4 新生活
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「ふう、こんなもんかな」
あれ以来父親とはまともに口を利かなかったが、家を出るときに母親が「当面の生活費に」と、まとまった額の入っている預金通帳を渡してくれた。
母親の厚意も、家の中の面倒ごとが片付く喜びの表れのように見えたが、生活費は必要なのでありがたく頂戴した。
で、大学近くの学生向けアパートを借り、ようやく引っ越しがひと段落したところというわけである。
「さてと、まずは仕事探しだな」
医大の学費は膨大な額で、多少の貯金があるぐらいでは、あっという間に詰んでしまう。
それに、3年次からは実習が目白押しで、バイトどころではない。今のうちに稼げるだけ稼いでおかないと。
「昼間は授業があるから、夕方以降のバイトで…… コンビニじゃあ、時間がとられすぎなんだよなぁ」
スマホで様々な条件を入力しては、あーでもない、こーでもないと悩む。
「お?」
そんな時、ある求人広告に目が留まった。
「夜9時から、最低3時間、時給…… 4000円!?」
いやいや、ホント、そういうの無理だから。
苦笑いしつつ、興味本位で詳細をタップした。
『ニューハーフが輝く、ニューハーフが主役のショーパブです。未経験者歓迎』
なんだか、わかったようなわからないようなキャッチコピーと、ラスボスのような衣装を身にまとったニューハーフらしき美女の写真が画面に踊る。
「ラスボスはともかく、きれいなドレスを着て働けたら楽しいだろうなぁ……」
CASTと書かれたタブをタップすると、きれいな女性にしか見えないニューハーフや、やや男の面影を残したニューハーフなど、いろいろな人の笑顔の写真が掲載されていた。
「私も、こんな風に笑えるのかな……」
『体験入店あり! 一緒に働いてみたいと思った人は、まずはお店に来てね!』
「まあ、ちょっと覗いてみるぐらい、いいよね」
私は画面をスクロールし、『お問い合わせ』の項目をタップした。応募フォームのページにリンクする。
「なになに、ショーパブ『マスカレード』…… このメルさんっていう人が店長…… なのかな?」
名前と電話番号、メアドなどを入力し、メモ欄に「未経験、体験入店希望」と記入して送信。
「わー、送っちゃった、送っちゃった!」
私はなんとなく「やり遂げた感」を感じつつ、シャワーを浴びることにした。