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モモちゃん! と、友達が何人か集まってきて私にしがみついた。
そりゃあ、誰かにしがみつきたくもなるだろう。
「……怖いね」
全員の机の上に、またも包み紙が置いてあったのだ。
昨日のような箱型ではなくて、今日は、細長く薄い、何か。
周りの机を見渡すと、昨日と同様に包み紙の柄や色が違う。かわいい絵柄も、おしゃれな絵柄もあったけれど、薄くて小さい長方形の「何か」を包んでいるそれらが、机の上にぽつんと置いてある光景は、異様だった。
何というか。
「お札みたいでしょう?」
友達が言った。そう、それだ。ホラーみたいだなあと感じたのは、中に何が入っているのか想像できない大きさだったからだ。箱型だったら、いろいろ想像できるけれど、手のひらに収まりそうな長方形の何かが置かれていると、中身が不明で、薄気味悪い。
「おはよ」
謎の長方形に気を取られていて、ドアが開く音に気がつかなかった。声をかけられて、その場で飛び上がってしまう。声をかけてきたのは、ヒイラギ君だった。あくびを噛み殺した後、私を見てにやにやしている。恥ずかしい!
「ヒイラギ君。早いね」
「そうだね、珍しいでしょ……ふああ」
口を大きく開けてあくびをした後、ヒイラギ君はおや、と机に目をやった。
「また?」
皆の視線がヒイラギ君に集まっている。しん、と教室が静まり返るけれど、ヒイラギ君は気にもしないようだ。
「何これ、お札みたい」
くすくすと笑いながら、ヒイラギ君は机を縫って自分の机まで歩いていって、ひょいとその「お札」を手に取った。
「ソウタ君」
ソウタ君に向かって、ヒイラギ君はからかうように手にしているものをひらひらと振って見せた。
「今日は、爆弾じゃないな」
ソウタ君は、さあ、と肩をすくめる。
「呪いの手紙かもしれない」
「手紙だったら便せんに入れるだろ」
「呪いのお札」
「だとしたら、くまちゃん柄の包み紙は、どうかと思うね」
ふ、と小さく笑って、ヒイラギ君は包み紙をはがしはじめた。皆が、息をのむ。
包み紙の中に入っていたのは、緑色の紙のようだった。少し遠くてよく見えない。私は体を前に乗り出して、目を細めた。
「しおりだ。綺麗、鳥の模様が入っている。俺、鳥、大好きなんだよね」
ぱっと、ヒイラギ君の表情が明るくなった。本当に気に入っているみたいで、ずっとそれを眺めている。
「しおり?」
「本に、しおり……なんなんだろう」
ひそひそ声、そして、包み紙をはがす音。
わあっ、という歓声は、昨日よりさらに大きなものだった気がする。
「ライオンだ!」
「私は音符!」
「すごい、ハートがたくさん!」
「穴が開いてる、おしゃれだなあ」
教室のあちこちから声がする。私はまた、出遅れてしまった。
包み紙を急いではがす。中から出てきたのは、ピンク色のしおりだった。右端に、筆で描いたような絵が印刷されている。
「桜の花?」
友達が覗き込んできた。ううん、と私は首を振る。
返事をする前に、「ねえ」と少し大きな声がする。鶴の一声、ヒイラギ君の声で、教室はまた静まりかえる。
「今日もさ、隠しておこう。それで、秘密にしておこうよ」
賛成、と誰かが叫んだ。皆、一斉にランドセルや筆箱の中にしおりをしまう。
しまい切ったところで、タイミングよく先生が入ってきた。ギリギリセーフ。
授業を聞きながら、私はいろいろと考えた。
さっき答えられなかった、花の名前。
私のしおりに書いてあったのは、桃の花だった。私と同じ名前の花。大好きな花。
昨日、休み時間に「誰からのプレゼントだったんだろうね?」とコソコソ皆が話していたけれど、実際に犯人、というか、本を置いた人、プレゼント犯を見つけようという人はいなかった。
「だって、推理する手掛かりがないんだもん」
笑っていった友達の言葉に、私も同意した。もらえるなら、もらっておけばいいしね。そう思っていた。
でも、今日は違う。私は手がかりを手に入れた。昨日、名探偵の活躍を読んだから、どこかで私も推理をしてみたいと思ったのかもしれない。
桃の花のしおりを私の机の上に置いたということは、しおりを大量に買って、ランダムで置いたのではないだろう。桃の花のしおりを、モモという名前の人の机に偶然置いた、なんてこと、あるだろうか? あったらすごいけれど、多分、意図的だ。意図的に、私に桃の花のしおりをくれたんだ。
そういえば、ヒイラギ君も言っていた。鳥が好きだ、って。
おそらく、プレゼント犯は私たちのことを知っている人物だ。
クラスの人。
にやり、と私は小さく笑った。
目星はついている。一番、怪しかったしね。
「ねえ」
昼休み、一人になったところを見計らって、私は声をかけた。
ソウタ君に。
「プレゼントくれたの、ソウタ君?」
「違うよ」
何言っているんだよ、というような口調だ。少し想定外。でも、負けない。きっと彼の中では、こうやってあなたがプレゼント犯でしょう、と言われたときの対応も、十分シュミレーションしてあったのだろう。
私は、ずいずいとソウタ君に詰め寄る。
「そうかな? 朝一番に、皆の机の上に置いたんでしょう」
「違うってば、何言ってるんだよ。俺は確かに昨日も今日も朝一番に教室に入ったけれど、その時にはすでに置かれていたんだよ」
「証拠はない、でしょ?」
「俺が置いたって証拠もない」
「ぐ……」
「それに、学校に最後まで残っていた人が置いたのかもしれないじゃないか」
「ぐ、ぐぐ……」
確かに。だめだ。名探偵のようにうまくいくもんじゃない。名探偵は、簡単そうに推理していたのになあ。
「証拠、ね」
私はごめんね、とソウタ君に言って、くるりと彼に背中を向けた。
証拠がない? じゃあ、証拠をつかんでやる!
その日、私は学校に遅くまでいて、教室をずっと見張っていた。こっそり、掃除用具用のロッカーに入って。目の高さにある隙間から、じっと教室を見ていたけれど、プレゼント犯は現れなかった。
「誰もいませんかー。学校が閉まる時間ですよー」
フミコ先生の声がした。今日は当番なのかな。ぐっと内側から押してみるけれど、強情な扉がなかなか開かない。ぐっ、ぐっ、だめだ。左手で拳を握って──
「えいっ!」
バン! と勢いよく扉が開いた。きゃっ、と先生の声もする。しまった、ちょうど教室の中を先生がのぞいたタイミングだったのだ。
「な、何をしているの、モモちゃん。かくれんぼ?」
「いえ、違います。あ、いや、そうです」
「だれも学校には残ってないけれど」
「あれ? 本当ですか、おかしいな」
白々しかったかもしれないけれど、先生は楽しそうにくすくすと笑っていた。
「モモちゃんは面白いわね」
「そうですか?」
「そうよ。元気で明るくて、おまけに本も漫画も映画も、よく知ってる物知りさんよね。素敵だなって、いつも思ってるのよ」
ふわり、と頭を撫でられた。優しい。幸せな気持ちになる。
「先生も素敵だよ」
私の言葉に、先生は目を丸くした。そんなに驚くことを言ったかな?
「だって、私は元気な子とか、明るい子ってよく言われるけれど、本とか漫画とか、映画とか、たくさん読んだり見たりしているって知っている人は少ないよ。似合わないって言われたこともある」
「あらまあ、失礼ねえ」
「イメージだから仕方がないよ。でも、少し残念な気持ちになった。だから、すごく嬉しい。私のこと、たくさん見てくれる先生は、素敵だよ」
まあ、と先生の瞳が少しうるんだ。そうだ、先生は感動屋さんなんだった。卒業式でも、学習発表会でも、音楽会でも、いつも泣いているんだ。
「また泣く?」
「泣きません」
ふふ、と笑って、もう一度撫でられた。幸せ。
「さ、帰りなさいね」
「はあい、さようなら」
ランドセルを背負って、私はかけだした。ソウタ君の言っていた、放課後にプレゼントを置いている説は、ひとまず消えた。
その日の夜、私は本を読みたくて仕方がなかったけれど、ぐっと我慢して、早く寝た。
そして、次の日の朝、いつもより一時間も早く目を覚まし、一時間早く家を出た。
証拠といっても、名探偵のように小さな証拠から犯人に結びつけることは、きっと私にはできない。だから、現場をとらえるしかない!
一番に教室に入って、どこかに隠れて、プレゼント犯が誰だかをこの目で見るのだ。
プレゼント犯が、今日も、プレゼントをくれる予定ならいいけれど。
昨日で終わりだったらどうしよう。
ぶんぶんと首を横に振り、不安を追い払い、私は走った。走って、走って、学校に到着したけれど、なんと門が閉まっていた。
「あらま」
門を見上げて途方に暮れていると、どうしたの、と後ろから声をかけられた。振り向くと、隣のクラスの先生がいた。大柄な先生、くまさんみたいだから、くまさん先生って呼ばれている。一昨日、騒ぐほかのクラスの人達を、教室に行くように指示してくれた先生でもある。
「おはようございます」
「おはよう。入りたいの?」
「はい、あの、早く起きてしまって」
「そうだったの。今はねえ、生徒はまだ入れない時間なんだよね。ちょっと待ってね、職員室に門の鍵があるから、開けていいかどうか聞いてくるよ」
「あ! えっと、あと何分で門が開きますか?」
「あと五分ぐらいかなあ」
「じゃあ、待っています!」
門の横の小さな扉から学校に入っていったくまさん先生は、いいの? と何度か振り返ったけれど、そのたびに大丈夫、と笑顔で頷いていたら、最後はそうかと困ったように笑って、先生は行ってしまった。
五分間、私はここで待っていればいいのだ。誰かうちのクラスの人が来たら、その人が犯人、かもしれない。
しかし、私の予想は外れて、誰も来なかった。仕方がないので、昨日みたいに教室の掃除用具ロッカーの中に隠れることにしよう。
元気よく、教室のドアを開ける。誰もいない教室に、朝一番に来る。ソウタ君が毎朝早起きする理由が少し分かった気がした。すがすがしいもんね。
「おっは……よう」
元気よく叫んだ。途中まで。
教室に置かれているものを見て、途中から声が小さくなってしまった。
なんで、なんで?
「何、これ?」