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03.キーン教団の現状……私はお飾り

 私自身が使える手というのは、本当に少ない。

 この、歩くのものろのろな身体能力の低さで、移動も戦うこともままならない。

 言葉もまだまだおぼつかぬせいで、交渉どころか対人能力からして低い。

 主教としての立場もただのお飾だから、威光も縁故もありはしない。

 こうして呼べば自由に使えるジュエルすら、私の手駒というわけではない。私のお願いを、それはもう盛大に最大限に聞いてはくれるものの、もともとは義父の小飼だし、今は教団の信者でもあるし、時にマティアスに使われてもいる。

 ゲーム中、ジェラルド暗殺前の偵察以外でも、ちょいちょいかかわってくる彼。私がヒロインを呼びつけた際に拉致して連れて来るし、マティアスルートでもヒロインを監視しているシーンがあったりする。

「ジュエル……は、誰ぉ……もの?」

「クロエ様の」

迷いなくジュエルはそう言うが、私の命令より優先させる仕事があり、私の財布からお金を出していない以上、私以外の者に雇われていると言える。

「……どこ、に、属している? お金、誰から? どう、指示、受けて……仕事、何……何、してぅ、る?」

「クロエ様?」

気持ばかりが焦ってしまい、言葉が上手く紡げない。

 だけどもジュエルは、そんな言葉でも理解したか、一つ頷いて私の前に跪いた。

「クロエ様、私は、教団の信者として、あなたに仕えております。どうしても、教団の方より指示を受けることがあるので、自分が疎かにされているとおっしゃりたいのでしょうが、私の命はクロエ様のもの……この身も心も、どうぞ、クロエ様の好きなように」

何やら過剰に装飾された言葉を吐かれたが、これで彼は、恋愛なんて理解してない坊やだったりする。本編で初めて恋を自覚した彼が、小学生のガキさながらに、ヒロインに触れることすらできぬシーンがあるが、それ以前は私に舌のと同じように、ヒロインもひどく近い距離をとる。

 まぁ、それはともかく、彼の雇い主はこの教団と言っていいのだろう。

 この教団、私をトップに据えているが、私にお飾り以上の役割はなく、権限もなきに等しい。私がどれだけ無能だろうが、突然王座につこうが関係ないのだ。

 つまり、彼に仕事を与えているのは私とは別、教団の首脳陣……じじばば軍団だと思っていいのだろう。

 なれば、彼をちゃんと私の手駒とするには、まず、じじばば軍団に会いに行かなくてはならない。


「行く……執務……いや、会議、室?」

体をもたげたところで、腕に上着の身ごろがおちる。背中の金具を開け過ぎていたのだろう、薄い胸のふくらみもあらわにしどけない姿。しまったと思う間もなく、ジュエルの手が伸び、衣服を整えていく。

「……失礼を」

いや、着替えだってさせているのだから、見らえる程度は今更でもあるのだが、やっぱりちょっと恥ずかしい。しかも、まるで抱き込むように前から手を伸ばし、背中の金具を止められていれば、その近さに、さらに恥ずかしくなる。

 襟元を気にしている間に、靴下が右足の先に当てられて、するするとスカートの中までもぐりこんでくる。長い指が靴下止の金具を探して太ももをくすぐり、手探りで靴下を吊り下げてゆく。

「はずかしいから、止めて」

続けて左足の先に靴下が添えられ、思わず静止の声を向ける。

 だけど、小さな笑みとともに無視されて、左足も履かされてしまった。そのまま流れるように靴も履かされてしまえばしょうがない。

 立ち上がり、裾を気にしているその間に、ワインの入っていたコップは取り上げられ、寝室から居間へ、居間から廊下への扉が開かれた。

 一歩進もうとすれば手が差し出され、至れり尽くせりだ。

 調子に乗って、いっそジュエルに抱っこしてもらって行くほうが早いだろうなんて、怠惰なことを考えてしまう。


 廊下をしばらく行けば、階段に差し掛かり、下の階へと行くと、いっきに人が多くなる。

 すれ違う人すれ違う人、頭を下げてくれるのだが、それに微笑み向ける以上の対応などできず、少し上がった息にため息をこぼす。

 途中、ジュエルが通りすがりの信者に何事か言ったよう。だが、その内容も理解が及ばず、やっとたどり着いたじじばば軍団が詰める部屋の前で、一瞬へたり込んでしまいそうになった。

「失礼いたします」

ジュエルが中へと声をかけ、顔を覗かせた信者に入室の許可を求めれば、大きく開いた扉の向こう、じじばば軍団がこちらを見つめていた。

 老女一人老爺四人、総勢五人のじじばば軍団は、みな、好々爺といった柔和な顔を向けてくる。

 だけどもその周囲に控えた信者たちは、全員が厳しい表情。おそらくその手に持っている書類には、暗殺だの僧兵派遣だのの物騒な依頼が書かれているのだろう。

 そして、その全てが、私の判断を必要とせず、このじじばば軍団が全て采配を振るっている。

「なにかございましたかな?」

一番長寿の老人が声をあげれば、

「おうおう、ようきたなぁ」

「かわいいお顔をよう見せ」

「お菓子は食うてくか?」

みな口々にあげる、歓迎の声。

 さぁさぁおっしゃいとばかりに差し出された手。

 口角あげられ、その目元も優しく細められている。

 でも……さっさと話してお菓子でも持って帰れという気持ちが透けて見える。


「……ジュエルが、欲しいの」

周りの信者たちが、そわそわと仕事の停滞する時間を気にしている以上に、じじばば軍団こそがイラついているだろう。それは、私の目に触れぬよう脇に寄せられた書類の多さからも知れたものだが、こちらとて長居する気はない。

 率直な言葉を向ければ、じじばば軍団が顔を見合わせる。

「ほうほう……ジュエルが……」

「それは、今宵の、ということかな?」

「おやおや、ジュエルは忙しいはずだ」

「それはそれは、困りますねぇ」

温和で優しく親しげな雰囲気を持ちながら、腹の底では人を害することも殺すことも厭わない冷酷な人たち。

「今宵も、今後も、すべて……すべてこちらに詰めさせて。……もともと私の、護衛でしょう? 私に、ちょうだいな」

もともと私の護衛なら、他の仕事を与えるなと思うも、そもそも私は、それほど重要に思われていないということだろう。主教の地位も王家の血も、それほど価値ないものなのだろう。

 とりあえず今後は私に全て一任させよとの言葉に、老爺たちが顔を見合わせた。

「ジュエルが行かないなら、仕事をこなすのに時間がかかるねぇ」

「時間がかかる分、どうしようかねぇ」

「キャンセルかい? キャンセル料金はいかほどか」

察せよ、気付よと、柔らかな言葉でじわじわと締め付けてくるような、息苦しさを感じる。

「何が、必要? キャンセルした明日の公務? お金?」

いつまでも話をしていたいとは思えないし、うまく話術で覆したり交渉することなどできはしない。だから、率直にそう聞くと、じじばば軍団は笑い出した。

「そうかそうか、そこまで言うなら、そうさなぁ……国王からの献金を強請ってきてもらおうか」

「……十? 二十?」

「百で」

献金単価というものがあって、一口最低千アルからとなる。

 千アルが百口なので、十万アル……一アル10円ぐらい、この世界は8進なので……いや、計算なんて全くできていないのだけれど、さすがに献金についてはある程度覚えている。たしか、30万円ぐらいだったはずだ。

 十口だと4万円ぐらい、その3倍で、まぁ15万ぐらいならばなんとかなるとは思うも……さすがに十倍となるとためらいが出る。

 でも、私にはちょっとだけ勝算がある。もくろみ甘いかもしれないが、国王その人は私の実の兄であり、そして、結構彼は甘ちゃんなのだ。

「わかった……わ、もらって、くる。だから……」

とりあえずこれで、ジュエルに私の頼みも聞いてもらいやすくなる。

 私では動き回れないが、ジュエルならば僻地に探しにも行けるだろう。確認したところで、何かできることがあるかは知らぬが、とりあえず現状把握できれば、打てる手もあるかもしれない。

 あとは、ジュエルの忠誠心次第、それは、思うにそう悪くはないと思うのだが……。

「今宵の仕事はほかの者に回しておきましょう」

「では、誰がよいかのぉ……」

「いやいや、今後の予定から組み直しとは」

じじばば軍団の言葉に、周囲が一瞬殺気立った気がするが、とりあえず気づかぬふりをしておいた。

 まだ何か言いたげな様子は放って、そそくさと部屋を出ていけば、廊下の途中で唐突にジュエルが立ち止った。

「……失礼」

そして、そんな言葉と共に、ふいっと消える。

 重ねていた私の手がぱたっと落ちて、力なく垂れる。本当に一瞬のことで、引き留める間もなかった。

 どこに行ったのか……今、私のものと譲り受けたはずが、どうやら教団よりも私よりも、忠誠を誓う相手がいたらしい。

 おそらくそれは、マティアスなのだろう。

 これで一歩前進と思ったものの、どうやら私は、一歩すらも進めていなかったらしい。

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