ。この1LDKの間取りでは、寝室は一つしかないのだ。少しでも、そのことに考えが及んでいたのなら、こうなることは簡単に予想できていただろう。
「すーすー」
君の横に居る彼女を見ると、既に眠っていた。その寝息は可愛らしく、普段から綺麗な彼女は、寝顔さえ整っていた。
これは参ったと、君は思うことだろう。そんな彼女が横で寝ていては、ドキドキして寝ることが出来ないと、そう思うのだった。