表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モルグ市魔神博物館  作者: 最堂 四期
第二節:博物館・警戒する炎節
31/41

異界バンドマン【前】パレードの行く先

第31話。かつて"帰還者"は、よくないものを呼び寄せる存在だとして、疎まれる風潮があった。

 "みんなご存知アンノウン"

 正式名称は「Unknown(アンノウン)Craft(クラフト)」。昔からのファンは「アンクラ」と略すが、そのバンドの"御利益"を信じるファンは「アンノウン」と呼ぶ。知られざる者と。


 車内に流れる音楽は10周目。運転している惑羽一途(まどうイチト)は辟易とした声をあげた。

「他の歌はないのか?」

 しかし新聞を読んでいる真道志願夜(まどうシガヤ)の返答はつれない。

「この歌が代表曲だから、嫌でも覚えろってさ」

  イチトが一瞬だけ助手席に目をやる。シガヤの手にあるローカル新聞、『今年も盛り上がった蚯蚓打ち』という特集が目に入る。


 イチトは視線を外に戻した。日の落ちた空は直黒だが、雲が浮いている様子は視認できる。この街の灯りは皇都に比べて心許ない。

 ……そしてすっかり、口ずさめるくらいには聞いてしまった音楽。アンノウンクラフトの代表曲『Parede』。歌はシガヤのスマートフォンからスピーカーモードで流れている。


 軽トラックに備え付きの通信機からは、博物館からの連絡が絶えず届く。魔神の反応を感知、また、同時に新たな通報も。

 人が森に食われた、と司令部員(オペレーター)が告げる。その森は異界に繋がる"ドアー"と呼ばれるスポットが存在するため、誰も立ち入らないように厳重な措置が施されていたはずだった。


「イチトくんが前に異界落ちして、全裸で帰ってきた事件があったじゃん?」

 シガヤが不意に口を開く。通信機の向こうで女性職員が息を飲む声が聞こえた。

「……シガさん、それは今やる必要ある話だろうか」

「まぁ聞いて。あれってとんでもなくラッキーなことだったと思うんだヨ」

「間抜けな帰還ではあったが、幸運が過ぎた」

 イチトは当時のことを回想しながらハンドルを操作する。それはまだシガヤとあわせて『2班』と呼ばれる前の、試用期間のエピソードだ。

「今にして思えば、俺の服がヤツらにとって鶏皮のようなモノだったのだろう」

「とりかわ?」

「超化ポリエステルの生地をうまいうまいと食い散らかしていた」

「ああ~……いるよね、鶏皮だけ食べる人……副館長サンとか」


 車内BGMがまた一巡する。『Parede』は3分ごとのサイクルだ。

「まぁ鶏皮談義はおいておいて」

 シガヤは新聞を折りたたむ。

「あの時はお前さんを"置いて"いってしまったとずいぶん肝が冷えたもんだよ」

「そんなに俺のことを心配してくれていたのか?」

 イチトは視線を道の先に向けたまま呻き声をあげた。

「帰還時の第一声! 俺の裸体の感想だったことをまだ根に持っているからな!」

「あの時はビックリしすぎて口が滑ったんだヨ」

「滑らないでほしかった」

『あの、なんて感想だったんですか?』


 いつのまにかオペレーターが男性に代わっていて、興味津々に聞いてくる。一連の会話がセクハラにあたっていたかとイチトは眉間に皺を寄せ、シガヤも反省の半笑いを浮かべた。

「聞きたい?」

「シガさん!」

 ははは、と通信の向こうで笑い声。シガヤは小声で「茶化さないとやってらんなくて」と言いながらスピーカーの音量を上げる。


 車内は聞き飽きたJ-ROCKで満たされた。オペレーターがそれにあわせて『Parede』を口ずさみはじめる。イチトもシガヤもそれを咎めることはしない。

 この歌こそが、巷で「たすかる歌」だともてはやされており、同時に結成5年目の中堅バンド・アンノウンクラフトを"有名"にしたものである。


 かくして軽トラックは「人を食った」と通報のあった森へ向かう。



 ……。



 軽トラックから降りたふたりを迎えたのは、3人の市警察と心細げに立つ女性だった。彼女の見目よりも、その手にあるそこそこ立派な撮影機材がふたりの印象に残る。


 イチトが敬礼をすると警官たちも同様に敬礼を返した。シガヤは頭を下げるにとどめる。

「保護ありがとうね。話の大筋は、博物館への通報で分かってるけどさ」

 周囲に博物館の調査員(リサーチャー)は居ない。ふたりの視線は首が取れた地蔵に向かう。

「立ち入りできないようにしてあったはずだろう?」

 警官たちの気圧された呼気の気配が伺える。威圧感を与えていることを気にせずシガヤが嘲笑った。

「……こりゃ、開くもんも開くわ」

「あの、これは来たところからこうなっていて!」


 言い訳を試みたのはカメラを持った女性だった。イチトは彼女を一瞥しただけで、偵察用機械(ドローン)に指示を出し現場写真を撮影する作業に入る。

「貴女は?」

 シガヤがイチトに代わって女性に応対した。

「アンクラのマネージャーをしています、内山と申します」

「内山サンね。危ないから下がって、下がって」

「十中八九、異界落ちだ。しかしドアーが見当たらないな……」

「大丈夫です! アンクラの歌は、人を現世に導く効果があるので!」


 女性が自信満々に告げるのは、異界バンドマンの都市伝説。

 その歌を口ずさめば、異界で迷ってしまっても、やがて助けがやってくる。


「何か呪術的な音階とか、祝詞でも混ぜてんの?」

「そういうのは無いです。無いからこそいいんじゃないですか! 彼らの紡ぐ歌詞と声とメロディーがあわさったことによる奇跡です!」

 はしゃいでいるようにも見える女性にふたりのまどうは嘆息した。

「で、ここには何をしに?」

「ミュージック・ビデオの撮影です」

「……は?」


 聞き返すシガヤに、内山は強く言い直した。

「だから、撮影です。せっかく素晴らしいご利益があるってウワサになってるんです。利用しないと」

「それでわざわざ異界に行ったの? 楽器持ち込んで?」

 シガヤは侮蔑するような困り笑いを浮かべ、一方でイチトの顔は嫌悪に歪んだ。

「いくつか訂正します。異界に行きたくて来たわけではありません」

「とはいえ『立入り禁止』を無視したのだろう」

「今どき自己責任論ですか!? これだから博物館さんは……」

 ケンカになりそうな雰囲気になったのでシガヤがイチトの脇腹をつついて嗜める。イチトは「むぅ」と不機嫌そうに声を漏らした。


「で、他の訂正事項は?」

「楽器を持ち込んでもいません」

「些末だ……」

「アンクラのパフォーマンスは、掃除道具を楽器にみたてているので。音は後からハメます!」

「良かった。ギターやドラムをわざわざ運んでこんな辺鄙な森に入った阿呆なバンドマンはいなかったんだネ」

 シガヤの言葉に内山はムッとした顔を返す。とうとう市警察のひとりから「こういう場で喧嘩はよくないのでは」と忠告を受けた。まったくその通りである。


「ドアー封鎖処置が必要だが、肝心のドアーが見当たらない。確光レンズの色も一様だ」

「おまわりさーん、お地蔵さん直すように業者に連絡おねがいしますネ。あとこの人、事情聴取したげて」

 警官はハイ、と答えると内山を伴って移動する。内山は不満そうな目だ。


 その直後だった。

 イチトの足元に何かが浮かび上がった。

 白いカビのようなものが円状に地面を染め、突起をつくる。

 まるで口が開いたかのよう……ここは、人を食う森だ。

 ワークブーツ越しに悪寒が全身を駆け巡る。


「……ッ!」

 しくじった、とイチトは舌打ちをする。ドアーが開く!

「逃げろ!!」

 すでに回収員(コレクター)たちに背を向けている警官に向かって、イチトは叫ぶ。声に驚いて、何人かが振り返った。シガヤもそのひとりだ。

 暗い森の視界、でたらめに狙いをつけるように白いカビの円が地面に浮かび上がる。手当たり次第に人を喰らおうとしているサーチング。

「森を出ろ! 走れ! 早く!!」

「うっげ、一番最悪なパターンじゃん!?」

 シガヤはイチトに従わなかった。引き返し、イチトの腕を掴み、ターゲットから逸らそうとする。

「愚策だぞシガさん」


 シガヤは微塵も諦めていなかったのに、イチトの声は冷静だった。ふたりの意識はそこで途切れる。



 ……。



 ひとつ、魔神がこの世界に来る。

 明確な侵略か、より大いなるものからの逃避か。

 結局は各々の事情によって異なるものだ。

 近年、大規模なものは確認されていない。

 災害である。


 ふたつ、人が異界に赴く。

 不用意な立ち入りか、はたまた勇猛果敢な侵攻か。

 結局は各々の事情によって異なるものだ。

 廃墟探索や心霊スポット侵入がこれにあたる。

 浅薄である。


 みっつ、魔神がこの世界に喚ばれる。

 コックリさんに代表される召喚の儀式で境界を曖昧にする。

 エサからの招待を拒む捕食者はいない。

 愚劣である。


 よっつ、人が異界に呼ばれる。

 神隠しと呼ばれるものがこれにあたる。

 対抗手段に乏しく、人の力では避けられない事象。

 災難である。



 ……。



『"異界バンドマン"というケッタイな名で呼ばれる男の噂を覚えているか?』

 混濁する思考に不座見ヤマヅの明瞭な声が分け入ってくる。

『アンノウンクラフトの歌が異界で聞こえたら幸運だ・あなたはここに戻ってこれる・彼があなたを助けるだろう、と……』


 声を頼りにイチトは意識を取り戻す。ヤマヅはひとりで語り続ける。

『その歌が励みになるうちはいい。だが、相手がそれを覚えた時はどうすると思う? きっと相手も歌うだろう』

 ヤマヅの声を聞いても安堵の感情は浮かばない。背筋を正せと叱咤されているようだから。

『そうなれば最後。たすかる歌とやらは、餌のありかの符牒にしかならない。見つけ次第やめさせなさい』


 ようやくイチトは覚醒した。近くにドローンが転がっている。ランプが点滅している……通信は繋がっているようだ。


「……ヤマさん、素敵なアラームに感謝する」

『寝ていたのか』

「気絶だ。異界に落ちた。シガさんは?」

 イチトは立ち上がりシガヤの姿を探す。呼吸は荒い。

 此処は何処の異界なのか。

 あるいは例のバンドのように『Unknown(アンノウン)』かもしれない。

 いかなる異界であっても気は抜けない。気を抜いたら、ここで果てて死ぬ。


 辺りは肉腫で出来た森、あるいは岩壁で出来た内臓のような空間だった。嫌にさわやかな緑の香りで充満している。仮に目が見えない者であれば、ここが森の中だと勘違いしただろう。歩けば腐葉土のような感触。足下で幾千もの線虫が踊る。イチトを避けるように離れていく。なるほど博物館ジャケットに施された「虫除け」の効果は絶大のようだ。


「見つけた!」

 背に手のひらを感じたので振り返れば、引き攣った笑みを浮かべたシガヤが立っていた。

「行きで異界落ちの話なんてしなきゃ良かったねぇ」

「していなくとも、他の何かのせいにしていただろう」

 イチトの言葉に、シガヤは、違いないねと笑い返す。ともかく回収員2班は合流することができた。


「オレたちをここに呼んだくせに、すぐには殺さないんだな」

 人が何かを召喚する場合、大方が事情のあるものだ。当然向こうに呼ばれた場合も理由が存在する。

 捕食、孕ませ、素材利用、遊び相手、等等、等等……。

 イチトはドローンを拾いあげるとすぐに命令のコードを入力する。

「生存者がいないか、探してくれ」


 ドローンを見送った、ちょうどその直後であった。上空から液体が降り注いできた。それは雨というよりは意図を持って注がれた水のようで、ここら一帯が、一気に水に濡れる。

 放水行為はすぐに終わり、そこにはぐしょぐしょに濡れたイチトとシガヤと、濡れ踊るたくさんの線虫が残された。

「よ、溶解液とかじゃなくてよかったねェ……」

「今後は警戒しよう。しかし、困った。良い匂いだ」

 快をくすぐる手段を使う怪異は、人間相手が手慣れている可能性が高い。イチトとシガヤの表情は徐々に険しくなっていく。

「幻覚成分のようなものはないか?」

「幻覚っていうか……」

 遠くから、歌が聞こえる。

「幻聴が聞こえる」

「俺もだ」

 茂みのように生える肉腫が視界を阻んでいるので、歌の出処は分からない。

「どこかで聞いたことあるよねコレ」

「耳タコだ」

「「Parede」」


 それは嫌というほど軽トラックの中で聞いたアンクラ唯一のヒットソングだ。

「であれば俺たち、"たすかる"ようだな」

「気を確かにイチトくん」

「冗談も通じんのか」

「真顔で云うから分かりにくいんだよ!」


 ふたりのまどうから逃げ惑う線虫の群れをおもしろく思いながら、森と呼ぶには憚られる道を進む。先行しているドローンは謎の液体による攻撃を免れたようで、故障の様子もなくふたりを案内する。


 歌の出処とドローンの向かう先は一致していた。

「生存者かな。魔神かな」

「ここの型は分かるか? 俺の確光レンズは割れていた」

「さっき見たけど改めて絶望しておくネ」

 シガヤが郭公の飾りがついた金縁のレンズを取り出す。

「緑、六十里(ツイヒジ)型の異界です。上位種六系にあたります」

「ツイヒジか、最悪だ。なにがなんでも生きて帰るぞ」

「頼もしいよイチトくん。そうでなくっちゃ」


 歩くたびにガサガサ、じゅうじゅうと音がする。歩行の音は遠くまで届くのか、離れた位置から聞こえるParedeが少し音量を上げた気がした。


「念には念を入れて照射しとくかぁ」

 シガヤはイチトの腰のホルスターから第壱神器『公色警棒』を引き抜く。赤色、Rh光にダイヤルをあわせてツイヒジにとって毒の光を撒き散らす。

 光を認識したのか、線虫はさらにザアッと退いていった。波が引くような音から幾千の害虫がここに居るかを悟ってシガヤは「キモチワル」と感想を述べる。


「……うわ、残量少なっ」

 カートリッジを確認したシガヤは警棒の光量を落とした。

「出動前にちゃんと補充しときなヨ……」

「すまない。換えのカートリッジが見つからなかったんだ」

「備品管理が甘いにゃあ」

「待機室に置いていたんだが……」

「オレの神器は上位種六系の力は使えないから。イチトくんだけが頼りだヨ」

「プレッシャーだな」


 Th型・六十里(ツイヒジ)は、日本政府が区別する『上位種六系』に属する型だ。

 その世界の魔神は凶悪強烈で、他の世界の魔神種ならあっという間にすりつぶせる。そういった上位の異界の成分を精製した光は希少存在だ。


「ああ、歌が近い。日本人の成人男性の声だ」

「抑揚は?」

「ちゃんと日本語っぽい」

 一歩進むたび、男たちの合唱が近づく。ふたりはParedeに導かれる。


……無数の犬に追い立てられて歩けど歩けど門は遠いし鍵もない

……阿鼻叫喚のミュートは簡単これが幽世チュートリアル

……賑やかな祈りは聞きたくないって鼓膜を破って大盛り上がり

……聖母の代わりの知らない仔たちといつあの羣に混ざろうか


「早口ーって感じで『歌う』歌じゃないよなぁほんと」

「下品な歌詞だ」


 シガヤが、歌の出どころ、薄い肉の壁を指でゆっくりと裂く。

 その先に3人の男が立っていた。

 ニット帽を被った小柄な青年。バイカラーの髪が特徴的な痩せぎすの青年。そして背が高く前髪重めの陰鬱そうな見目をした青年。


 ニット帽は「ひっ」と声をあげて尻もちをつく。残りのふたりは一瞬歌が途切れたが、それでも持ち直しParedeを最初から歌いなおす。

「歌をやめろ」

 イチトは隣に立つシガヤから公色警棒を受け取り、それをブンブン振り回した。赤色のRr光が奔るのを受けてバイカラー髪が「ひぃっ」と腕を交差し防御する。

「その脅しは奇行にしか見えないヨ……」

 アイスブレイク的な脅しを受けて、男たちはとうとう歌うのをやめた。本当はもう少し前からガタガタしてた。


「……あ、あの、あんた達はっ」

 一番年下に見える、ニットキャップをかぶった青年が、勇気を振り絞って声をあげてくれた。

「たすけにきてくれたのか?」

「そう見える?」

「ひえっ」

 怯えた青年に向けてシガヤは軽くジャブをうったあと「冗談冗談。助けにきましたヨ」とへらりと答える。


 シガヤの胡散臭い笑みを受けて3人は顔を見あわせ抱きしめあった。

「やった!」

「マジだったんだ!!」

「"たすかった"!!」


 眼前でもみくちゃになるバンドマンたちを見て、イチトは不機嫌そうなため息を漏らす。視線は、線虫にまみれている"掃除道具"に向けられた。奮闘の痕が垣間見える。


「自分たちの歌にすくわれた~」

 バイカラー髪の青年が達成感たっぷりに伸びをする。

「あのね、歌がなくてもちゃんと見つけてたからね」

 シガヤが頭上を旋回するドローンを指差す。しかしバンドマンたちは聞いちゃいない。

「アンクラ万歳!」

「「バンザイ!」」

「はしゃぐな!」

 イチトがピシャリと言い放つと、3人は「ひゃっ」と声をあげて押し黙った。


「ここは異界だ。いつ魔神に襲われるかも分からん。気を引き締めろ」

「ずっと引き締めてたんだからちょっとぐらいいいだろ!」

 イチトの説教にバイカラー髪の青年が拳をふりあげた。

「おれらだって戦ったんだ! 追い払ったぞ!」

「追い払えたのか?」

「おれらの楽器で、ス」

 前髪重めの青年が、誇らしげに落ちているシャベルを指さす。

「あ〜UnknownCraftの楽器にみたててた掃除道具ってヤツね……よかったね本物のギターで怪異と戦うことにならなくて……」

「戦略勝ちだな! この掃除道具はライブで売ってるんだ。おにーさんたちもライブ来た時に買えよ!」

「おたくらのファン、ライブ行くたびに掃除用具買わされてんの?」

「うちの実家がそれ系売ってる会社やってるんス」

「癒着〜」

「家業を支える健気なバンドマンと言え!」


 騒いで元気を取り戻したのか、3人はようやくふたりのまどうに向き直った。

「で、あんたらは一体……?」

「モルグ市魔神博物館の回収員(コレクター)ですヨ。ほら、ジャケットにも書いてある」

「じゃあ仕事で異界に来てるの?」

「あんたらみたいな立ち入り禁止区域に入ってムービーを撮ろうとした阿呆なグループを助けにわざわざね!」

 シガヤの皮肉を、そう捉えられなかったのか、アンクラの3人は互いを見あわせて「よっしゃ」「生きて帰れる」とガッツポーズをしている。


「はあ、こんなのが『異界バンドマン』とは……」

「言っておくけどおれらこれが初異界ですから! 変なあだな付けないでください!」

 イチトの嘆きにニット帽の青年が噛みついた。

「そうだそうだ。そんなあだ名がついたら何度も異界入りしないといけないだろ!」

「でもこうして助けが来てくれたわけだし~?」

 イチトが反論できないうちにバンドマンたちは詰め寄ってくる。

「おお、じゃあこのおにーさんたちをサポートメンバーに加えちゃおう。そしたらいつ落ちても安全だ! たすかるぞ!」

「やめろ……本当に、そんなに明るく言うことじゃないんだぞ……」


 異界への警戒があまりにも乏しい。これが市民の通常の反応である。そしてなにより緊張からの解放で、今立つこの場の異常よりも目の前に立つ見慣れた人間(もの)に意識が向いている。まずい兆候である。


「……あれ? こっちのおにーさんのこと知ってるかも!」

 咎めるよりも早く、次の話題に移る。バイカラー髪の男がシガヤを指差した。

「オレを? 市内の本屋で見かけたとか、やめてよネ」

「ちがうちがう! あんた皇都大学のさ、一番若ぇ教授だろ?」

「まだ助教授だヨ。てかなんで知ってんの。大学生?」

「いやいや! おれのかーちゃんがあんたのことネットで知って? まだ若いのにかわいそうだねぇって言ってた。そうそう、まどうしがやだ。名前すごい漢字のやつ」


 シガヤが露骨にいやそうな顔をしたので、イチトは「インターネットで有名人なのか?」とバイカラー髪の男に問う。

「そういう話が好きなヤツには有名、みたいな?」

「それは存じ上げなかった」

「やめてやめて。ろくなこと言われてないから。あとこの場の出来事には関係ないから」

「大変な目にあったからこんな仕事についてんの?」

「本当にやめろって!」


 シガヤが一喝した瞬間だった。

 上空から、金色に輝く粉が落ちてきた。

 呼吸をするのも躊躇するくらい大量に。


 バンドマンたちの咳き込む声が聞こえる。イチトとシガヤは手早くマスクを付けると、それぞれの神器を展開し戦闘態勢をとった。液体では遅れを取ったが、粉ではまだいくらか分がある。

 上空は踊る火、肉腫の茂みから白い塊が飛んでくる。イチトは塊を公色警棒で弾き返した。Rr光をまとうそれは手痛いものだったらしく、砂糖菓子のように簡単に砕けた。


「ドローン! 出口さがせ! 急いで!」

 シガヤは指示を出しながらテーザー銃で周囲を牽制する。もう片方の手でツールバッグ内の黒杭に手を伸ばすが、その手にバンドマンのひとりが手を重ねた。

「な、なぁ、助かるのか? おれたち、助かるんだよな?」

「……防衛戦苦手なんだよネ。怪我したくなければ余計なことしないで」

 シガヤは黒杭を自分の足に打ち付けた。

「う、ワ」

 突然の自傷行動にニット帽の青年が困惑の声を漏らす。第弐神器『赤い靴』の展開によってシガヤはどこまでも逃げられる脚を手に入れた。

「くそ、逃げるにしてもどこに……肉壁蹴破るか!?」

 シガヤは紫と青に変化した目で周囲を探る。シガヤを心配そうに見るニット帽の青年、物珍しさに目を輝かせるバイカラー髪の青年、「なんか新曲つくれそうス」と呟く背が高い青年……大の男3人を抱えて走るのはさすがのシガヤにも無理だ。


「イチトくん、ここは魔神本体を見つけて叩いた、方、が……」

 相棒の方を見やったシガヤは絶句する。


 肉腫のひとつに、イチトが頭から飲み込まれていた。


「いち、と」

 先程から声がしなかったことを不思議がらなかった己をシガヤは軽蔑する。

 肉腫はイチトを飲み込んだまま蠢いていた。

 それは咀嚼の動きと同じものだ。


 シガヤは飛び出すと肉腫を蹴り飛ばした。脚の形は今は始祖鳥を模している。爪で肉を削ぐと、まだ頭と体が繋がっているイチトが出てきた。

「ハ、」

 イチトが短く呼吸をする。どろりと歪んだ目でシガヤを見返す。

「ありがとう……あまがみ、だったようで助かった」

「ほんっとにイチトくんは!」

 ボコボコと地面から湧いてくる肉腫を都度踏みつけながらシガヤは怒号をあげた。その声には安堵の色が含まれすぎている。

「魔神の本体を叩く案には賛成だ」

「ちゃんと聞いてたんだあれ!」


 ふと、足元に赤色の線が走ったのでイチトは反射的に飛び退いた。

 反応が遅れたシガヤの背を誰かが押す……UnknownCraftのひとりだ。

 まるで境界線のようなラインがふたりのまどうと3人のバンドマンを分ける。


「あ」


 押されたシガヤはなんとか振り返ろうとする。

 泣いているニット帽の青年と、彼を抑えて宥めるバイカラー髪の男。

 こちらに向けて片手をあげた陰鬱そうな男の口元はゆるく微笑んでいた。

 諦めている笑顔だった。


「なんで?」


 助けに来たのに、と絶望する間もなく。イチトにぶつかったシガヤはそのまま意識を手放した。電源が切れたような唐突さだった。



 ……。



 あびきょうかんの ミュートはかんたん

 これがかくりよチュートリアル……。


 ハスキーボイスの歌が、聞こえる。


 身体を引きずられていることに気が付きイチトはゆっくり目を開いた。ちりちりと焦げるような音は線虫たちがイチトを避けて逃げ惑う音だ。

「ッ」

 慌てて飛び起きると、イチトの脚を持ち引きずっていた"誰か"が振り返る。古びたニット帽をかぶり、ストールで口元を隠している、知らない男の姿があった。


「お前は……ッ」

 だれだ、と声をかける前にイチトは隣の異常に気がつく。同じように脚を持たれて引きずられているシガヤが居る。

 彼を避けるように線虫が踊っていたので虫の被害はない。しかし相棒の扱いに憤慨して、イチトはシガヤを急いで奪い取るとストール男を睨みつけた。

 

「……おれはきみたちを知っている。コレクター、だよね」

 ストール男の背後から、強烈な光が差し込んでいる。後光のようだとイチトは思う。光が差し込んでいるということは、そこは異界の出入口であり、この男は回収員ふたりを運んでくれたのだ。


「きみたちはいい装備を持っている。とくにその上着だ」

 ストール男はレーザーポインターでイチトの服を指し示す。

「それが魔神のお気に召さなかったから返された。料理長は苦い服を嫌う」

「……料理長だと?」

「おれらがそう呼んでいる、この異界の支配者級の魔神だ」


 イチトはいつも以上に怪訝な目をして男を見上げた。

 異界でこのような振る舞いをするなど、どう考えてもこの男は一般人ではない。

 ……彼は博物館の関係者ではない。動物園のカフェオレ色ジャケットも着ていないし、美術館に所属する人間とも記憶が一致しない。

 つまりは、個人で異界に潜る"異端者"だ。


「ところできみは、助けてもらった礼も言えないのかい?」

「……俺はあんたに助けられていたのか。ありがとう」

「生存線を引いてやっただろう。赤いラインの此方側じゃないと、料理長の手からは逃げられなかった」

 イチトは攻防の最中、足元に引かれた赤い線を思い出す。あれはRh光と同じ色だったから避けたのだ。

 

 まだ気を失ったままのシガヤを支えながらイチトは男を見上げる。此方が蹲っていることを差っ引いても、ストール男は背が高い。


「あの場に戻ってはいけないよ」

「何か知っているな?」

 イチトは、もうほとんど察した声で問う。

「おれの腕は2本しかない。助けられるのはふたりだけ」

 ストール男は真顔で答える。

「帰還者らしい悪辣な眼をおれは好む。助けるのなら好ましい人間がいい。選ばれてよかったな」

 鼻で笑うような言い方で、イチトは怒る気も失せてしまった。ここで説教したところで他人の価値観は変えられない。ましてや相手は年上だ。


「ああ、きみたちのペットが戻ってきたようだよ」

「ドローンか……」

「そいつが犠牲者の最期を記録しているといいね。でも、確認するなら、外でやった方がいい」

 ストール男は汚れた手でドローンを捉えると、それをイチトに押し付けて、まずはシガヤを光の向こうに放り投げた。


「ほらきみも早くおかえり」

「お前は何者なんだ」

 イチトはとうとう相手に尋ねる。

「『異界バンドマン』って言えば通じると思う……ああ、自称じゃなくて、誉れあるニックネームなんだよ」

 男はとりわけ穏やかに答えた。

「異界バンドマンはUnknownCraftのはずでは?」

「アンクラ知ってるの? レアじゃないか。おれ、あのグループのファンなんだ」


 力が抜けたイチトの腕を掴むと、『異界バンドマン』と名乗った男はイチトを光の向こうに押し倒す。

「おれの活動でアンクラのファンが増えるかなぁ」

 イチトはドローンを抱えたまま、後ろ向きに倒れて落ちていく。

「……お前が見捨てた男たちが」

 肉腫の空間と『異界バンドマン』の姿が遠ざかる。

「UnknownCraftだったんだぞ?」


 それは双方にとって呪詛となったのかもしれない。

「え?」

 絶句する男の、後悔に見開いた眼を見送ってイチトは現実世界に帰された。


 こうして回収員のふたりだけが、六十里の異界から生還したのである。

次回予告▶敗走

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑ぜひポイント評価おねがいします!執筆の励みになります!↑

感想も大歓迎です!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ